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[PM0:10 東屋雄一厩舎・外]

「……片山!」

遠くで、誰かが俺を呼んだ。
「どうした!」
その誰かは駆け寄ってくる。この声、この走り方……。
「あ……長瀬……?」
俺は、笑顔を作って顔を上げた。
……果たして長瀬だった。
「何があったんだ?」
「いや……転んだだけだよ。なんてことないさ」
とにかくごまかさないと。こんな俺を見られたくない。傷だらけの心を悟られたくない……。
……しかし長瀬は、らしくもなく俺の顔をまじまじと見る。それこそ、穴を空けて心の奥深くまで見通そうとするかのように……。

篠崎……か?」

そして、見事に見通された。
「ああ。ちょっと無理に誘いすぎたかな。俺は仲間じゃないって追い出されちゃったよ。主人公が欠席じゃ、中止だね。お前に戻ってきてもらったのも、無駄になっちゃったな。ごめん」
仕方なく俺は、ここで起こったことだけでも隠そうと、軽い調子で言った。
しかし……。

「……お前、本気で笑ってるのか?」

「え……?」
俺の顔から、偽りの笑顔が消えてゆく。
「そんなの、笑える話題じゃないだろう」
「まあ、でも、暗く言うことでもないし」

……長瀬は、なおも俺の顔を見た。

おかしい。
こいつは、こんなに人に干渉するようなやつじゃなかったはずだ。
他人に干渉するのは嫌いだし、自分もされたくない……いつも、そう言っている。
それなのに……。

まさか、俺は、そんなこいつでも放っておけなくなるほど追い詰められているのか……?

「片山」
その長瀬が、ゆっくりと俺の名前を呼んだ。
「……どうした? 何か変だな、今日のお前」
「俺の言いたいことが、お前にはわかるだろう。俺はわかると信じている。……素直になれ。何でも聞いてやる」

「……」

素直になれ……。
その言葉は、思いがけなく俺を打ちのめした。
素直なのを装いながら、実際は誰よりも偽りを身にまといながら生きていた俺。
もしかすると……そんな生き方に、もう疲れたのかもしれない……。

「お前の方にもいろいろあるんだろう。整理する時間をやる。……パーティーは中止だと言ったな。俺は自分の部屋に帰る。まとまって覚悟ができたら、俺の部屋まで来い」

……長瀬はただひとり、去っていった。
俺は、その後ろ姿を黙って見送った……。

 

 

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