……霞ヶ浦を飛び越えてきた強烈な北風が、トレセンを駆け抜けていく。
適当にぶらつくことを選んだ俺は、5分としないでその選択を後悔するはめになった。
が、一度決めたことは貫く。それが男の意地だ。
俺は、あくまで歩き続けた。
ガキの頃、真奈とよく遊んだ公園。
あんまり世話にはなりたくない診療所。
普段見慣れているトレセン北側の調教コース……。
そういったのを通り過ぎていくと、常緑樹の林がある。俺はその奥深くへと入っていった。
人間が歩いて入ることを禁じられた「森林馬道」とは違って、ここは誰でも自由に出入りできる。森林馬道が馬のためのリフレッシュ施設だとしたら、ここは人間のためのそれだと言えるだろうか。
時間が時間なら「人目を忍ぶ恋」のカップルなんかがいたりもするが、こんな朝早くじゃそんなのもいない。この広い林を借り切ったみたいで、ちょっといい気分になれる。
誰も見てないのをいいことにちょっとスキップなどをやってみて、自分に苦笑い。
木に登ったはいいが下りられなくて泣いたこともあったよな……それを思い出して、また苦笑い。
そんなことを繰り返しているうちに、俺の後悔はプラスに変わっていった。
――そのときだった。
突然、いくつか向こうの木の方から、パチパチと何かがはじけるような音が聞こえてきたのだ。
あれは……やばい、木が燃える音じゃないか!?
俺はすぐさまそっちに向かって駆け出した。
何かが燃えてるなら、すぐ消さなきゃいけない。俺ひとりじゃ手に負えなければ、人を呼んでくる必要もある。
とにかく、急ぐのが正解だ!
しかし、走る俺の目には、炎も煙も見えない。ただ、音だけが近づいてくる。
妙だな……。
そう思ったときに音源についた俺は、炎や煙を見たときの1万倍は驚いた。
なんと、そこで火花のようにはじけ、歪んでいたものは、「空間」だったのだ!
「タイムゲート!!」
……それは、過去への扉。
飛び込めば自分の好きな時代へ戻れる。その時代でまたゲートに飛び込めば、元の時代に帰れる。
親父の時代には単なるSF物語でしかなかったが、近年の研究により、どうやら実在するらしいとわかってきた。俺にはその細かい理論なんかはわからないものの、各国の研究機関が競って研究しているところらしい。
そいつが、何の因果か、俺の目の前にある!
ここで「いついつの時代へ行きたい」と願いながらこいつに飛び込めば、俺は過去を見ることができるわけだ――。
俺が過去で何かをしたために、現在が変わっちまうこともあり得る。
事故で帰れなくなる可能性だってないわけじゃない。
飛び込むのには相当の勇気がいる。
それでも、自分の好奇心にふたをすることはできなかった。
俺は一歩を踏み出した。そして、自分の胸に問いかける。
……俺の、行ってみたい時代はいつだ?
A 人生最大の謎を解き明かしたい。競馬学校2年の、あの春の日へ行こう。
B どうしても気になる過去がある。競馬学校の入試の日へ行こう。
C どうせなら、自分が生まれるよりずっと昔を見てみたい。30年前の有馬の週へ行こう。