スノーメン タイトル



ここのページは、お子さんと一緒にキャンプで遊ぼう!!

と、お父さんに呼びかける Snowmen Camp Club の活動報告です。
クラブと言っても組織になっているわけではありません。
集まったそのときの人たちが仲間です。

さぁ、お父さん、キャンプ遊びをとおして心の強いお子さんに育てよう!

「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」

○ 父性教育について(10/8/30日)
○ SCCとBSの活動の違い(09/11/25日)
○ 専用キャンプ場開き記念日 2010/1/11(月)成人記念日

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・・・・・・ここを読む前にお勧めする図書・・・・・・

「断捨離」 やました ひでこ著 マガジンハウス刊 1,200円
「シェア」 共著 NHK出版刊 1,900円+税

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● SCCキャンプの活動報告は、実施日の次の日に、
● 木曜日には、ビデオ屋を目指す方へ、
● 親子キャンプ、子育てキャンプの話題は、「キャンプじぃじ」で
● 大流行、年寄りサイクリングの話題は、「復活サイクリスト」で

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「第一回 キャンボリー」
スノーメン・キャンプ・クラブ

(キャンボリーとは、SCCのキャンプ大会のことで造語)

●開催期間:4月29日(金)〜5月8日(日)
●場所  :さぎ山野営場 SCCサイト
●開催期間中、自由参加です。 ご都合のいい日時においでください。
   参加希望の方はメールでお問い合わせください。
●日中は、サイクリングや温泉に行って不在が多いです。
   連絡がある場合には、います。


このキャンプの活動目標は、

「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」

の実践だ。


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11/4/30(土)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、「第一回キャンボリー」初日だった。
SCCサイトで旗揚げをした。
結局、通いのキャンプになったが、準備としては完璧にした。

日中の活動は、見沼代用水路コースをフルでサイクリングをした。
若草色に輝く桜並木のトンネルをくぐって行った。

さぎ山野営場に戻ってきて椅子に座っていたら
そのまま小一時間、昼寝をしてしまった。
この気持ちよさったら、ありゃしない・・・・

今日もコースを一周サイクリングをしたら、
草刈をする予定だ。
「通い」だと、今までと何ら変わらないんだな。
気分だけは、キャンプのつもりでいる。
とっても妙な気分だ。

お見えになる方は、ご連絡をください。
日中は、留守が多いです。


11/4/29(金)朝 復活サイクリストの日記

昨日は、
やっと大自然の空気をたっぷり吸うことができた。
とは言っても
病み上がりなので見沼代用水路コースのショートカットをゆっくりサイクリングしただけだ。

入院中に自転車屋さんにチェーンホイール(前のギャーのこと)の交換をお願いしていた。
ロード(自転車のこと)を
買った時に付いていたのは、アウター(外側のギャー)が53Tだった。
僕は、20代のころからスポーツ選手ではないからそれを50Tにしていた。

53tは、重すぎだ。
古河方面へツーリングしたときだったか、
すごく長い下り坂の橋を走った時にトップに入れたことがある。
オーバーレブになった。
たぶん70K/h以上でた。

しかしそれ以外に53Tは、使い道が無い。
それで、
50T×34Tに交換してもらった。
最高だね!
若い頃に使っていたギャー比は、やはり体に馴染むさ。


今日は、
SCCの「第一回 キャンボリー」初日だ。
10日間、ぶっ通しの泊まりキャンプを考えていたが、通いになってしまった。
それでもその最終準備と、記念の旗揚げをするさ。
そして今日のメインの活動は、
もちろん
サイクリングだ!

建物の中は、もうウンザリだ!


11/4/28(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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幼稚園の「卒業ビデオアルバム」制作は、
年度の初めは「入園式」から撮り始めるが、
これは3年後に使う。
今は、ほとんど年少で入園するからだ

そして、五月の連休明けから「春の遠足」や「普段の園生活」、
そこの園の特徴などの取材をする。

そしていよいよ「お泊まり保育」の夏がやってくるが、
原発事故でこれが今年は、どうなるのか分からない。
中止もあり得そうだ。


僕の仕事のメインは、「卒業ビデオアルバム」制作だが、
これだけの売り上げでは一年を喰っていけない。
「お泊まり保育」「運動会」「発表会」その他の単発のイベントを販売させてもらっている。
だから、夏のその売り上げは、重要だ。

その原発事故は、あらゆるところに二次災害をもたらした。
影響がないものがない、と言えるほどだな。

原発の事故が悪いのではない!

それが必要になるような関東平野の人々の暮らしぶりに問題があるんだ!!
ここを深く反省しない限り、
いずれはまたどこかに原発建設をしなければならなくなる。
こんな簡単なこと、高卒の僕でもよく分かるぞ。

口先で綺麗ごとを言っている場合ではないよな。
即、実行に移さなければならないな。
自分でできることですぐ実行だ。

「快適」「簡単」「気楽」の飽くなき過剰な追求で、
その原発が必要になった。
ハッキリしている。

そして、それは「子育て」においても問題がある。
それらは「甘やかし」につながっているのさ。


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11/4/27(水)朝 キャンプじぃじの日記

やっと退院の運びとなった。
ご心配を下さった方々、ありがとうございました。

術後の安静で
「第一回キャンボリー」は、
ブッ通しの泊まりキャンプだったのですが、「通い」になりました。

理由はそれだけではなく、
末っ子がこの連休に研修から帰ってくるらしく
おかげで、悪さしないように子守もしなければならなくなりました。

どうでもいいおまけに、
どうやらこの入院でおばばが、
あらゆる理由であっても外泊に難色を示しているのであります・・・・・

残念、無念、
ゆえに、僕の「仙人」昇格試験は、来年に持越しです。

でも外来、
いや間違った、ゲストの受け入れは予定通り行います。

もうすでに病院で知り合った少年が来ることになりました。
この子をぜひ「料理」したいなぁ・・・・

参加する方は、必ず事前に連絡をください。お待ちしています!


11/4/26(火)朝 キャンプじぃじの日記

病院で知り合った中学一年生の男の子に
この間、従兄弟が見舞いに来ていた。

中学一年生のA君が従兄弟のB君に
どうやら僕が作った「刃物と火力の取り扱い」DVDを貸したようだ。
B君は、それを見てさぎ山野営場へ行きたい様子だ。

そうだろう、このぐらいの年頃の子にそれを見させれば
よほどのもやしっ子でない限り「薪割り」をしてみたくなるだろう。

A君は、やっと「角結び」を覚えられた。
そこで、A君がB君にそれを教えるように薦めた。
薦める、と言っても半ば強制したようなものだったな。

しかし、こうして子供同士に交流を持たせるのが「親子キャンプ」の真髄だ。
分かるかな、若いお父さん?

しきりにA君は、僕が教えるようにサジを投げようとする。
そこを若干の睨みを利かせて、A君にやらさせるわけだ。

そのことでB君は、単純に技術の習得ができて
A君は、物事を教えるということを体験するわけだ。
非常にここんところが重要だよ、若いお父さん!

僕は、入院してもこうして擬似子育てをしているさ。
若いお父さん、もちろんご自身の子を自分で子育てをしてるよな。

家や車を手に入れるために長時間労働をするのって、
けっして「豊か」とは思えないな。
自分の子に「生き方」「生きる意味」「生きる価値」を
父親自身が自分の子に教えられる余裕こそ本物の「豊かさ」だろう。

そして
これができる人こそ本物の「父親」だぞ。


11/4/25(月)朝 キャンプじぃじの日記

内田康夫の推理小説は、テレビドラマや映画になったんだな。
僕は、中学ぐらいからテレビを見なくなったから知らなかった。
確かにこれは面白い、ハマルよ。

でもこの文体を映像化するのは、非常に難しいだろうね。
いや、この面白さを映像では、表現できないと僕は思うな。
どうなんだろうかね・・・・・

さて、その中の一冊に「志摩半島殺人事件」がある。
この中に、福島の災害で有名になった地名がゾロゾロと出てきた。
そしてそこに住む人々の質素な暮らしぶりが描かれている。
「原発反対・・・」
ズバリこういう一文もあったさ。

関東平野に住む人々の
「快適」「簡単」「気楽」そして享楽に溺れた生活を維持するためにその原発が必要になった。
本当に、そこのところをまず反省しよう。
これこそが、問題の根本ではないか!

「根拠の無い自信を得るために物にすがり付く」
これを反省するのさ。
「質素で十分に幸せ」
これを学んで実行しよう。
「幸せは、それを感じ取る能力だ」
この心を育てよう。

子供たちにこれをキャンプ遊びで身に付けるには、どうしたらいいのか
具体的な方法を僕は、さぎ山野営場で作り上げていくさ。
基本はこうだ。

「父親自身が『生きる意味』『生きる価値』『生き方』を自分の子供に教えられる環境づくり」
「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」
の実践だ。


11/4/24(日)朝 キャンプじぃじの日記

○ 4/23(土)夕 病 室

   某大学病院の5F、病室は6人部屋だ。
   それぞれのベッドは、かなり薄い若草色のカーテンで仕切られている。
   窓の外には、東武線の高架が見下せることができる。
   外は雨が降っている。
   そこにおばばが入ってくる。
   彼女は、安物の赤いウインドーブレーカーを羽織って傘と小荷物を持ってい
   る。
おばば「お父さん、大丈夫? ハイ、これ濃いお茶」
   と言って500ccのペットボトル数本入ったレジ袋をじぃじに渡す。
   じぃじは、それを受け取って、まだ飲んでいないそれと同じ物のところの脇
   に置く。
   じぃじ、空になったペットボトルを持ちながら
じぃじ「何でももうここらへんまで原発の放射能が雨と一緒に降っているんだって
 さ。」
   そうじぃじは言いながら、そのペットボトルを聴診器に見立てて
   おばばの胸に持っていく。
じぃじ「ジジジジ・・・・ジィジィジィ・・
 アッ、500oシーボルト、パイコから漏れてる! 大変だ。」
   おばばは、呆れた顔をして
おばば「もう使ってないからいいの・・・・」

これは、シナリオ作法で書いた。
初めにある「○」は、「柱」といって一つの場面を示す。
そこに日付と大体の時刻(これは照明に関係する)、大体の場所を記す。
次は、「ト書き」だ。 三段空けて書き出す。
セリフの前に、それを語る者の名前を入れる。
セリフが二行になる場合、二行目からは一段だけ空けて書く。
こうすることで「ト書き」との区別が付くわけだ。

「ト書き」は、形容詞や思いを書き込めない。
それらは、映像に表現できないからだ。
例えば、「美しい」なんていうのはそのまま映像にはできない。
具体的に綺麗な柄か何かで表現する。

と、まぁ、台本にはそれ独特の書き方がある。
あぁ、フィクションの読み過ぎだよ。
たいくつだなぁ・・・・・


11/4/23(土)朝 キャンプじぃじの日記

内田康夫の推理小説には、すっかりハマってしまった。
主人公が
昔のテレビドラマの「バークにまかさろ」というのがあったが、
なんとなくそれを思い出させるリッチマンだ。

チャンバラで「月影兵庫」というのがあったけど、
なんとなくそれに似たユーモアを感じるな。

僕は今6冊目を読んでいる。
その中学生の子は、始めの一冊の40ページだそうだ。
昨日は、この子に
僕が使っているオーサリングソフト(メニューやチャプターポイントを付けてDVDに焼き付けるアプリ)を、
いじくらさせた。

ノートPCは、容量が少ないので出来上がった映像は取り込まない。
ただ、僕の「親子キャンプ」の約4分間のCMが雛形で入っているので、
それを素材に、そのソフトを操作させた。
それをその子に覚えさせるためではなくPCの扱い方に慣れさせるのが目的だった。

僕の古い友人が貸してくれた黒沢の「七人の侍」のDVDをおばばに持ってきてもらって
途中まで見た。
やっぱりテーマ性が骨太だ。
始めのところから監督が言いたいメッセージがビシビシ伝わってくる。


自分の欲求を満たすことが総ての今の日本人の普段の生活に、
この映画は、何か、訴え続けているものがやはりあるな。
クライマックスが楽しみだ。

関東平野に住む人たちの飽くなき「快適」「簡単」「便利」の追求の末、
福島で質素に生活をしていた人々が、
とんでもない被害を被る・・・・・

だれか才能のある監督に映画化して欲しいね。


11/4/22(金)朝 キャンプじぃじの日記

病院で知り合った中学生の男の子は、
病院の中を四六時中回遊魚のようにうろついている。

だから周期的に僕のところへやって来る。
ただ、僕のところに来ると「我慢」が必要な作業があるので
それなりに覚悟ができたときに来るらしい。

一つの作業で気が散り始める持続時間は、
初めは、2分ぐらいだった。
それが、2分から3分ぐらいに伸びただろうか。
すぐ携帯で遊びだしてしまう。

今までやってきたことは、
一番初めは、ロープワークで「角結び」だった。
何回かにわたって練習をして出来るようになった。

次は、地球儀で「シンガポール」を探すこと。
何日かかかったようだ。

僕が読み終わった内田康夫著「金沢殺人事件」を読むこと。
これは、ただ今消化不良を起こしている。

僕の作った「刃物と火力の取り扱い」DVDをPCで見た。

PCで映画を二人で見た。

地球儀が垂直ではなく角度が付いて回転するが、
この角度で「季節」がある、それをライトを当ててどういうことか
説明した。


僕は、物事に対して夢中に取り組む姿をその子に見せ付けた。
夢中になって割り箸でミニュチュアのテーブルを作ったり、
推理小説を読んだり・・・・

総合的な効果が出たのだろうか、
この間、
PCにある「ワード」で本の少し編集をさせてみた。
おおむね5分間、持続時間が延びた。

それは、今度実施予定の「キャンボリー」のリーフレットに
その少年の顔の写真を貼り付けるのと、
そこに「出演者」の文字を縦書きで添える作業だった。

顔写真は、携帯で撮ってPCにメールで送り、
送られたJPEGを画像処理もした。

今日は、何をしようかね・・・・


11/4/21(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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どこの幼稚園でも入園式直後から五月の連休までは大変な騒ぎになる。
3才児が親から離れて大泣きしている。
だから「絵」の撮りようがないので、当然みごとに園内の取材が無い。
僕の「プチ隠居生活」は、こういう理由で毎年確実に訪れるわけだ。

