みどりが、2階でのことをみんなに話している。
俺は階段の途中に立ち、手すりに手をかけて談話室を見下ろしながら、その話を聞いていた。
「せやけど、大層なことやな。あんたが、こないな大男をどつき倒したんか」
「いえ、だから香山さん……あたし、ほんとに何もしてないんです。襲われる、って思った瞬間、こいつが勝手に倒れたんですってば」
「謙遜せんでもええ。今、強い女はごっつかっこええんやで」
「ですから、謙遜なんかじゃなくて、その……」
みどりはしきりに否定するが、誰ひとりとして彼女の言うことを真に受けていないように見えた。おそらく彼女の言うことなら何でも信じると決め込んでいるだろう、もうひとりの俺でさえも。
でも……。
すべてを知っている俺は、胸の中が安堵感で一杯だった。
みどりが生きているうちに、美樹本は取り押さえられた。彼女がやつの牙にかかることは、これで完全になくなったわけだ。
この俺が、彼女を守ったのだ……。
彼女は気付いてくれなくても、それは事実だ。
よかった、本当によかった……。
俺の目から、自然と涙がこぼれた。元気な彼女と、タイムゲートの奇跡に感動して。
「……しかし、不思議ですね」
そのとき透くんが、ふとつぶやいた。
「何が?」
彼の隣の真理ちゃんがたずねると、彼は縛られて床に転がされている美樹本を見下ろし、そしてみんなに向かって答えた。
「彼、顔を真っ正面から殴られてますよ。こう言っては何ですけど、みどりさんはこの通り小柄な人ですから、背の高い彼をこんな風に殴ることはできないはずです。彼が姿勢を低くしてでもいれば別ですけど、彼女の話では、彼は立った状態からいきなり倒れたってことですし……」
「そう言われてみれば……」
みんなも、不思議に思い始めたようだ。
「……確かに、こいつを真っ正面から殴れる人はそうそういないだろうな。この中じゃ俊夫くんくらいか?」
オーナーが言うと、みんなの視線がもうひとりの俺に集中した。
「お、俺? 俺は違いますよ。第一、俺だってあのときここにいたんですよ? 騒ぎを聞きつけて2階に上がったときには、もうすでにこいつは倒れてたんですから、そんなはずないじゃないですか」
「それはそうだ。背の高さから考えたら、っていうだけのことで、不思議なのには変わりない」
「……まあ、もし俺がそんなシチュエーションを目の当たりにしたら、やっぱりこいつをすぐさまぶん殴ったでしょうけどね」
もうひとりの俺は、拳を軽く振ってキザったらしく笑った。
その隣のみどりは、信頼するような穏やかな瞳と笑顔を、もうひとりの俺に対して向けていた。
……決して、実際に美樹本を殴った俺自身に対してではなく。
俺は思った。
B 俺という存在があったことをこの世界に残していくには、どうすればいいんだろう……。