[PM4:20 福島県東部の海岸・砂浜]
「片山くんっていえばね……」
桂木さんは明るく言った。ぼくの気持ちを察して、いい方向に持っていこうとしてくれたのだろうか。
「あなたが3日ぶりに目を覚ましたあのとき、彼があなたに泣きついたでしょ。覚えてる?」
「ああ……うん」
「あの前にね、私……あなた以外のみんなに言ったことがあるの。あなたにはどうしても言えなかったけど……今なら何か言えそう」
まさか。
「……知らないうちに、あなたに恋していたのかも、って」
……恋。
女性からぼくに向くことなんて、絶対にないと思っていた言葉。
でも……。
「……嬉しいよ。だけど、応えられない」
冷静に、そう言ってしまった。
「どうして……? 私にそばにいてほしかったんじゃないの?」
「それは本当だよ。でも……」
海を見つめる。
……その透明な輝きの中には、忘れられない記憶。
ぼくは、その中へ飛び込んでいった。
「な……何するの!?」
涙色の記憶は、今でも冷たく、重く、ぼくの全身を包み込んだ……。
「……帰りたいよ、あの日に……。あの日から、すべてをやり直せたら……」
「もういいじゃない……!」
……不意に、ぼくの背中は優しいぬくもりに包まれた……。
「そんなに苦しまないで! 私、あなたを責めてなんかいないわ! 昔のことなんて、何の関係もない! 私は、今のあなたが好きよ……!」
その声から、彼女がぼくの背中で泣いてしまっているのがわかった。彼女の涙……それもまた「恋」と同じように、想い出の中にないものだった。
でも、歓迎できるものじゃない。この涙を消すために、ぼくにできることは……。
……?
そのときぼくの右手は、波の下で何かに触れた。……同時に、後悔の記憶が急激に襲いかかる。
まさか!
ぼくはそれをつかみ、立ち上がった。
「……!」
ぼくたちは、互いに驚いて声も出ないまま顔を見合わせた。
なんと……なんとそれは、あの日に海に落としてしまった、あの「星屑のブローチ」だったのだ!
「見せて!」
先に放心状態から立ち直った彼女が、そう言って手を出す。ぼくは、言われるままにそれを彼女に渡した。
「……裏に傷がある……間違いないわ! これ、私が持ってたブローチそのものよ!」
「そんな……!」
自然と、ぼくたちはあの岩場の方を遠く見ていた。
「きっと、あっちの海に沈んだこれが、3年かかって自然にここまで流れてきたのね。でも……それだけでも信じられないのに、さらにそれをあなたが見つけるなんて……」
「……奇跡に近い確率だけど、ありえないことじゃない。現に今、ここにこうしてあるんだから」
ぼくは、自分なりにこの現実に理由をつけた。
……すると彼女も、彼女なりに理由をつけてきた。
「そうよ……奇跡よ。どうして帰ってきたかなんてのは問題じゃなくて、これが私たちのもとに帰ってきたことこそが大切なのよ!」
「そうだね……」
ぼくは、自然に笑顔が出てきた。
このブローチが戻ってきたことで、ぼくの後悔の理由はなくなったわけだけど、やはりあの日の記憶を消すことはできない。
でも……。
後悔の記憶は拭えなくても、こうして新しい記憶を重ねていけば、ぼくも笑顔になれるのだ。
ぼくは彼女を見つめた。
彼女は、奇跡のブローチを眺めていた。
……彼女と一緒なら、新しくて明るい記憶をたくさん重ねることができるに違いない。
そして、いつかはこの海の色も、楽しい記憶に変わることだろう。
許される限り、ずっと彼女のそばにいよう……。