そういう中、「春の遠足」がある。
今年は、僕が入院なので、おばばに取材させることになっている。

この「卒業ビデオアルバム」の取材は、
まともなギャラを払える予算が無い。
僕は、だいたい他のプロのカメラマンに取材を頼む時には、
裸で(機材なしという意味)2コか、2コ半、だ。

だいたい取材量は、年に20D〜28Dしているから、
最も少ない場合で全部まともなギャラを払っていたら、
それだけで、軽く40万はすっ飛ぶ。

園児数が、100名いても僕の販売価格では、まったく商売が成立しない。
ましてや販売数量が、40本だったとしたら完全な「持ち出し」になってしまう。
ここの原価計算で、「会社組織」では、この仕事が成立しないものとなる。

さて、僕はこの仕事をもう20年し続けてきた。
他の仕事の収入はないから
僕は、この仕事だけで喰ってきたことになる、貧乏だけどね。

どういうカラクリかと言うと、
それは、「卒業ビデオアルバム」での取材で
僕のギャラは、5000円としたからだ。
それもカメラ込みでね。

これだったら商売としてつじつまが合う。
そして20年続けることが出来た。

僕の代わりにおばばに取材をお願いする場合、
そう、勘が悪い方でもお分かりの通り、タダなのさ。
全部おばばに取材させたら暴利が出ることだろう。
ただし、顧客が無くなりもするだろう。
おばばには、違う何かで支払いを立てているからな・・・・

この「卒業ビデオアルバム」制作は、個人事業に向いている商売であるというのは、
こういう理由でだ。

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11/4/20(水)朝 キャンプじぃじの日記

僕は、高校を卒業して社会人になったが、
営業だったのでコンクリートの壁の中を一日中いることは無かった。

そして、脱サラして今の仕事を始めたが、
この仕事も一日中建物の中にいることは滅多にない。

その日の段取りを自分の都合に合わせて組んで、
いかに要領よく仕事を処理するのか、
そんな日々だから、
一箇所にじ〜〜〜っとしていることはほとんどないわけだ。

しかし、その起こっちゃならない「じ〜〜〜っと」がこの数日起こってしまった。
外の空気を吸いたいよう・・・・・
この病院に入ってすぐ看護師さんに「絶対ダメ! もし外出したら即強制退院!」
そう言われたけれど、
憎たらしいけど、確かに僕をよく観察できているな。

ここで知り合った中学生の子は、
夜な夜な赤提灯へ行く心配が無いから無許可で好きなだけ外出しているもんなぁ。
僕は、どうやら四六時中チェックされている様子だ、脱走しないように・・・・

僕の向かいにプロのサーファーがいる。
何でもボードの設計が本職で、それの使い心地をテストしていたときに
ボードが目に当たる事故を起こしたそうだ。
まぁ、僕と同じアウトドアーマンだ。

僕も彼も同じことをドクターに感じたんだな。
世話をして下さっているドクターは、
午前は、次から次へとまるでベルトコンベアーのように手術をして
夕方にはそれらの検診をしている。
そして次の日の朝の6時半には、また白衣を着て患者の様子をみているんだな。

一日中、病院の中かと思ったら東京からそのドクターは通っているらしい。
僕は、思わずそのドクターに「いつ寝てるんですか?」と尋ねたね。

プロのそのサーファーも僕も、
いくら仕事が好きでも、いくら収入が良くても、
我々には耐えられないよね、このインドアーがね・・・
という会話を交わしたな。

人生いろいろ・・・・

昨日の夜は、
病院内に無線ランがあることを知ったので、
その中学生と二人で「ユーチューブ」で戦争映画をPCで見た。
10分おきにファイルを開くのがやたらにわずらわしかった。

でもその子は、映画を見るというより、
そのことをおもしろがっていたな。

内田康夫の推理小説は、もう何冊も読んでしまった。
それほどのインドアー生活さ。
辛いよ、病気よりもね。


11/4/19(火)朝 キャンプじぃじの日記

昨日、手術室に入るところに病院で知り合ったその少年が来ていたようだ。
僕は車椅子に座っていて後ろ向きだったので見えなかったが、
その子は、自動ドアが閉まる寸前で
「おじさん! 頑張って!」と言ったらしい。

僕には聞こえなかったのだけど、
車椅子を押していた看護師さんには聞こえたらしく
僕に「お子さんですか?」と尋ねられた。
ここの病院で知り合った少年だよとその看護師さんに教えた。

手術が終わると今度は、
その自動ドアまでその子が迎えに来ていた。

どう?
これを「幸せ」と呼ばずに何が幸せなんだろうか?
本当に、本当に、「幸せ」は「物」では得られない!!

おばばにもう使わなくなった地球儀を持ってきてもらって
その子にプレゼントをした。
そして僕はその子に宿題を与えた。
「シンガポールがどこにあるのか、その地球儀で調べよう。」

この子は僕が手術室に入る時に、その掛け声を大きな声で訴えたそうだ。
あまりに大きい声を自分でビックリして恥ずかしくなって柱か何かに隠れたそうだ。
そこまでにその子は、僕を思ってくれたんだな。
これ以外に「幸せ」があろうはずがない。
そうでしょう、若いお父さん!

僕は、ここの病院でこんなに幸せを感じられるなんて思ってもいなかったさ。
このことを子供たちに何が何でも伝えていこう!!
「自分と物との関係」ではなく「自分と人との関係」に幸せは起こる。
このことを
若いお父さん、頼むよ!! ぜひ子供たちに伝えていこう!


11/4/18(月)朝 キャンプじぃじの日記

昨日、病院内でゲットした中学生の男の子に
僕が作った「刃物と火力の取り扱い」DVDをプレゼントした。

そしてノートPCで
SCCのキャンプ場の様子や工作物を見せた。
その子が退院したらぜひ遊びにおいでと誘った。
チェーンソーだってやりたかったら使わせてあげるよ、
と、僕が言ったらたまげるように喜んだ。

少年のこういう顔をまさか病院で見られるとは、思いも寄らなかったな。
おかげでとっても楽しい病院生活さ。

おばばに枝2本と麻紐を持ってきてもらって
その子に「角結び」のおさらいをした。
これが出来ればいろいろな工作が出来るんだぞと
「学ぶ」ことへの動機付けをハッキリ意識させた。

この子は、長引く病院生活だろうか、
それとも家庭環境だろうか、
物事に対しての粘り強さが弱いようだ。

だから決して無理にロープワークを教えようとはしなかった。
教えてもらいたいときに、僕のベッドまで来るようにさせた。
つまり誰かに強制されるのではなく
自分の意思で好きな時にそれを学べられるようにした。
何回か僕を訪ねに来たね。
それで夜には、おぼろげながら出来るようになった。

僕は、今日から術後の安静をしなければならないから
後は、反復練習を自分でしな、と伝えた。
そう、それでしばらくここに書き込めなくなる。


その子とそうした交流だけでは退屈なので、
昨日の朝、売店で文庫本を買った。
推理小説だ。
僕は、実用書の類は読むけど、こうした文芸作品を読むのは
高校を卒業して以来ないと思うな。
たぶん、40年ぶりに近いだろう。

内田康夫著「金沢殺人事件」を読んだ。
作品中に「推理小説でありがちな」みたいな表現が二回ぐらいだろうかあって、
自分で自分を批判したりして
笑わせられた。

冒頭の登場人物で、散々そのキャラを細かく描写するから主人公かと思って読むでしょう、誰だって。
それが数ページ後に死んじゃったりして、
しかもその人は、21才の女の子なのに
「スコップだけに・・・・シャベリ・・・」なんてオヤジギャグを飛ばす。
ありえないよ、僕はここのところを読んだときには、
思わず声を出して笑ってしまった。

仮の犯人を「X」だとか「Y」と呼ぶところがあったけど
アガサクリスティに敬意でも表したのだろうか・・・・

ロケハンを相当積み上げてあって
まるで僕自身が旅行をしている気分になれたな。
推理小説というのを忘れさせる。
ストリート小説だ。
病院に缶詰だけに、外の空気が吸えたようでとっても嬉しいよ。
そうだな、これは病院で読むとそのありがたさが倍増する本だな。

一気に読んで、昨日は二冊目「横浜殺人事件」をもう一冊買ってきた。
この作者に僕は、
病院だけに病みつきになりそうだ。

・・・・いかん、いかん、著者の語り口が伝染した・・・・・


11/4/17(日)朝 キャンプじぃじの日記

僕は、50才になる前から「キャンプじぃじ」を名乗ってきた。
今、55才だから
ぼちぼち「昇進試験」を受ける時期に来たわけだ。

「仙人」
これだよ。 次の目指すべき資格は。
と、言っても僕は中国の道教についてはまったくの無知だ。

あくまでスノーメン・キャンプ・クラブの内規(そんなものはないが)による。
いい加減、いや、かなり緩い試験だ。
とは言っても、レジャーではない。
その証拠にウンコは、地面に穴を掘ってする。

そうその試験とは、連休の「キャンボリー」だ。
今回のキャンボリーは、その第一回目にふさわしく、僕の昇進資格も兼ねることにしたんだ。
何の権威もないけどね。 凄いでしょう。

さて、「仙人」には、精進料理だろうか・・・・
そう思うと病院の食事は、豪華だな。
それで今からそのリハーサルをしているんだと思うようになった。

しかも教育的だ。
病院で出る牛乳パックにこう書かれている。
「子どもの生活習慣改善」キャンペーン
「早寝 早起き 朝食」

これだもの、原発が必要になるわけさ、本当にそう思うね。

まぁ、外遊び大好き人間が脱走を企てるわけでもなく、
結構、自分で「幸せを感じる能力」がそこそこあると思うな。
「仙人」の試験には、いけそうだ。


さて、昨日は、病院の中で中学生の男の子をゲットした。
僕は、その子に
「どうせ暇なんだろう、ロープワーク−−−紐の結び方を教えてあげるよ。」

ということで
売店でカッターナイフを買って、
事情を説明してスズランテープを頂いてきた。

割り箸は、その隣にある食堂から断り無く寄付してもらった。
人によってはそれを「失敬した」とも言う。
材料と道具は、どうにかすれば揃うものだ。

それで、ロビーでその子にまず「巻き結び」を教えた。
これは、結ぶのに2バージョンある。
どちらも教えて、交互に練習させてみた。
ここのところ、若いお父さん、お子さんに教えるヒントだよ。

そして少しその子が分かってきたころを見計らって、次に
「角結び」を教えた。
たいがいここで子供は、頭をボリボリとかくようになる。
無理に詰め込もうとしないで、子供の理解力を把握して教える。
ここも若いお父さん、非常に重要なヒントだよ。

その子は慣れないことをしたので少し飽きてくる。
これは、その「学んだことがどう役立つのか」具体的に分かっていないからだ。
つまり、その子にとってここまでは「学校の授業」なんだな。
たいがいつまらない。

僕は、ここで「親が率先してよき見本を示す」の実践をする。
その材料でミニュチュアのテーブルを僕は、作り出した。
もうすでにその子は、病院のフロアーをウロチョロと目当ても無く歩き回っている。
このこと自体は、たぶん、ここでの普段の行動、習慣、になっているのだろう。

僕は、決してその子に「もう少し頑張って覚えよう」なんて素人みたいなことは言わない。
若いお父さん、よくここのところを覚えていてね。

僕は、その子の気の向くがままにさせた。
テーブルの工作は、結構時間がかかる。
ミニチュアだと、かえって小さい分難しい。

僕は、夢中になってそれの工作をした。
そういう姿をその子に見せた。
口先で綺麗ごとを言うのではなく、やって見せることが大切だ。
僕は、「真剣に取り組む」ことをその子にビジュアルに見せた。
若いお父さん、こういう要領さ。

その子は、ウロチョロ歩き回っていても、
ときどき僕の様子を伺いにやって来る。

ここのところが、たぶん、その子の行動で今まで無かったものだろう。
「興味がわいてくる」
これをその子がしだした。
こここそ、ここが、その時に少しだけ「成長」したのさ。
若いお父さん、これが分かるかな?

技術の習得より大切なことを体験して学んだ瞬間さ!
自分の心の中に「興味」を持たせる体験。
これを強化させれば「忍耐」につながっていく。
口先で「忍耐しろ」なんて言うのは、ド素人だよ。
分かるかな?
こうして子育てをするのさ。
「子育て」というより「誘導」するのさ。


それは、夜に完成をしてその子にそれをプレゼントした。
僕は、「入院中に角結びを覚えよう」と言葉掛けをして具体的な目標を示した。
その子の手元には、
始めにはなかった工作の具体的な目標もあった。

これが「知識教育」とはまったく違う「体験教育」さ。
さぁ、若いお父さんも、今日、実行しようか、この要領でね。


11/4/16(土)朝 キャンプじぃじの日記

使い古したポンコツは、おばばだけではない。

「加齢による病気」で
生まれて初めて本格的な入院をした。
ヒマだよ暇。

外遊びが好きな僕にとって、
「快適な空調の空間」は、地獄だ。
早くシュラフで寝たい!!

看護師さんに「ちょっとだけ外に出ていい?」と尋ねたら、
「絶対にダメ。 即強制退院。 手術直後であっても即強制退院。
過去にそういう例がある。」と言われた。

おばばを相手に生活するより、
若い看護師さんを眺めていた方が楽しいだろうなぁ・・・・・
という僕のささやかな楽しみは、そのきついフレーズで吹っ飛んだね。
現実は、キビシィ・・・

僕の人生の唯一の楽しみ・・・・お風呂。
これもとても期待できたものではない。
最低なのは、ビールも焼酎割りもないことだ。
もし、手足がしびれてきたら脳梗塞ではない。
アルコール抜けだ。

今日も長い、長い、超長い一日が始まろうとしている。
早く「キャンボリー」をやりたいよう!

