[AM10:40 若駒寮・外]
……外に出て風に当たると、少し冷静になってきた。
やはり、無計画に誘いをかけてもだめなのかもしれない。真剣な気持ちを見せて、行き先もこっちがきちんと決めないと。
不思議なことだが、ぼくは東屋先生のこの試練に燃えている自分に気付いた。それは長瀬に「他人に無関心なのではなくそのための方法を知らないだけ」と言ってもらったためかもしれないし(誘いを断る口実だったとはいえ)、自分で「このままではいつまでも騎手として一人前になれない」と危機感を覚えたためかもしれない。
理由はどうあれ、ぼくは絶対に試練を成功させたかった。それも、ただ適当に誰かを選んですますのではなく、ぼくもその誰かも東屋先生も充分に納得する形で。
誰か。
今、その第一候補は、やはり桂木さんだろう。
月曜のこの時間なら、寮にいなければ所属の五十嵐雅生厩舎にいると思われる。
しかし……誘う場所はどこにしよう。
……記憶。
青い記憶。
海の色をした、遠い記憶……。
真っ先に、それが浮かんでしまった。
申し訳なくて、彼女の顔をまっすぐ見られなくなった、3年前のあの海。
……あんなところに誘っても、彼女は喜ばないだろう。むしろ、昔を思い出させてしまう可能性が非常に高い。今ぼくが思い出したのと同じように。
でも。
考えてみれば、ぼくはあのことを、一度も真剣に謝っていなかった。
あの日に戻ることはできなくても、ぼくたちの長い気まずさを終わらせるには、あの海が一番かもしれない。
……終わらせられるかどうかは別として。
決めた。
桂木さんを、あの海に誘おう。
ぼくは、その決意が鈍らないうちに自転車に飛び乗り、トレセン南ブロックの五十嵐厩舎へと向かった。