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[PM0:10 東屋雄一厩舎・大仲部屋]

……涙は、いくら拭っても顔を洗っても、消えてはくれなかった。

ぼくが、桂木さんを好き……。
思ってもみなかった、片山の言葉。
いや……何度か気付きかけたこともある。彼女のために、強い男になりたいと願ったことも。ただ、恋愛感情というのを認められなかっただけだ。

でも……。
ぼくは確かに、彼女が好きだった。
大好きだった……。
前から、それももういつなのかわからないほど遠い昔から。

だけど……。
どんなに優しそうに見えても、彼女はぼくを愛してくれてはいない。
輝かしい笑顔の影で、本当はぼくをどう見ているのか、知るのが怖い……。

……あの海色の記憶が、ぼくを責める。
優しかった彼女に、ぼくが返した仕打ちは……。

なぜ……。
なぜあのとき、もっとしっかり握っておかなかったんだろう。
もう二度と手放すまいと誓った物を、なぜまた海に奪わせてしまったんだろう……。

……海の色は、涙の色。
ぼくは、その色の記憶を拭い去ることができない……。

 

 

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