そう言えば、
昨日、入院手続きを取ろうとしたら、
昔、ボーイスカウトのリーダーをしていたときにお世話になった他団の団委員長にバッタリと会った。
その「キャンボリー」のリーフレットがたまたま一部残って手元にあったので、
それを渡してぜひ見学に来てください、と伝えた。

この方は、一時地区のお偉方でもあったんだ。
他団の団委員長なのにサシで赤提灯ののれんをくぐったことがある。
たぶん、僕を引き抜きたかったんだろうが、
僕は、その世界から足を洗いたかったので、彼をガッカリさせたものだった。

巡りめぐって、
結局僕は、「さぎ山野営場」でBSの後方支援をやりだしているわけだ。
その団員長、
「抜けるのに抜け出せない・・・・な世界だ。」と本人自身にか、僕にか、
よく分からないことを言っていた。

今度は、僕がその団員長を一所懸命に誘ったのさ。
人生いろいろ・・・・・
へんな世界・・・・


11/4/15(金)朝 復活サイクリストの日記

今日入院だが朝、ここに書き込むことは、普通にできた。

この間の日曜日、三番目の子が長男を尋ねに行った午後に
僕とおばばは、見沼代用水路コースのショートカットをサイクリングしていた。

お目当ては、「桜」だ。
桜の花のトンネルを自転車で走る・・・・
3Dだよ。

それで味を占めて、
一昨日は、僕一人でそのコースをフルで走った。
青空と桜の花のコントラストがみごとだ。

そして、もう病院のコンクリートの壁の中に閉じ込められてしまうので
昨日も走った、そこをね。

僕の期待を決して裏切ることなくピンクのトンネルの立体映像が流れて行く。
すると、用水路沿いに誰か騒いでいる・・・・
「誰か携帯を貸してください。救急を呼びたい・・・・・」

何だろうと近寄ると、用水路に人が倒れていると言う。
そこを見ると20メーターぐらい先の方に人らしいものが浮かんでいる。
ド、ド、ドザエモン?・・・・・

ともかく、僕は用水路に入るために
ジーパンを脱いで、靴下と靴を脱いで・・・・
フェンスを乗り越え用水路に入りながら目標に近付いて行った。
僕は、場合によっては泳ぐこともあるかも知れないと思っていたら、
拍子抜けするほど水位が低かった。

そこに60才ぐらいのおばぁちゃんが倒れている。
僕は、必死に心配蘇生法を思い出そうとしていた。
よく見ると、仰向けに倒れているそのおばぁちゃんは、
うまい具合に鼻と口だけは水面から出ていて呼吸をしていた。
意識はなかった。

心肺蘇生の必要が無くなり、僕は、ホッとしたな。
ともかくそこからそのおばぁちゃんを安全な場所に移動させなくてはならない。
そうこうしている内に、もう一人、男性が用水路に入ってきてくれたので、
二人で人の背丈ほどある用水路の縁にそのおばぁちゃんを担ぎ上げた。
一人では無理だったな。

そして今度は、そのおばぁちゃんをフェンスの外へ越させる。
フェンスまで持ち上げて、向こう側にいた人に下ろしてもらった。
そしてそこは、日陰だったので日向の芝があるところまでさらに移動させた。

呼吸はあるけど意識が無く、体が冷え切っていた。
僕のシャツを掛けて上げようとも思ったが、
おばぁちゃんを担ぎ上げる時にビショビショになってしまったし・・・
サイクリングの最中で何もない・・・・

でも間もなくおまわりさんが来た。
ホッとしたね。
そしてなぜか消防車が来て最後に救急車が来た。

後は、プロにお任せだ。
任務終了。
と、思ったら、僕はパンツ一丁だった・・・・・
なぜか僕のやることはいつも最後に「オチ」があるんだな。
恥ずかしいったらありゃしない。
サッサとジーパンを履いて、
おまわりさんの職務質問に答えてサッサと帰ったさ。

滅茶苦茶くたびれた。
僕の人生はいつもドタバタ喜劇だ。
何でだろう?


11/4/14(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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明日、加齢による病気で入院するのでバタバタしていて編集がストップしている。
この間は、地震騒ぎでストップしたし、
今年は、どうなっているのでしょうか・・・・・

今年は、「第一回 キャンボリー」を企画して連休中は、
さぎ山野営場に行きっぱなしの予定だったが、
もうすでに同業者の手伝いで
それを始めて二日後に仕事が入ってしまった。

さぎ山野営場から出勤しようと思うね。
実は、もう何人もの人に「発電機でPCを動かせばキャンプ場で編集できる」と言われているんだな。

実際は、ノートならバッテリーがあるので可能だけど、
編集用のPCは、650Wのコンデンサーが付いているので、
それに耐える出力の発電機と、
電源を安定させる機器がなければ出来ない。

逆にあればできる。
ヒョットしたら来年は、さぎ山野営場でビデオ編集をしているかも・・・・・

今年は、
雨だったら現場でやることが無いので、
ビデオ編集をしに日中一時帰宅をするつもりだ。

雨が降らなかったら、編集は、またストップしてしまう。
さてさて、どうなることやら・・・・

と、いうことで明日から病院なので書き込みも滞る予定だ。
入院は、約一週間を予定しているので
基本的にその間、お休みです、ここのブログが。

ただし、現場で最大限の努力をしますので、
ヒョットしたらブログ再開も起こりえるかも・・・・・
どうなるかは、分かりません。

「明日のことなど、分からない。 ケセラ セラ・・・・」
古い歌・・・・・


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11/4/13(水)朝 キャンプじぃじの日記

「根拠の無い自信を得るために『物』にしがみついている」

それが無駄な贅沢を生み、

その原発が必要になった。

「質素で十分に幸せ」

これを学ぶチャンスだ。

これを生きるステイタスにできるチャンスだ。

そして、若いお父さんがわが子とたっぷり遊んで

その中に、「子供の心を強く育てる」ことを学んで実行するチャンスだ。

僕は綺麗ごとを言っているのではない。

自分で「貧乏だからこそ面白い人生」を実際に歩んでみた感想を言ってるのさ。

もういい加減に「物」にしがみつく人生を変えよう!!

いいですか、総ての戦争は、一部の人の贅沢を満たすために起こるものなのさ。

総ての贅沢は、それの過程で、どこかで、必ず「搾取」で成り立つものさ。

それでもまだ、「物」かい?


11/4/12(火)朝 キャンプじぃじの日記

この災害、原発事故、
これをとおして今こそ「生きる意味」「生きる価値」について
考えるチャンスだ。

「物」だけにしがみついてきた生き方を変えるチャンスだ。

大人がそれを真剣に考えた分、
子供たちの「心の成長」が大いに
期待できるだろう。

「消費」で決して「心の成長」はないことを学ぶチャンスだ。

大人が「成長」した分子供も「育つ」ことも学べるチャンスだ。

見てみよう、世界中の人々の「熱い心」がニュースで伝わってくるではないか!
これをヒントに、
今こそ「生き方」を考えるチャンスだ。

僕のように「貧乏でも豊かに生きる」ことができるんだ。
それを学べるチャンスだ。


11/4/11(月)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、午前中三番目の子と二人でさぎ山野営場へ行った。
そこにある物置のシートの貼り付けは、
古い友人と一緒に三番目の子がこの間やったものだ。

その中に、僕が竹で工作をした「棚」がある。
三番目の子は、それを見学した。
タンクを置く台、個人用テーブル、長テーブル、
これらは、使っている紐が「クレモナ」という違いだけで
三番目の子も作ってきた。

「簡易ベッド」、これは新作だ。
三番目の子は、感心していた様子だった。

僕は、頑丈な椅子を作るために薪置き場にある竹を必要な長さ、本数、を切り出した。
見ているだけで三番目の子はちょっと退屈したのだろう。
「お父さん、ここの三本の木を使ってツリーハウスを作ろう」と言いだした。

僕は、面白いアイディアだ、と言った。
三番目の子は、本気で
「今作ろう」と言い出した。

まぁ、とても完成させることが出来るはずがないが、
だいたいのイメージを取るために
その三本の木に竹を仮に組んでみた。

とっても小さいけど、いけそうな感じがする。
三番目の子は、調子付いて、
ここにも同じものを作って、その二つに「モンキーブリッジ」を渡そう。
と、勝手にイマジネーションを広げていった。

遊び心、発想、思い付き、
今までこの子には、苦手だったようなことだったが、
空想の世界を楽しんでいたようだ。

そして、この子は、
「こうしておけば、ボーイの子たちがもっと作りたくなる。」と言った。
「自分の楽しみ」ではなくその子たちのことを思って、
僕にいろいろ提案をしていたのだった。

その時、僕はどれくらい嬉しかったと思う?
二人でお湯を沸かしてレギュラーコーヒーを飲んだ。

午後には、三番目の子は、長男の様子を見に行くと言い出して出かけた。
長男は、どうしようもない人生を歩んでいる。

長男がいるところへ様子見に一番最初に行ったのは、次男坊だった。
居留守を使われて空振りだった。

その次は、その大地震の時に僕も行った。
やはり居留守だった。
昨日、三番目の子も行って、やはり居留守を使われた。

しかし、この子はそれでも諦めないでそこで見張ったようだ。
そして、長男が何かの用事で出てきたところを押さえられた。
すごい、さすが元ボーイスカウト。 立派に斥候をした。

昨日の夜は、
僕とおばば、古い友人二人、そして三番目の子で
歩いて15分ぐらいの用水路のところで花見をした。
キャンプ用品一式台車に積んで持って行った。

そこで三番目の子から長男の様子の報告を僕は受けた。
頭の悪い、出来の悪い、僕のガキンチョたちだが、
僕が死んだ後も兄弟で励ましあえる仲であるようだ。


11/4/10(日)朝 キャンプじぃじの日記

加齢による病気で12日から入院するはずだったが、検査になった。
そのことを三番目の子が聞きつけて、
昨日、帰ってきた。

しつこいぐらいに僕はその子に「成長」を繰り返し考え実行するよう励ました。
僕は、
「病気は、生死にかかわるものではないが、
いずれはお父さんは死んでいなくなる。
だから兄弟で励ましあって生きていくんだ。

自分の人生に『成長』をし続けていくんだ。
お父さんは今の仕事に自ら、自分の力で、
『成長』し続けることで作れたんだぞ。

仕事だけではない。
遊びだって、『成長』を考える。
今までとは違うキャンプを連休にやるけど、
どう違うのか、明日、さぎ山野営場に一緒に行って見てみろ。」

ということで今日、これから二人でさぎ山野営場へ行く。
2〜3泊のキャンプに使ってきた工作物ではなく、
ある程度しっかりともつ工作物を三番目の子に見せようと思う。

そして、そこにどう「工夫」をしたのか、
その経緯を話し聞かせて「成長」とはどういうことか、
具体的にそれらを見せて「人生」を教えたい。

分かりやすく言いなおせば、
商品ではないが、どう商品開発をしたのか、
サクセスストーリを聞かせて、「成長」を考えさせる。
僕が今までこの子にしてきた「親子キャンプ」のおさらいだ。

30年以上も「お父さん」をやったから、
子供を見るとどうしても「説教」になってしまう。
でも、反抗期を過ぎてこうして子供が戻ってきて僕の話しに耳を傾けてくれるのは、
とっても嬉しいな。
昨日の夜は、ちょっと呑みすぎた。


11/4/9(土)朝 キャンプじぃじの日記

今日も幼稚園の入園式を撮る。
僕は、その一コマのシーンを作るのに、
「上履きを履くところのアップ」を撮るのが好きだ。

それで気付いたのだけど、
新品の上履きが、気のせいか少なくなったような気がする。
母親もお金がかかる着物を敬遠しているようにも見える。

「質素で十分」

大いに結構なことだ。
この調子で、生活のあらゆる場面で「質素」を実行できるようになればいい。
そして関東平野に住む多くの人たちが、
この「質素に生きる」を身に付けられれば、

ともかくその原発は、必要なくなる。
今年の夏は、否が応でもそれを実践しなければならないようだ。
大いに結構なことだ。

これは、「質素で十分に幸せ」を学ぶチャンスだ!!
今こそ「心の成長」を目指そう!!

たぶん、現金収入は減るだろうが、
今までのような、やたらに長い、長い、超長い労働時間も減るだろう。
ぜひ、その余暇でお子さんと大いに遊んで欲しいな。

「20才では自立させる」ことをしっかりと目標にして、
具体的にどうするのかよく考えて子育てをしよう!!

