[PM4:30 福島県東部の海岸・砂浜]
「そうだ……」
ぼくは、自分の携帯を取り出した。
「どこへかけるの……?」
桂木さんはそれを見て、首を傾げた。
「片山だよ。何か、どうしてもこうしなきゃいけないような気がするんだ」
言いながらぼくは、登録だけして一度もかけたことのない、あいつの番号をディスプレイに出した。
そして通話ボタンを押し、耳に当てる。
『はい。……なんだ? お前の方から俺の携帯鳴らすなんて、初めてじゃないか』
片山はすぐ出てきた。
「あ、片山……さっきはごめん。謝ってすむことじゃないけど、お前の気持ちも知らないで……」
『ああ……そんなこといいんだよ』
まるっきり傷ついてないということはないだろうが、やつはいつもの通り、明るく笑いながら答えた。
「実は、桂木さんに聞いちゃったんだよ。お前が今日、企画してくれてたことの話。あ……でも、彼女を責めないでくれよ」
『もちろんさ』
「ありがとう。パーティーを考えてくれたことも……」
『いいっていいって』
その声が、いい形にぼくの胸を乱した。気がつけば、ぼくの目から涙が……。
「……それで……今、桂木さんと一緒に海に来てるんだけど……」
『そうか、デートなのか。やったじゃん』
「いや、そんなことじゃなくて……帰ったら、予定通りそのパーティーをやってほしいんだよ。お前がぼくのためにしてくれようとしたことを、これ以上無駄にしたくないから……」
『いいよ。それじゃ、長瀬とふたりで『Thrilling Love』ってカフェレストランで待ってるな』
「『Thrilling Love』だね。本当にありがとう。なるべく早く帰ってそっちに行くから……」
『ああ、慌てるな慌てるな、ゆっくりしてこいって。せっかく真理子ちゃんと一緒なんだ。じゃ、邪魔者はこのへんで失礼するよ』
「あ……」
せっかちな片山は、ぼくの言葉が届かないうちに携帯を切ってしまった。
……まったく。
ぼくは携帯をしまいながら、苦笑いをしていた。
……そして、残ったのはただふたり。
ぼくは、そっと彼女の手を握った。
彼女が、しっかりと握り返す。
そして、ぼくたちは不意に見つめ合う。
『好きだ』
そう、一言つぶやいてみようと思った。
……でも、何だか照れくさくてできなかった。
ここまで来ておいて、照れくさいも何もあったもんじゃないのに。
やっぱり、名前に見合う強さを身につけたと豪語するには、まだまだだな。
足元を、冷たくなり始めた波が行ったり来たりする。
それを感じながら、ぼくは思った。
……いろんな悲しみがあった。いろんな後悔もあった。
でも、それらはみんなここに置いていこう。
これからは、新しい人生を歩き始めるのだ。
誰よりも大切な、彼女と一緒に……。
海色の記憶 −あの日の忘れ物・篠崎剛士編−
完