僕は、その一つの有効な方法をお勧めするさ。
そうさ、子育てのための「親子キャンプ」の実践だ。

貧乏だからこそ余暇がたっぷりある僕からのメッセージでした。


11/4/8(金)朝 キャンプじぃじの日記

今朝は、幼稚園の入園式を撮るために都内に早く来た。
H23年度のスタートだ。

H22年度の「卒業ビデオアルバム」制作が満20年を迎えたけど、
もう昔の話になった。
もうこれだけ出来たから、僕は十分に「挑戦」を味わったさ。
後の人生はすべて「おまけ」だな。

子供に飯を食べさせなくてもいいというのは、
とっても楽チンだ。
こんなに人生を楽していいのか、不安を覚えるほど楽だな。

もちろん、僕にだって気の重い問題はあるよ。
僕の四人の男の子の内、上二人の問題は、
僕が生きている間に解決できる見通しは立っていないさ。

でもそればかりを考えて生きていてもしょうがないよな。
僕のこの反省点を、若いお父さんに伝えていく・・・・
ここの書き込みは、そのために始めた。


どうしたら、
父親初心者の人が、これを自覚してくれるのだろうか・・・・・

子供の育ち・・・・・
どういう子でも、自立するための子育てを自分の親にしてもらう権利があるさ。
だから、親は自分の子をしっかりと「自立」させるよう義務がある。

この「自立」ということ・・・・・
今現在日本では、「積極的に自立させない」子育てが多いと思う。
ここにとんでもない問題の根本があるさ。

「20才では、自立させる子育て」
周りを見て、どれほどの親がそれを目指しているのかよく観察してみよう。
ほとんどいないでしょう。

その「自立」を子供が果たすためには、「強い心」が不可欠さ。
「鉄は熱いうちに打て」とは、
小学校に入った頃ぐらいには、「自立」を意識して子供の心を鍛えるよう育てるのが本当の子育てだ。

そして、この社会を生き抜くために、
「戦術」としてそれぞれの「教育」がある。
この「教育」とは、各論であることを覚えよう。
これが今、一人歩きしている。

「金を払って子育てを他人任せ」とは、こういう現象のことを言っているのさ。

具体的にどうすればいい?
僕は、それの一つの具体的な方法として、
子育てのための「親子キャンプ」を若いお父さんに勧めているのさ。
僕の残された人生は、自分の反省の意味を込めてこれを訴え続けていきたいな。
新年度に当たって、僕の抱負でした。


11/4/7(木)朝 ビデオマンの日記

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書き込みます。

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「卒業ビデオアルバム」の編集は、1件がだいぶ進んでこの数日でマスターの完成を目指す。
そして残り2件は、まったくの手付かず。
こちらは、7月に入る前に納品すればいい。
あまり早いと逆に怒られたことがあったけかな。

毎日、毎日、
部屋の中に閉じこもってモニターとニラメッコ。
それでアウトドアーへ逃げ込みたくなるのさ。

ビデオ制作のこだわり・・・・
どうやら仕事柄、それが癖になっているらしい。
「いかに面白く出来るのか」、作っていく上で必要なこだわりだ。

これは、調理の仕事、デザインの仕事、作曲の仕事、
それらと同じ「こだわり」だ。
そこには必ず「見る人にどう写り、感じられるのか」というお客さんの心理を読まなければならない。

人それぞれ好みが違う中、最大限の「面白さ」を考える。
ここのところが難しくもあり、醍醐味でもあるわけだ。
たぶん、僕が作った作品は、ストレスがなくス〜〜〜と思い出の中に入り込んで行ってもらえるだろうと思う。

作品中に特殊効果を使うと、そこで「意外性の面白さ」は、一瞬でるけど、
そこにストレスが起こって作品の世界から、現実へと見ている人が戻ってしまう。
だから僕は、よほどでない限りそれを使わない編集だ。
「生絵」で勝負さ。

こんな具合に「心理」を読んで作るのさ。
「機材」という「物」ではなく「面白くしよう」という「思い」。


「生き方というデザイン」
これにも僕は、こだわった。
「物や金」、「簡単」「快適」「気楽」・・・・・・
こうした人生のエフェクトは、僕は嫌いだ。

「生きている、そのもの」に面白さをどう作れるのか・・・・
その一つの答えを僕は、「親子キャンプ」で発見したのさ。
息子たちと一緒に大自然の厳しさと戦う面白さ。
僕は、たっぷりこれを味わったね。
そこにあったのは、僕の「強く育って欲しい」という「思い」だった。


被災された方々は、本当にかわいそうだ。
そして、それをテレビで見た多くの日本人は、
「お祈り」とわずかながらの「捧げ物」をした。
被災された方々も、本当によく頑張っている。

世界中の人々が、この日本人の姿を見て「感動」したそうだ。

そこにあったのは、「思い」だ。
目には見えない「思い」。
しかし、それこそが生きていて最も大切で、最も影響力のあるものでしょう。

「物の豊かさ」ではなく、これからはこの「思い」が満ち溢れた
「心の豊かさ」を目指して行ければいいよね。


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11/4/6(水)朝 キャンプじぃじの日記

だいたい僕は、昭和30年代の都内の生活ぶりだろうと思う。
そのころ、都内の庶民にとって「銭湯」は、憩いの場、
子供にとって放課後の遊びの場、であった。

子供のときの習慣とは、すごい。
とくに僕は小学校4年生位までは、銭湯に通っていたから、
風呂は、それでないと落ち着かないんだな。
中学、高校、と狭い内風呂が嫌で嫌でしょうがなかったことを思い出す。

そうさ、みんな昭和30年代の暮らしをすれば、
その原発は必要なくなる。
たぶん、そのころになかったのではないの? 原発がね。

日本の高度成長(物だけの)は、
結局不幸をもたらしたのさ。
それは、事故だけではない。

「快適」「簡単」「気楽」の飽くなき追求は、
人の心をボロボロにしたのさ。
それで、自殺者世界第二位なのさ。

この原発事故でこのことに気付くべきさ。
「豪華絢爛」は、幸せに関係ないということにね。

「自分と物との関係」・・・・必要の無い「物」は、
                 根拠の無い自信を得るためのもの
「自分と他人との関係」・・・被災された方々に思いを寄せたこと
                 世界の人々が日本人の思いに感動したそうだ。
「自分と神様との関係」・・・人との関係は、時に「裏切り」があるけど
                 神様は、決して僕を裏切ることは無かった。
                 ビックリ仰天する恵み(物ではない)が与えられた。
                 それはとっても不思議な方法だった。
                 アメイジンググレイスの歌詞は本当だ。

こういう方程式が世の中にあるので紹介しよう。
もちろん、僕は自分の子供にも伝えてある。

的外れもいいところの「幸せ」、
それはたいがい、だから「見栄」でしかなかったのさ。
早くこのことに気付こう。

本気で子育てをしてみよう。
自分との関係で、「物」から子供という「他人」へ本気でチェンジしてみよう!
質素で十分に幸せという意味がきっと分かるさ。

「子供の心を強く育てる」ことと
「遅くとも20才で自立させる」ことが目標の子育てをやろう!!

目指せ!!! 「心の高度成長」


11/4/5(火)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、さぎ山野営場で工作物のタンクを置く台と簡易ベッドを直した。
もうすでにマイ・テーブルの一部の結びがゆるんでいた。
何が悪いのだろうか・・・・・
クレモナの紐を濡らすのがよくない?
締め付けるトルクがあまい?
材質の問題?
構造の問題?

2〜3泊のキャンプではなく、しばらくもつ丈夫な組み立て。
今、これに挑戦している。
どこをどうしたらいいのか・・・・・

この試行錯誤が面白い遊びだ。
そしてくだらないと思ってはいけない。
どんなに些細なことでも自分の「研究課題」を真剣に挑戦する「心」が重要だ。

僕は、今、ビデオ屋で生計を立てているが、
元々は、スキー仲間をビデオで撮っていたのが始まりだ。
そのカメラで自分の子を撮ったら、面白くなった。
たいがいの人はここでお終いだが、
僕は、「どうしたらもっと面白く出来るか」ということに挑戦した。

そして、ある程度分かってきたところで、
これが商売になると気付いたんだな。
でもその時には、周りの総ての人に「そんな商売は無い。」と言われた。
確かに無かった。

だから僕は、世の中にない商売を自分で作ったのさ。
時間は掛かったけどね。
おかげで貧乏だけどね。
でもそれが勲章。

どんなに些細なことでも、熱心にそれを研究する遊び心は、
自分の人生を成長させる「カギ」だよ。

このことは、生きる意味につながっているさ。
子供たちにこれを「知る」のではなく「身につける」ようにさせるためには、
まず、若いお父さんがこれを分かっていて実践できることだ。
父親が、出来た分、子供が育つ!!

どんなに些細なことでも、どんなにバカにされても、
何かの利得ではなく、
自分の興味関心を奮い立たせる。
そういう強い心。

親子で挑戦しよう!!

これが本当の「成長」だ。
「成長」にこそ生きる意味づけができる。
生きる本当の感動が味わえる。
「物」を拝むのとはまったく違う人生がそこにある。


11/4/4(月)朝 復活サイクリストの日記

ここのところ、おばばをどこにも連れて行けなかった。
それで、昨日は、逗子市に車を置いて鎌倉へ二人でサイクリングした。
サイクリングと言ってもたいした距離は無い。
むしろ、鎌倉へ観光に行ったと言う方がいいのかな。

鎌倉という街は、自転車での移動がとっても便利だ。
ともかく、神社仏閣、カトリックもでかいのがあるし、
確かプロテスタント教会も道沿いにあったような気もするな。

宗教のデパートだな。
大勢の観光客で賑わっていた。
それでも、よく見ると、街中の駐車場に「空」がところどころにある。
いつもだったら、あり得ないことだ。

大家のおばぁちゃんは、シュウマイが好きなので
帰り道に横浜の中華街に寄ってそれをお土産に買ったね。
それで、昨日の夕食は、おばばと大家のおばぁちゃん、僕、の三人で食べたさ。
贅沢なことは、ない。
でも、質素でも三人で楽しい夕食だった。

原発がなくても済む質素な暮らしを関東平野の人々ができるようになりますように。
今まで本当に無秩序に「消費」に突っ走っていた心を
どうか反省するチャンスとなりますように。
そして、「質素な生活」の中に「工夫」をして心豊かな生き方に目覚めますように。

そう宗教の街でお祈りしたさ。


11/4/3(日)朝 復活サイクリストの日記

さぎ山野営場で、「キャンボリー」の準備を少しずつしている。
しかし、そういう中で、
工作物のタンクを置く台が、もうすでにダメになってもきた。
それで、それを組み直した。

工作用の手袋をせずに素手でやっていたら、手の皮がむけた。
まさしく「手抜き」はダメ、そういう体験学習をした。
もう少しで完成だったが、諦めてサイクリングをした。

昨日は、穏やかな天気で同業であるサイクリストがクランクを回していた。
中には、女の団体さんが僕とは逆回りで、
同じようなコースをとったらしく2回遭遇したな。

ところどころの桜の枝にいくつかの花が咲き出していた。
コースの一番南、通船掘に1本だけ満開の桜があった。
数のうちには、桜もオッチョコチョイがいるものなのだろう。

本当にのどかな時間が流れた。
夜中の享楽のような強い刺激ではない。

まるで昼間のように電気を皓々とつけて、
「自然」に逆らった空間。
「自然の厳しさ」をまるで人の力で克服でもしたかのような空間。
そのために原発が必要になった。

「自然」に溶け込む生活。
朝日と共に起きて、日が沈むとともに寝る。
自然の空気の中を、こうしてサイクリングしている分には、
原発は、必要ない。

それでもまだ、「自然」に逆らった「快適」「気楽」「簡単」を追い求めるのだろうか?
こういう人工空間から目覚めるためにも、
大いにキャンプで遊んで「自然」を取り戻すべきではないの?

そして子供に教えるべきではないの?
「過度な快適」は、地球を壊すとね。
いや、壊れたとね。


11/4/2(土)朝 キャンプじぃじの日記

とうとう、末っ子が僕のところから本当の巣立ちをしていった、昨日。
就職浪人を一年間やったが、
本人が希望する職業に向けて人生の旅立ちをした。

どうしてもまだガキンチョだから、「物」への執着がある。
これはたぶん、発情期と関係していると思うな。
そのこともあるだろうが、最後に僕は末っ子に言った。

「物が欲しい・・・消費で頭がいっぱいだと決して心の成長がないからな。
  人生、生きている限り、心の成長を目指していくんだぞ。」

消費、享楽、
本当に今、関東平野の人々の生活ぶりを反省するときが来たのさ。
まずは、「反省」だ!!!
そこから新たな歩みが始まる。

質素で十分に幸せだし、人生に充実感がある・・・・・

僕は綺麗ごとを言っているのではない。
それを今まで実践し続けてきた。

今から15年ぐらい前だろうか、韓国人の宣教師が僕のボロアパートに来てこう言った。
「韓国人でもこんな貧乏な生活をしていない。
  しかも、その仕事(卒業ビデオアルバム制作)に挑戦するのは、
   宣教師になるのよりヤバイ。」

僕は、国際比較での「貧乏生活」で十分に面白く生きてきたし、
そのヤバイ仕事で、
昨日、制作し続けて満20年の根拠となるタイトルのマスターが出来たさ。
十分以上に人生に充実感があるよ。
心の底から、感謝だ。 本当に奇跡を味わった。

もういい加減に、
「根拠の無い自信を得るために物に執着」するのは、よそうよ。
まずは、そこを反省しよう!

そうすれば、その原発は必要なくなる。
しかも、うつ病、ニート、などの心のトラブルも減ると僕は思うな。
自殺者も減るだろう。

僕は、仏教徒ではないけど、
「さっさとその煩悩を捨てなさい。」

キリスト教だったら、
「心の土台から『富』を捨てなさい。」

そう今、宗教が教えてくれていることに耳を傾けようではありませんか!!
本当に、今、このことを真剣に考えて欲しい。


11/4/1(金)朝 復活サイクリストの日記

昨日は、見沼代用水路をポタリング(自転車で散歩の意)をしている途中で雨が降ってきて、
周回コースの中をショートカットした。
一昨日、自転車のチェーンやギャーを石油で洗って、
よく乾燥させた上、CRCを拭き付けたので非常にペダルが軽かった。

さぎ山野営場から、そのコースに出るほんの少しの距離のところで、
僕の目の前をオスのキジが横切った。
ドタドタと走っていったな。
「桃太郎」に出てくるような勇敢さではなく滑稽な走りだった。


僕が乗っているロードは、完成車で6万という破格値だった。
フレームがアルミなのだが、中国製というのがミソだ。
部品は、「シマノ」が付いている。

僕が、20才代のころ乗っていたロードも、
アルミフレームだったが、こちらはイタリアの「アラン」製。
フレームだけで13万を越していた。
ペダルは、カンパニョロ製で3万したものが付いていた。

若い頃は、ちょっとチェーンが汚れただけでもすぐ「重く」感じられるほど
ガンガンと走ったものだ。
今は、ポタリングしかできないから、安いロードで十分以上だ。

僕以上のじぃちゃんが、レーシングスーツを身にまとって
ゆっくりとペダルを踏んで走っていく姿をよく見かける。
そうとうに高そうだ。
本当に日本人は、「物」への執着が凄まじいな。

もういい加減によそうよ。
「質素」を生きるステイタスにしていこうよ。
サイクリングは、始めにそれなりの自転車が必要だが、
あとは、とってもエコロジーな遊びだ。

何たって、原動力は「人」だからね。
しかも運動するから健康にもいい。
僕なんかは、これで西へ16`行った所まで納品にも使っている。

話は変わるけど、毎日入っている銭湯は、
廃材を薪にしている。
僕が浸かっている風呂は、環境的にCO2排出量が「ゼロ」さ。
原発は必要ない。

それでもまだ、「快適」「簡単」「気楽」・・・・か?

子育てもそれで、金を払って他人任せか?・・・・

本当に、今まで当たり前にしてきた生活を本気で改めようよ!!


11/3/31(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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被災地で、思い出の品・・・アルバムとか紙筒に入った証書などを
拾い集めるボランティアの方々が新聞、テレビ、で報道された。

「思い出」は、「心の豊かさ」に関係している。
それを記録するのが僕の仕事だ。

この数年、バックナンバーのDVDを買うことが出来ます、
と注文書に書き込んだら、
ポチポチと申し込む方がでてきた。

そのときには、思い出のDVDの価値が見いだせなくても、
1〜2年経つと、その価値がでてくる証拠だ。

たいがいの商品は、経年変化や初期性能の劣化で価値がどんどん下がるのに対して
僕の仕事は、
熟せば熟すほどいい酒になるように、時間とともに価値が上がる不思議なものだ。
これに気付いた親が僕の作ったDVDを買う。

卒業ビデオアルバムが1件、あとナレーションを入れて完成するまでになった。
仕事をしていないようで、ちゃんとやってるんだな。
それは残り3本編集がある。

僕の仕事は、10年後、20年後に本当の価値が熟すものだ。
この仕事に興味のある若者がどこかにいないかね?


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11/3/30(水)朝 復活サイクリストの日記

昨日は、見沼代用水路コースをサイクリングした。
夏の肉体労働に向けて体力を付けていかなければね。

もう何年も使ってきたタイヤのゴムが劣化をしてヒビだらけだ。
それで、それを買った自転車やさんに行って、
新品のそれを買って自分で交換をした。

新品は、しまりが良すぎだ。
僕のおばばとは、全然違う・・・・・
タイヤのワイヤーをリムにかけるときにチューブを挟んでしまって、
そこに穴が開いてしまったようだ。

チューブも交換だな。
随分と使った。
おばばも・・・・・


さて、
昨日の夜、末っ子が一時帰宅をした。
バイト料を全部欲しい「物」を買ってしまったので、
家からつまみ出されたのが、
去年の11月。

僕の四人の男の子のうちの次男坊に末っ子が助けを求めて、
住み込みの肉体労働の仕事にありつけた。
もし、それに失敗をしていたらホームレスの危機があった。

親獅子が子獅子を谷底に突き落とした瞬間だ。
まぁ、そこで必死にかなり辛そうな労働に耐えた。
4月1日から新しいところで詰め込みで研修を受ける。

その切り替えの狭間にこの二日間がある。
末っ子は、放り出されたことは無かったような顔をして
昨日の夜は自分の布団で寝た。
おおむね4ヶ月ぶりだ。

僕は、子育てでこのように甘やかさないぞ。
これは虐待ではない。
放り出されている間も、週に一度は夕飯をありつきに帰ってきていた。

僕はそのときにどういう常態かを観察チェックできたんだな。
末っ子は、休みの日曜日には毎週教会に通ったそうだ。
頭はすこぶる悪いけど、十分だ。

子育てで本当に大切なこと、
「消費」ではなく「成長」を一生涯し続けることを身に付けさせる。
僕は、そう確信しているさ。

「快適」「気楽」「簡単」の飽くなき追求は、
本当の人生の歩み方だろうか?
そういう浮ついた心の状態が、本当に幸せだろうか?
その結果はどうなるのだろうか?
自殺者、世界第二位の日本。


関東平野に住む人たちに反省を求められているんじゃないの?
僕には、そう思える。

僕は、バイト料で無駄買いをした末っ子にそのように反省をさせたけど、
関東平野で快適に住む人たちは、何か反省することはない?
まだ、それでもまだ、「物」にしがみ付くのかい?

災害もひどいが、そういう心もひどく感じるな、僕は。


11/3/29(火)朝 キャンプじぃじの日記

犬でも、インコでも、何か芸を仕込むときには、
「腹いっぱい」にしては覚えない。

人間の子供だって、
「快適」「気楽」「簡単」「便利」を浴びるように与えれば、
けっして芸を覚えようとしないのは、当たり前でしょう。

ズボンを引きずり下ろしてパンツが見えるようなルックス、
心理的に、
「僕は、『快適』『気楽』『簡単』『便利』をステイタスにしているから
いかにだらしなく振舞うか、こういう自己表現さ。」
とでも言いたいのではないかね。

「学ばない」というのは、学ぶ必要があるような貧乏ではない。
そういうことではないの?

僕は、「貧乏」が勲章だから
大いに好きなことを学ぶさ。
ロープワークは、僕が40才代のときに学んだ。
商売のビデオ制作は、30才代で命がけで学んだ。
チェーンソー、斧、木割り矢、は、50才代で学んだ。

学ぶ・・・・これは成長そのものだ。

「消費」を追う者は、決して「成長」しない。

「成長」しないで歳をとるから「幼稚な大人」の出来上がりとなる。

ゆえに、幼稚であってはならない。

これが僕の言いたいことだ。
そして、この「幼稚な大人」がさらに「快適」「気楽」・・・・
を追い求める。
それで原発が必要になった。

さぁ、このことを関東平野に住む人々が真剣に考え反省をするチャンスだ!!!

「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」
消費ではなく「作って学ぶ」にチェンジだ!!


11/3/28(月)朝 SCC活動報告

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11/3/27(日) さぎ山野営場でデイキャンプ実施

結局、うつ病の古い友人が一人だけ現場にやって来た。
ロープワークを覚えて「マイ・テーブル」を工作するよう
勧めたが、まったく予想通り「いやだ」と言う。

女が手に入るとか、よほどの副賞がない限り「いやだ」と言うんだな。
「こうしたらいい」と思っても行動に移せない。

自分の子だったら、あの手この手でやらさせるけど、
こじらせてはいけないので諦めた。
しかし、代替案として、
「釘を使ってもいいから自分のテーブルを作る」よう勧めた。

でもここでは、ロープワークを使った工作物より
それはランクが下がるよ、とも伝えた。
ましてや、市販品の利用は、原則禁止にしたいとも言った。
倉庫にある市販のキャンプ用品は、ゲスト用ということにしたい、
とも伝えた。

たぶん、釘を使っていいなら、ヤツも、元々工作は好きだから作るだろう。
ともかく、
「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」というSCCのキャッチを始めてソイツに披露したね。


言うのは簡単だが、実行するのは難しい。
すでにタンクを置く台の結びがまた緩んでしまっていて直さなければならない。
簡易ベッドは、ちょっとそこに横になっただけで潰れてしまった。
椅子も耐久限度を超しそうだ。

「堅牢度のある工作物」をこれから目標にしていきたいが、
壁は大きいな。
もちろん僕は、「いやだ」とは言わないでどんなことでも挑戦するさ。


さて、
SCCのデイキャンプは、戸田市の道満グリーンパークと
さぎ山野営場で実績を積み上げてきたが、
今度は、本命の泊まるキャンプの企画を立てた。

去年の5月の連休にさぎ山野営場で初の一泊キャンプを実施した。
それ以来、そこに泊まってはいなかった。


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「第一回 キャンボリー」
スノーメン・キャンプ・クラブ

(キャンボリーとは、SCCのキャンプ大会のことで造語)

●開催期間:4月29日(金)〜5月8日(日)
●場所  :さぎ山野営場 SCCサイト
●開催期間中、自由参加です。 ご都合のいい日時においでください。
   参加希望の方はメールでお問い合わせください。
●日中は、サイクリングや温泉に行って不在が多いです。
   連絡がある場合には、います。

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このキャンプの活動目標は、

「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」

の実践だ。


11/3/27(日)朝 キャンプじぃじの日記

今日は、SCCのデイキャンプをさぎ山野営場で実施する予定だ。
おばばは、末っ子のことで用事があり、
いつも一緒にやっている古い友人は、お姉さんの入院で来られない。

古い友人のうつ病のヤツと二人きりだ。
やっこさんは僕の言うことは聞かないから、どうなることやら・・・・・

今日の活動は、
「マイ・テーブル」の工作だ。

さぎ山野営場では、焚き火が一番楽しい。
それで、焚き火を囲んで食事をしようと思うと、
長テーブルでは、できない。

そこでそれぞれの人が「マイ・テーブル」を持って焚き火を囲む。
食べ物は、バイキング形式。
どう?
楽しそうでしょう。

この間、いつものヤツとそういう話になったわけさ。
それで各自、マイ・テーブルを工作する。
だけど、うつ病のヤツが今日、それを作ろうとするだろうか・・・・

ビデオ屋の集いに参加をしていたときに気付いたことだが、
「ビデオ屋」を立ち上げられない人に限って「学ぶ」ことはせず、
機材にこだわる。
これは面白いほどよく当てはまる方程式だ。

うつ病のヤツも同じ。
稼ぎがまったくないのに、キャンプグッズを買って持ってくる。
しかし、ロープワークを学ぼうとしない。

こいつに「角結び」を今日教えることができるかどうか・・・・・
ともかく学ぶ気がない者に教えるほど難しいことはない。
たぶん、たいがいの大学の教授は、毎日それなのだろうな・・・・・

「買って済ませるのではなく自分で作る」
今日、そいつに実践させられるかどうか、試されるな、僕がね。


11/3/26(土)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、久しぶりに「見沼代用水路コース」をフルでポタリング(自転車で散歩の意)をした。
結構くたびれた。
体力の低下を実感できたな。


さて、SCCのキャッチフレーズを考えていたのが、
やっとまとまった。

「買って済ませるのではなく自分で作るキャンプ」だ。

ちょっと長いけど、意味をハッキリ伝えるには、しかたなかった。
早速、本日このHPの「スノーメン・キャンプ・クラブ」のページに
このキャッチを掲載する。

買って済ませる・・・・・金を払って他人任せの教育・・・・ではなく
自分で作るキャンプ・・・父親自身が子供に積極的に関わる・・子育て

こういうことを父親に身に付けてもらいたい。
そういう強い願いを込めた。

多くの父親の子育てに対する意識が変われば、
時間はかかるだろうが、
きっといつかは、「自殺」が少なくなる日本社会になるだろう。
「心のトラブル」が減ることだろう。
僕は、そこの一点を目指したい、これからもハッキリと目標を持ち続けたい、生きている限りね。
いや、死んでも天国からそれをお祈りするさ。


11/3/25(金)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、さぎ山野営場で「簡易ベッド」を竹とシートで工作をした。
出来上がりは、強度的に十分とは言えないようだ。
とりあえず、実際に使ってみて
改善策を検討したいな。

こういう「試行錯誤」をすることが面白い遊びだ。
ビデオで何か作るのも同じ。
「工夫」というのは、
「デザイン」「創作」ということに結びついている。

これを子供のうちから身に付けさせるのが「親子キャンプ」の本当の目標だ。
キャンプ技術の習得ではない。
ここのところをしっかりと捉えて、子育てをしよう!!


「こうだから出来ない」「これがないから出来ない」「あぁいう風だから嫌だ」
そんな、もやしっ子ではなくて、

人生に自ら工夫ができる男、そして実行できる男、
そうなるよう、「試行錯誤」で学ぶ力を身に付けさせよう!
自らの人生を元気良くデザインしていく能力・・・・・


11/3/24(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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卒園式の撮影も一通り済んで、
卒園式だけを単発で販売するタイトルは、明日納品できる見通しだ。
「卒業ビデオアルバム」の編集をこれからボチボチ始める。

ついに僕の「プチ隠居生活」になった。
僕の仕事は、一日中それがないという日はほとんど無い。
逆に、一日中仕事をしていることも少ない。

「撮影」という時間が限られた仕事が、今頃はないから
プチ隠居生活が楽しめるわけだ。
子供を「親子キャンプ」でしごいていたときには、
この「 off タイム」を大いに使っていた。

時間を自由に使えるというのは、自由業の一番の利点で醍醐味だ。
一度味わったら、もうサラリーマン復帰はできないだろう。

僕の人生設計は、
高校を卒業して社会人になったときから、
「物や金ではなく生き方」にこだわってきた。
それで今がある。

目標どおり、お金には不自由していても「生き方」には、
非常に満足しているさ。
「家」にこだわって人生を歩んだ古い友人がいるが、
ヤツは、ここにきて仕事を失ったらしい。

「ウデ」があれば、例え、その職場を失っても、
またどこかでその「ウデ」を売って生き延びることが出来るが、
それがないと、いきなり50才を過ぎてバイトで食いつなぐことになる。
ヤツは、今、そうしているらしい。

悲惨な人生だな。

大分前にヤツがこう僕に言った。
「お前は、いいよなぁ、いつも好き勝手なことをして生きていられるから・・・」
僕は、答えた。
「簡単さ、貧乏すればいい。」

普通のサラリーマン家庭で、
「上流階級のつもり」で家を買ったり、高級を手に入れることは、
そもそも無理があるさ。
それこそ「根拠の無い自信」を得ようとしていることになる。

それだけではない。
そのことで、「子育て」を疎かにしているという現実がある。

それで僕のこの仕事のリスクに挑戦できる若者が少ないのだろう。
みんな、子供に「安全、高収入」の幻の人生を追い求めさせているのではないかね。
そう育てられた人は、僕の仕事に命がけでトライすることができない。
名の通った会社に就職する・・・これだけにしか人生の価値を見出せないようだ。

たぶん、ハチャメチャな生き方をして「生命力」の強い若者が、
この仕事に興味を持ったら、きっと成功するのではないだろうか・・・・
そんなことを考えている。

いつかきっと、ガッツのある若者をゲットしたいね。
もやしっ子はいらない。
たぶん、どんな職場でも「もやしっ子」はいらないだろう。

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11/3/23(水)朝 キャンプじぃじの日記

関東平野に住む人たちは、
大きく二つの種類の行動のどちらかを取ったようだ。

一つは、「買占め」に走った人々。
「今まで通り」の贅沢や豪華、浪費、を維持したいんだろう。

もう一つのグループは、
「無いは、無いなりに工夫」して、さらに捧げものをした人々。

普段の生活習慣がハッキリと現れたことだろう。

若いお父さんは、どうしたのだろうか?
ここを好んで読む方は、後者が多いだろうと、僕は思っている。
そう思うと、心底嬉しくなるなぁ。
こう思うと、幸せがこみ上げてくる。
ここを書き込んでいてよかったとね。

こういう「大人の生き様」は、子供の心に直結するさ。
若いお父さんが、ちょっぴり犠牲を払って捧げたものは、
お子さんの心に、何十倍、何百倍、になって「美しい気持ち」が咲くことだろう。

どう?
だから普段の生活で子供に「ボランティア活動」を体験させることが
いかに大切か、今、分かるよね。
「理想」ではなく、これは「必要」だよね。

「自分のこと」しか考え、思えない人。
「根拠の無い自信」を得ようと疾走している人。
これを僕は、「大人の幼稚」と呼んでいる。
それに近付きたくないな。

いくら豪華な身なりをしていても、これこそが本当に不幸な人さ。
友達がたいていいない。

分かるかな?
僕は、「高卒」と「貧乏」を自慢しているのさ。
どうしてかって?
それはね、
「そのままを総てを受け入れて工夫して生きる」ことができるという証だからさ。
これは、学習障害の子を育てるときに必要な能力だった。
見栄を張っている人には、できないことだ。

関東平野に住む人々が、みんな「質素」に生きれば・・・・・・
その原発は、元々必要が無かった。
ということは、これからどう工夫して生きていけばいいのだろうか?
答えは、すぐそこにある。

そして、本当の幸せは、青い鳥は、実は誰でも目の前にいるものさ。
でも目には見えないけどね。


11/3/22(火)朝 キャンプじぃじの日記

「元通り」では、これだけの犠牲を払ったのに
何の成長もないじゃないのか?

過度な「快適」「簡単」「気楽」「便利」は、
地球環境にとっても、元々ダメージがあるものだ。
それだけではない。

過度なそれらは、「人の心」を幼稚化する元凶に思えるぞ。

細菌でさえ、「抗体」ができることでより強力なインフルエンザなどが生まれるでしょう。
それは、鍛えられることで「耐性能力」が高まるという証拠だ。
それなら、なぜ、子供に「快適」「簡単」「気楽」「便利」を与えるのか?

ますます、弱々しくなるのは、当然のことではないか。
「ハイパーもやしっ子」が増えるばかりではないか。
高卒の僕でも良く分かることだ。

子供の心に「耐性」を付けて育てる。

このことがどれほど重要なのか、
まずは、そのことを熟孝して欲しい。
子供の「心」を鍛えることを考え実行しよう。

「元通り」では、何の学習も無い。
そうではなくこれを教訓に「質素」を学んで実行しよう!!

僕は、そんなことを考えているうちに、
「簡易ベッド」を工作してみようと思い付いた。
どういう「つながり」があるのかって?

SCCのキャッチフレーズ・・・・・
「買うのではなく自分で作る」をさらに押し進めていこうと思ったのさ。

今までは、2泊なり3泊のキャンプに耐えられればいい工作物、
または、限られた時間で作れる工作物だった。

これからは、時間が多少かかっても堅牢度が高い工作物、
今まで作らなかった工作物、
これをさぎ山野営場で作って見本にしていきたい、そう思いついたのさ。

言うだけではなく、率先してやってみる。
若いお父さんも、子育てで必要だよね。

「物を買う」から「生活を工夫する」にチェンジだ。
その具体例にしたい。

「元通り」ではなく「質素で十分に幸せ」を築いていこう。
「物」ではなく「幸せを感じ取る能力」を高める子育てを目指そう!!


11/3/21(月)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、末っ子が希望していた就職が決まったお祝いを玄関の前でした。
いつもの古い友人や古くからの知り合いのカメラマン、大家のおばぁちゃん、
そんなメンバーで、

ランプを灯して、
また、「広島焼き」の名人にウデを振るってもらって、
気付いたら、末っ子は、自分のアパートへ帰っていっても
夜中まで騒いでしまった。

僕の子育ての終了記念日になった。

これからは、
僕の四人の男の子のうち、
上、二人の心の改善、
古い友人のうつ病の改善、
そんなことが課題の人生になるな。

はじめから、「本当の自立」を目指した子育てをしていれば
「心の改善」は、必要ない。
若いお父さん、
初めが肝心だよ。

学校の成績だけしか興味がないようだと、
僕と同じことで人生の終わりに近付いてから
ボディーブローのようなダメージに襲われるよ。

子供が、どういうふうに生きるのか、
真剣に生きるのか、怠け者になるのか、
そうした「生きる姿勢」は、ほぼ10才ぐらいまでに固まるようだよ。

「心を強く」育てよう!
もやしっ子にするなよ。


3月20日(日) SCCデイキャンプは、ガソリン不足のため中止です!

11/3/20(日)朝 キャンプじぃじの日記

今日は、SCCの恒例デイキャンプを戸田市にある道満グリーンパークで行う予定だったが、
この災害でガソリンが手に入らなくて中止にします。

原発事故でたくさんの人たちが、
「死」を覚悟で放水などの作業をした。
たぶん、女房子供がいる方が多いだろうに、
本当にそういう命がけの仕事をしている方々の勇気と実行力に敬服したい。

まさか、
それでも享楽にふけり、
物欲に突っ走って、
「自分さえ良ければいい」という「我欲」を改めないわけではないよな。

そもそもその原発が必要なほど「快適」「気楽」「簡単」を
贅沢や浪費、無駄、を
まだし続けるわけではないよね。

関東平野の多くの人が、
今までの生活を改めなければな、そのいいチャンスだ、本当に。
そして、その分、本当の子育てに励もうか。

「本当の自立」に向けた子育てを、今こそ目覚めよう!!

子育てを強く意識した「親子キャンプ」は、
非常に有効な一つの方法だ。
この春、
具体的にどうすればいいのか、
それを紹介した「親子キャンプ」のハウツーDVDを
「刃物と火力の取り扱い」というタイトルを増やして
リニューアルするからぜひ買って見て欲しいな。

4巻1セットでセット売りだけだったが、
それらをバラ売りもして買いやすいようにする。
今、そのためのHP更新をパソコンの先生に依頼しているさ。

さぁ、大自然の中で、子供の心を強く育てよう!!!


11/3/19(土)朝 キャンプじぃじの日記

被災者の方々を見て、まさかまだ享楽的な生活を続けるわけではないよね。
仏教でいうところの「煩悩」むき出しで生きていこうなんて思わないよね。

卒園式の撮影は、全部終わった。
その中で、
式の前に保護者会から保護者に向けてこういうメッセージがあった。

なんでも地震で子供が食べられなかったお弁当代を義援金に回したいという。
賛同の拍手を求めたら、大いにそれが巻き起こったな。
みんな被災地での苦しさに同情している。

その気持ちをもう少し昇華させればいい。

さぁ、今までの日本の生活振りを改めるチャンスだ。
「物にしがみ付く」生き方をチェンジできるチャンスだ。
大人が大人らしく生きることに対して考えるチャンスだ。

全部、今の子育てに活きてくることさ。
子供の育ち具合は、社会の縮図さ。
大人の心が変われば、自殺者は必ず減るさ。

今、目指そう! 「心の革命」をだ。
質素で十分に幸せを感じて生きられるように、
それを生きるステイタスにできる強い心に大人がなれますように。
>

11/3/18(金)朝 キャンプじぃじの日記

もし、関東平野の人々がみんな
朝日と共に起きて、日が沈むと共に寝ていれば
その原発はなくても済んだかもしれない。

どうだろうか?
それでもまだ、夜中に贅沢、浪費をし続けられるのだろうか?

原発がなければならない関東平野の生活に何か問題はないかい?

みんなでキャンプ生活のように
朝日と共に起き、日が沈むと共に寝ればいいじゃないか。

ちょっと難しいかな。
僕は、朝5時半起床、夜8時半就寝を実践できているよ。
もう年寄りだからね。
さて、口先だけの綺麗ごとを言っている場合じゃないよな。


11/3/17(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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災害の影響が僕の仕事にもでてきた。
一番の問題は、ガソリンが手に入りにくくなったことだ。
今日、明日、と5ヶ所の卒園式を撮るが、
機材が多いのでどうしても車が必要だ。

重なった取材は、同業者にお願いしてあるけど、
彼もこのことで頭を痛めている。
まぁ、被災者の方々の辛さに比べれば我々の悩みは、おもちゃだけどね。

・・・・・・・・・・・・・・

「営業」と一言ではあるけど、
その内容は、いろいろある。
このHPの動画で紹介しているものは、「飛び込み営業」と言って
新規開拓での営業だ。

これも手法的には、バリエーションがある。
そのいい例として「ダイレクト・メール」がある。

自分の顧客に打ち合わせに行く・・・・
実は、これも「営業」になる。
撮影で出向いて、そこで段取りを相談することも、営業だ。
納品でも宅急便で送るのではなく、
自分で持って行けば、これも営業だ。

ともかくお客さんに接すれば、そのこと自体「営業」になる。
そこには、必然的に「営業トーク」というのが起こる。
この「話し方」というのに営業マンのセンス、または個性、考え方、
が出てしまうわけだ。

僕と同じトークを若手がしたら、
「あいつは、生意気だ」と思われてしまうことがあるかも知れない。
その後の取引に悪影響が出るだろう。

「営業」を合理的に教えてくれるセミナーがある。
商工会議所の「販売士」の勉強がそれに当たる。
その他、私設のものもある。

商売の入り口・・・「営業」
この営業努力を怠って商売が成り立つことは決してない。


人は、「成長」するときに大きな感動を覚える。
「生きていく」ということは、「成長する」という意味だろう。
体は、それが止まってしまうが、
「心の成長」は、一生涯あると言われている。

「成長」には、努力が不可欠だ。
この努力を避けるのか、挑戦するのか、
自分で自分を育てる・・・・・
このことを「自己教育力」と呼んだ人がいるが人生そのものを考えるときに
こここそ、本当に重要な学び、勉強だ。

僕は、商売の立ち上げで命がけで技術に営業に「成長」を目指したものだ。
それで今がある。

この「営業」は、その人の心の成長とリンクをしていると、最近強く感じるようになったね。
物事に対して捉えるのが幼い状態。
就職活動で、面接で落ちるのは、まさしくここを面接官が見抜くわけだ。

ビデオ屋の営業だって、仕事を取れるのかどうか、ここが要になるさ。
決して機材を見せびらかしても仕事を取ることはできないさ。
個人で事業を始めようというのなら、
ここをしっかり学んでいこう。

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11/3/16(水)朝 キャンプじぃじの日記

計画停電

被災地のことを考えれば、我慢ができるでしょう。
だから、
この災害のことを忘れなければ、
普段の浪費や無駄を考え直して、「質素に生きる」ということの価値を見出したいものだね。

「質素に生きる」
これは、ボーイスカウトのおきての一つだ。
どういう意味でしょうか?

それは、生きていくのに最低必要なもので十分に「心」が満たされて生活をすることさ。
ズバリ、僕のような貧乏生活を指す。

「貧乏」と「貧困」は、まるで意味が違う。
「貧困」は、その最低限の生活が不可能な状態だ。
そうだ、被災地の方々だ。
周りから援助をしなければならない。

世界中の人々から、被災された方々へお祈りをしていただいている。
多くの国から援助隊の派遣もいただいたようだ。
そういう「友情」のニュースを聞くと、
熱い感動を覚えるでしょう。

そこには、目に見えない、直接聞こえない、物ではない、
「思い」が災害にあった人々だけではなく、
日本中の国民に伝わったことでしょう。
「ありがたい」
こういう思いがこみ上げてくる。

「思い」が「思い」にどんどんと伝わっていく。
キャンドルサービスの本当の意味さ。
人間だけに許されたこの「思い」。
なぜあると思う?

それは、目に見えない方への応答になるからさ。
全世界の友情が天に届きますように。
そして、これを教訓に
「物」への執着を捨てて、
子供の心をしっかり育てられる日本になりますように。
自殺者、世界第二位という汚名が取れますように。

たぶん、日本全体で浪費を反省するでしょうから、
被災者の方々を早く救ってください。
もう十分に反省しますから、
悲しさから救ってください。

この災害を思い出すたびに、
「便利」ではなくても、もう我慢できますので、
もう赦してください。


11/3/15(火)朝 キャンプじぃじの日記

僕には、4人の男の子がいて、
上、二人は僕が親として「幼稚」であったがために甘やかして育ててしまった。
その結果として、
子供が「自立」できない。

長男は今、
自分で自分を食べさせることが出来ないでいる。
とうとう生活保護を受けてしまったようだ。
確かに就職事情が厳しいことは事実だが、
根本的な問題はそれではない。

自立できていない、精神的な成長が幼いままであることが、
仕事に就けない、または雇ってもらえない本当の理由だ。
これは、古い友人でうつ病のヤツと本質的には同じだ。

僕の近所に住む、今はもうおばさんの子も、
聞いた話しでは、自分の稼ぎは全部お小遣いで生きているらしい。
もう30才を越している。
実家に住んでいるので、しかも働いているので
何の問題もないようにみえるけど、本質的なトラブルは、
僕の子と同じだ。

「幼稚な大人」、自立できていない。

「親の幼稚」→「甘やかし」→「自立できない」
これは、僕の体験でもあり、多くの人を見て当てはまる図式だ。

特に、今の日本では、「積極的に子供を自立させない」子育てが多いと思う。
それだけ、国民全体が「幼稚」ということなのだろう。
全世界的に自殺者が日本に多い理由は、ここにある。 「幼稚」だ。
心の成長が幼いままの大人。

日本神道では、自然のあらゆるところに神が宿っていると考える。
山の神、海の神、太陽の神・・・・・
どちらにしても有神論だ。
もしかしたら、甘っちょろく「気楽」「簡単」「安全」を当たり前に生きている今の日本人に神の裁きがあったのだろうか。
僕には、そう見えるな。

キリスト教では、神の存在を無視することを「原罪」と呼ぶ。
これももちろん裁かれる。

「神」「仏」が無くても済む快適な生活を追い求めてきたが、
反省するよう迫っているのではないだろうか。
これは、本当に恐ろしいことだ。
畏れるべきことだ。

僕は、
上、二人を上手に育てられなかったことを「猛省」して、
下、二人は「親子キャンプ」という手段で子育てをした。
育ち具合がまるで違うさ。

まずは、今の生活態度を大人が反省する。
エネルギーの無駄遣い、夜中だというのに明るくして享楽にふける人々。
反省が必要でしょう。


僕と同じドジを踏むなよ、若いお父さん。
男の子でも、女の子でも、遅くても20才では本当の自立ができるように育てるんだよ。

自立できない人の症状を、見抜き方を教えようか。
「根拠の無い自信」を得るために「物で立派になりたがる」ものさ。

他には、
自立が出来ない人は、決まって「営業」ができないものだ。
「営業」をしないで儲かることを考え始める。
これもチェックポイントだろう。

「就職活動」、これは自分自身を会社に売り込む「営業」と考えてみよう。
そうすれば、これらのことが良く分かるのではないだろうかね。
いくつもの会社に履歴書を届けてもダメなのは、
その商品が「幼稚」だからなのさ。
こう説明すれば、分かるのではないかな?


僕の長男も、本当に幼い。
どうしたら、この心を改善できるのだろうか・・・・
新たに子育てをするよりはるかに難しい。

子供を自立させるのが本当の「子育て」だ。
そのために各論の教育がある。
こう考えようよ。

日本舞踊の「親子連獅子」の舞をよく見て欲しいな。
日本人の昔から伝わる本当の子育てがそこに描かれている。


11/3/14(月)朝 キャンプじぃじの日記

スーパーでもスタンドでも日用品の買占めが凄まじいようだ。

さんざん親子キャンプをやってきて
何らかの事情で「食糧不足」に陥ったことがある。
あるときには、
夜のお楽しみの僕の「つまみ」にしようと思っていた「馬刺し」を子供たちに食べられてしまったこともある。
これは、福島での雪中キャンプでの出来事だった。

「想定外」のアクシデントは、親子キャンプでは年中あった。
それは、子供たちに立案・計画、をさせていたからだ。
計画書を見て、「想定内」のアクシデントもたくさんあった。
「馬刺し事件」は、想定内でのものだったさ。

何が起こっても不思議ではない。
そういう体験を僕は、親子キャンプでいつもしていた。
だから、
トラブルに対して異常反応をしないで済むようになれた。
日用品の買占めは、
昔、トイレットペーパでもあったが、愚行だ。
どうしても必要な人にそれが行き届かなくなる。

石原慎太郎のフレーズ「我欲」。
普段の生活で「簡単」「便利」「快適」「気楽」を
当たり前にして生きている人が、
こうしたトラブルに異常反応を起こすのだろうと僕は思うな。

もうちょっと、押し進めて考えると、
普段、生きているのが「当たり前」にしている人がこういうときに
冷静さを失いやすいのだろうと推測できる。

普段の生活態度が、こういうときに顕わに出るものだろう。
惨めなのは、「幼稚な心」さ。


さて、昨日は、
さぎ山野営場に「竹ハウス」を建てた。
一日がかりでも完成しなかった。
それは、竹のポールを全部改修したり、
フライシートを新品のブルーシートにしたり、
壁の部分(腰巻と呼んでいる)を迷彩柄のシートにして
そこに新たにハドメを打ったり、
まるっきりサラから作ったようなものだったからだ。

この「竹ハウス」の材料は、すべてホームセンターで手に入る。
平らな地面が20畳ほどあれば、
12畳の簡易テントがこうして建てられる。
例えば、学校の校庭に建てれば、
簡易休息所になるんだがなぁ・・・・・

その気になれば、椅子でもテーブルでも、
工作して作れるんだがなぁ・・・・・

「買う」ことしか思いつかない人が「買占め」するのかも知れない。
SCCのキャンプのキャッチフレーズ、
「キャンプ用品を『買う』のではなく『作る』」
これを親子で身につけていれば、
「買占め」るのではなく、
無いは、無いなりに上手に生活をする・・・・
こうできるようになれるのではないだろうかね。
つまり「工夫」する能力さ。

こういうことで、
「買占め」を自慢していては恥ずかしいよ。


11/3/13(日)朝 キャンプじぃじの日記

どうやらここ日本は、
地震、津波、原子炉爆発、と戦後最大のトラブルに巻き込まれたようだ。
そしてさらにこれから経済的ダメージや
生活必需品の不足などの
二次障害が日本中を襲うのだろうか。

すでに埼玉に住む僕の近所のガソリンスタンドが長蛇の列だったそうだ。
昔、「トイレットペーパー」がなくなるというデマで
買占めに消費者が走ったことがあったが、
その学習効果が薄いかもしれないな。

報道によると、
地震で電車が止まって徒歩で帰宅した人がたくさんいたようだ。
僕もそういう一人だった。
「おじさん」が全体の中では多かったように感じたな。

中には、いかにもアスリートで凄い速さで歩いていく女性がいた。
これはレアケース。

逆に歩くことを考えなかった人も多かったようだ。
体力的な条件や、そのほか事情で歩けない人も多かっただろう。
しかし、
都内に「8万人の帰宅難民」がでるという数字は、
そうした事情だけの人とは思えない。


ここで僕は、自分のことで気付いたことがある。
それは、
僕には、大分前にボーイスカウトの「オーバー・ナイト・ハイク」の補助リーダーでスカウトと一緒に夜中30`を歩いた経験が一回だけあったことだ。

それで、そのことを思い出した。
「幸せは、それを感じ取る能力」だ。
もちろん、僕はそのときに「幸せを感じた」わけではないが、
けっして、悲壮感に襲われていたのでもない。

ここに「過去の体験」による「安心感」が大きく作用したんだよ!!
ここだよ! 
僕はけっして体力的に余裕があったわけではないさ。
自転車は好きだが、歩くのは嫌いな方だ。
でも、さっさと実行に移せたのは、「過去の体験」のおかげだ。
ここなんだよ!

子供のときから、「自然の厳しさ」の体験を十分に身につけているかどうか。
こうした大きなトラブルのときにこそ
「本当の生きる力」が試されるのではないだろうか。

それにどう対応できるのか。
徒歩、ビバーク、
まぁ、実用性はほとんどないが、
SCCで薦めようとしている「キャンプ用品を買うのではなく作る」ことも
もしかしたら僕が考えていた「心を強く育てる」という目的以外にも価値のあることかもしれないな。


11/3/12(土)朝 キャンプじぃじの日記

たまげたね。
朝刊の一面を見て昨日の地震の凄さを知った。

僕は、人ごみが嫌いだから滅多に東京へ行かない。
取引先が一軒あるので通う程度だ。

しかし、昨日は、池谷さんというカメラマンの個展を見に新宿御苑へ行っていた。
丸の内線に乗っているときにこの地震があった。
電車が緊急停車をして車両が大揺れをしたね。
船酔いしそうな揺れだった。

子供に飯を喰わせなければならない状況だったら、
何が何でも生き延びなくては、
そう思うだろうなぁ・・・・
僕は、こう観念した。

そうしたら電車が動いて「霞ヶ関」で下ろされた。
都内では、それほどひどい被害は無かったように見えた。
すべての電車が止まってみんな「徒歩」で移動したため、
皇居の周りが大勢の人で埋まった。
その程度の変化だったな。

僕は、もう帰ろうと思って、
昭和通に向かって歩き出したが、
とても、おばばを迎える時間に間に合いそうになかったし、
その手段もまったくなかったので初期の目標を目指すことにした。

それで「法曹会館」というのがあるけど、
そこの前を行ったり来たりした。
ここは、昔、ブライダルを撮りに行ったことがあるところだった。

僕は一路新宿御苑を目指した。
ギャラリーに着くと臨時休業だろうかシャッターが閉まっていた。
それで目標を失って、どうしようかと思案した。

長男が北新宿に住んでいて音信不通だった。
それを思い出して、生きているかどうか確かめることにした。
霞ヶ関から新宿御苑、北新宿、と歩いた。

北新宿は、道が不案内で散々迷子になったけど、目標に着いたね。
予想通り「居留守」を使っている様子だったので
僕は、自分の名刺をドアノブに挟んでそこを去った。

電気がついていたので「電気代」ぐらいは払っているらしいことと、
生きているらしいことは分かった。

さて、どうしようか・・・・
途中に感じのいい、朝までやっているショットバーを見つけたので
そこを目指そうと思ったが、
迷子になって着いたところから、そこへ戻るのは、
ほとんど無理な話だった。

それで出たところが中野坂上だった。
そうしたら「都営大江戸線」が動いていた。
ラッキーと思って、それで上野御徒町まで行くことにした。
もしかしたら、日比谷線が動いていて帰れるかも知れないと、
「観念」した割には、チャッカリもしていたな。

しかし、それもまったく動いていなかったね。
タクシーは、気持ちいいぐらいに無い。
だいたい、車より徒歩の方がはるかに早い状況だった。
当然、バスも意味が無い。

僕は、御徒町から
上野、入谷、三ノ輪・・・・・・・
「オーバー・ナイト・ハイク」
ボーイスカウトの活動でもしている気分で帰った。
足にまめが出来た。

みなさんは、大丈夫だったでしょうか?
大変な事態だ。
さすがの僕でも冗談が飛ばせない。


11/3/11(金)朝 キャンプじぃじの日記

年度内納期の仕事が無事終わった。
スッキリした。
出るものが出たという感じだ。

あとは卒園式のラッシュを無事こなせば、
僕には、「プチ隠居生活」が訪れる。
一年で一番楽しみだな。 この隠居生活がね。

ず〜〜〜〜〜っと部屋の中で編集や後処理に追われた。
それが何日も何日も続くと、
本当に気が滅入る。

うつ病の古い友人は、仕事も出来なくそういう生活をもう何年もしている。
家の中に閉じこもっている。
正常な精神でもどうにか変になってしまうな。

たぶん、
心のトラブルを起こしている人は、
それ自体よりも、
そのことで「快適」「安全」「気楽」な建物の中に閉じこもることで、
二次障害を起こしているのだろう。
トラブルを重症化させているのは、「建物の中」という環境ではないだろうか。

たまに数日間、僕は、部屋に閉じこもっていてそう思ったな。
早くさぎ山野営場で「竹ハウス」を新築したい!
サイクリングをしたい!
外遊びをしたい!

小さい子を建物に閉じ込めて育てるのは、
本当に恐ろしいことだと、思うな。

若いお父さん、お子さんを「もやしっ子」にするなよ。
たっぷり外遊びをさせて心を明るく強く育てような。


11/3/10(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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この間の全員配布の仕事は、土曜日に撮って月曜日に納品した。
そして、別件、発表会と卒業ビデオアルバムの年度内納品は、
今日、完納だ。
素晴らしい。

だれも誉めてくれないので自画自賛。
土曜日に撮ったものは、
あまりの速さに経営者が納品されたことを知らないで、
火曜日に僕に、いつ納品できるの?
と質問してきたね。
僕は、「昨日納品している」と答えたさ。

納品の「速さ」だ。

これは、仕事の品質で非常に重要だ。
ラーメン屋さんで、
注文して7分を過ぎるとお客に不快感が起こるそうだ。

商品によって発注から納品までの期間は、もちろん違うが、
自己ベストを尽くして早くするのは、
商売である以上求められる。

同業者でわざとゆっくりと納品する人がいるけど、
たぶん、それで本人は「忙しい」を演出しているつもりだろうけど、
けっしてお客さんは、そう思ってくれない。
遅い納品は、「ダメ業者」のレッテルを貼っているさ。

僕の場合、イベントがあってから1週間以内納品を基準にしている。
こうできないこともあるが、だいたいは成功しているさ。
それにしてもこの間の土曜日のものは、
作っている僕がたまげる早さだった。
一人3カメで2時間以上回したから、
キャプチャーだけで6時間だったんだよ。

プロであり続けるためには、手際よい仕事で素早い納品さ。

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11/3/9(水)朝 キャンプじぃじの日記

何年か前に私立中学校の卒業式を撮ったことがある。
そのときに壇上で子供が一言発言をしていた。
ほとんどの子、9割り以上が「母親」に感謝するというものだった。
ごくわざずかに「両親」に感謝するだ。
「父親」については全体で数名だったと思う。

これは僕が予想したとおりだった。
初心者向けのうつ病についてや、ニートについての本を読むと共通点が出てくる。
それは「父親不在」とか「父親の影が薄い」というフレーズだ。

本当にそうだと、その卒業式で思ったものだ。
「仕事で忙しい」。
僕だってそういう中、フリーのカメラマンで子供に飯を食わせていかなければならないという条件でも、子供と遊んだぞ。
貧乏は、僕の勲章だ。

なんで仕事が忙し過ぎるんだ?
たいていは、家や車を手に入れたいからではないのかな?
「物」のために「子育て」を疎かにしていないかな?

本当の幸せは、そんなことではないでしょう。
ぜひ、このページの上部にある「断捨離」と「シェア」というタイトルの本を読んで欲しい。
今日、読もう!!

若いお父さんの今までの子育てとこれからの子育てについて、
とっても参考になるさ。
それだけではない。
これから実社会を生き抜く子供たちの生き方をも示唆しているさ。
今日、ぜひ読んで欲しい。

「物中心」の生き方から解放されよう!!
これは「心の革命」だ。 決して大げさなことではないさ。
さぁ、今日、その第一歩を実行しよう!!!!
この本を読んで欲しい。


11/3/8(火)朝 キャンプじぃじの日記

言葉の解説

「デイキャンプ」
日帰りで行うキャンプのこと。
泊まらないからテントは要らない。
たいがいタープを張って、そこで昼食の準備、食事、
撤収、で一日が終わってしまうだろう。
小学校4年生ぐらいまでは、
これでたくさん親子キャンプを楽しもう。
そして、子供に少しずつ手伝わせるところが「子育て」になる。
子供がこのデイキャンプの全部の作業が出来るようになったら
いよいよお泊まりのキャンプに挑戦しよう。
キャンプ生活のあらゆる作業を子供ができるようにする。

「親子キャンプ」
ここで言う親子キャンプとは、
親子の交流を強く意識したキャンプを指す。
そして「親」の役割をしっかり自覚して欲しい。
「自分の楽しみ」を追い求めている間は、「親」ではなく「子供」になってしまう。
「親」である以上、
子供の「成長」をどう促すのかという視点が活動中になければね。
そいう気持ちで子供にいろいろな作業が出来るようにしていく。
子供に教えるためには、
まずそれを父親がマスターしなければならない。
ここに親子キャンプをとおして父親も「成長」するという副産物があるわけだ。
僕は、これに気付いて感動を覚えたね。
野グソもロープワークも工作物も夜話も
僕はすべて40才になってからそれらに挑戦をした。
そして子供に教えた。
「子育てを他人任せにするな」とは、この体験がとても貴重なので訴え始めたわけだ。

「甘やかし」
僕が見た限りでは、
ほとんどの親が知らず知らずにこの甘やかしをしている。
つまり「甘やかし」ている自覚が無い。
早く気付いてもらいたいものだ。
こうだ。
「子供本人が少し頑張れば自分でできる」のに親が手を出し、口を出してしまうこと。
親はそれを「愛情」と履き違えている。
これが将来、子供が引きこもり等の心のトラブルの温床になる。
親子キャンプでの目標は、
子供にキャンプのすべての作業が出来るようにすることでしょう。
つまり「甘やかし」をしないで親がそれを見守る、
実は、このことを
親自身が学習するわけだ。
やればこれが分かる。
若いお父さんが、これを身につければ、
たぶん普段の生活で母親がどう「甘やかし」をしているのか
ハッキリ見えてくるだろう。
まずは、父親が家庭内教育で率先していくという態度を覚えて欲しいね。

小学校に入ったら、
「子育て」の中心は、母親から父親にシフトさせていこう!

さぁ、春だ。
子供の手をしっかり握り締めて、繰り出せフィールドへ!!


11/3/7(月)朝 キャンプじぃじの日記

僕の体験では、
子育てのための親子キャンプで一番のカルチャーショックは、
トイレだった。

生まれて始めての「野グソ」は、
始めは出ないぞ。
しかし、子供にそれを体験させるために、
オヤジの僕が率先して見せる必要があった。

それで出来るようになったさ。
40才を軽く越していたぞ。
子供の方が抵抗無く出来てしまうことにダブルショック!
子供の方が「心の柔軟性」がいかに高いかを思い知らされた。

普通のキャンプ場、レクリエーションが目的のキャンプ場では、
水洗トイレ、シャワー、が無ければまったくお客さんが来ない。
だから用意されているけど、
本物の「親子キャンプ」を親子で体験して「心の成長」を果たすためには、
それこそが邪魔で余計なものになる。

たぶん、こう書くと大概の人が後ずさりするだろう。
よく聞いて欲しいね。
だからこそ、そこが一番重要なのさ。

「親の楽しみ」なのか「本当の子育て」なのか、
ここでハッキリと目的が分かるな。
僕は、子育てのために出来るようになったさ。

ボーイスカウトでは、
地面に穴を掘って野グソの準備までは、大概履修科目のはずだ。
でも実際には、リーダーも含めて実行できない方が多いだろうな。
しっかり聞いて欲しいね。
だからこそ、そこが一番重要なのさ。


さぎ山野営場でそれを体験できる。

それで、このことで「女人禁制」にしなくても女は来ないところさ。
はっきり聞いて欲しいね。
だからこそ、男の世界なのさ。
女々しい男もご法度なヘビーなキャンプ場、
こういう、ちょっと大き目のおもちゃがある。

SCCの親子キャンプは、これで心を強く出来るさ。
骨太の親子にぜひ来てもらいたいな。
それが僕の今の夢さ。

心を強くする、親子のためのキャンプ道場。
SCCのキャッチフレーズにしようかな。

実際には、野グソだけではないよ。
キャンプ用品を「買う」のではなく「自分で作る」道場でもあるさ。
それの展示場にこれから仕上げていこうと思っているんだ。
面白いさ。

若いお父さんが口先だけではなく、
どこまで率先して、その実行力を子供に見せることができるのかな?
キャンプだけのことではないさ。
「どれだけ豪華なものを持っているのか」ではなくて
「どれだけ人生を大いに冒険しているのか」だよ。
「無難」を追い求めていては、腰抜けと呼ばれるぞ。


11/3/6(日)朝 キャンプじぃじの日記

大自然の中での体験をとおして、
「ヒト」という生き物本来の生活を取り戻す・・・・・

もしかしたらこれが現代日本で本当に必要なものかもね。

あまりに「快適」「簡単」「便利」「気楽」に過ごせる日々。
そのための「物」を手に入れるのが目的の人生。

結果はどう?

無理な長時間労働。
昼夜逆転。
極端な運動不足。
子育てを他人任せ。

「快適」「簡単」「便利」「気楽」ではない実社会からの逃避。
ニートや引きこもりのことさ。
または自殺。
これは、全世界レベルで最低の国になっているという事実。
他人事ではないぞ!

心を強く育てるためにどうしても必要だ。
これらを一度リセットする体験・・・・キャンプ・・・自然の厳しさ体験。
どう?
僕には、こう思えるんだがな。

子供が小学校4年生ぐらいまでは、デイキャンプで十分だと思う。
ともかく、「体験量」が必要だ。
どんなスポーツでも習い事でも、
年に一度で上達なんかしないでしょう。
同じさ、デイキャンプで子供とたくさん遊ぼう!!

今日、実行しよう!

小学校高学年になったら、そこの家族のレベルにあった冒険キャンプに少しずつ挑戦しよう!!
それまでにデイキャンプをしっかり体験できていたら、
3泊、4泊、のキャンプも可能だろう。

そうやって体験を積み上げられたら、
中学生ぐらいで「計画書」を作れるように指導をしよう。
ものすごく重要だ、この計画書作成がね!
そして、キャンプが終わったら「感想文」を書かせる。

「下見」→「計画書作成」→「実行」→「感想文」
一つのキャンプでこういう流れを身に付けさせるのさ。
素晴らしい子育てになるよ。
父親が「答え」を教えてしまっては、
子供の「創意工夫」にならないぞ。

僕は、こういう方法で学習障害の子を社会人にできたのさ。
本当に命がけでこの方法で子育てをしてみた。
健常児ならもっとすごい効果があるだろうね、きっと。


11/3/5(土)朝 キャンプじぃじの日記

昨日は、幼稚園の遠足を取材していた。
都内にある、井の頭公園へ行った。
ここには、メリーゴーランドなどのちょっとした乗り物がある。

年長さんだけの遠足で、
小さな女の子が、僕に「一緒に乗ろう」と誘ってくれたんだな。
僕は大人用の乗車券を買ってその子と「新幹線」に乗ることにした。

そうしたら若い男が割り込んでくるんだな。
そうとう若いね、若干6才だ。
ということで、ラブラブ2ショットではなくて、
3ショットで「新幹線」に乗ったさ。

僕の子がまだ小さくて可愛かったころを、
否が応でも、思い出してしまった。
20年以上前にタイムスリップした瞬間。

不思議な幸せがこみ上げてきたね。
もう何もいらない。
ただ、心が満ち溢れる幸せさ。
どう表現すればいいんだ、これ?


11/3/4(金)朝 キャンプじぃじの日記

僕の四人の男の子のうち、
上二人は、父親である僕が非常に幼稚であったため上手に育てられなかった。
その内の次男は、
ここのところチョロチョロと一緒にオヤジの僕と遊ぶようになった。

これをチャンスになんとか、心の改善を目論んだが、
本人が横浜の方の職場に変えて引っ越した様子だ。
残念、逃したか・・・・・

まぁ、諦めるのは早い。
次の手を考えよう。


今朝の読売の p38社会面にこういうタイトルが載った。
「若者の情報教育 徹底を」だ。

正論だ、確かに。
でも具体的にどうしたらいい?
訴えるだけならヒヨコでもできるだろう、「ピヨ、ピヨ」とね。

「・・・試行錯誤を嫌い、手軽に結果を手に・・・・」とある。
普段の生活で、
散々「簡単」「便利」「気楽」を追い求めていて、
それで親に「幸せだね」と教わっていて
「努力」をする人が育つわけが無いでしょう。

このことが難しいことかね?

親の幼稚→子供を甘やかす→腰抜けのおぼっちゃま、おじょうさまが育つ。
こういう図式の「子育て」が原因さ。

具体的には、
何らかの心の負荷を与えて、心を強くなるように育てればいいのさ。
これは、「虐待」とはまったく違うことだ。

僕の体験では、
ボーイスカウトの活動で、
僕が末っ子のお尻に冗談で「蹴り」を入れたところを
他のリーダーが見ていて、
「谷口さん、それは良くないよ」だってさ。
僕は、決してそのときに「痛い」ほどは蹴っていない。

末っ子が柔道の県大会に出場して、
鼻を折った。
その時の担任の先生が携帯で僕に平謝りをした。
僕は、
「先生、柔道の試合に末っ子が出たんだ。
格闘技だから怪我は当たり前です。
謝らないでください。」

そうしたら、
先生は、今時の保護者でそう言う人はいないそうだ。
僕は絶句をしたね。

モンスター・ペアレント、
もうこういう人は、それの最たるものでしょう。

子供の心を鍛えなければならないのに、
甘やかす。
親が幼稚が故の現象さ。

だから、父親がそのことに早く気付いた分、
心の強い子が育つでしょう。

具体的には、僕が勧める親子キャンプは、
非常に有効な一つの方法だ。

訴えるばかりじゃ、能が無いな。
具体的で有効な手段を示すことが必要だ。
ぜひ、ここを読んで欲しいね。


11/3/3(木)朝 ビデオマンの日記

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このコーナーは、ビデオ屋を個人事業で始めたい方のために
書き込みます。

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今までは、仕事の合間があって、
それでさぎ山野営場で作業が出来たが、
今日の午前中に取材をしたもので、ビデオアルバムを一件完成させなければならない。
それは、8日に試写会をする。

7日には、発表会のものが締め切られて年度内納品を目指す。
そういう中、今度の土曜日に全員配布の仕事をこなす。
それでもって、ビデオアルバム用の取材もまだまだある・・・・

これを正味2週間でこなして、卒園式を撮って一段落。
本当に一歩間違えたら「アウト! 退場!」だ。
これから7連のディプリケータがフル操業になるのさ。

昔は、VHSだったころは、徹夜でコピーをしまくっていたものだ。
DVDは、その点早い。
しかし、オーサリングという作業が増えた。

時代と共に変化をするものがあるが、
変化させないものもある。
それは、「作風」だ。

今年度、「卒業ビデオアルバム制作」を始めてから満20年になるが、
今は、5件作っているけど、
それぞれの「作風」は、変えていない。
そして、その5件は、それぞれの「味」になっている。
そこの園のイメージでそれぞれが違うようになった。

これを真剣に学びたい若者がどこかにいないかい?

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11/3/2(水)朝 キャンプじぃじの日記

ついに3月が・・・・
一つ一つの仕事の段取りに緊張感が走るな。
そういう中、
竹ハウスの撤収が少しずつ進んでいる。

一気に出来ないのは、
雨でタープがビショビショだったり、
使っているペグが、120センチの鉄棒で、
それを水で洗うのが大変だったり、と
設営より手間が掛かっているからだ。

さぎ山野営場では、
メーカー物のタープで見栄を張る必要が無い。
だから今度は、ブルーシートで竹ハウスを建てようと思う。
「腰巻」には、最近見つけた迷彩柄のものを付けてみたいな。

ちょっと不気味っぽい感じが、防犯効果がありそうではないのかな。
「軍隊」調が、威嚇になりそうだと思うんだ。
それに何となくかっこいい。
しかも、その資材ならたぶん1万前後で出来てしまうだろう。

そこまで思いつくと実行したくなっちゃうんだな。
これ、人生の癖になっているのさ。
発想して「面白そう」というスイッチが入ると、
仕事を忘れてでもやってみたくなっちゃうんだな。

いいんだか、悪いんだか・・・・・
でもそのパワーで今のキャンプ場が整備されてきたのさ。
この間、集まった仲間の中に、
「広島焼き」の名人がいたけど、
彼は、そこの開墾の初期しか見ていない。
それで、久しぶりに整備されたさぎ山野営場を見て驚いていたものだ。
そのぐらい手入れが進んだわけさ。

今日は、タープやシート類を乾燥させて、
撤収を完了させたいな。
そして物置に仮設で入れてある棚も完成させたい。

棚が出来上がると、
そこにレンタル倉庫にあるキャンプ用品がお引越しをする。

そうなれば、その倉庫が空くので、
そこに末っ子のわずかながらの財産・・・・ほとんど記念品の類・・・・
資格証書、アルバム、etc,
をしまい込む。

さぎ山野営場での整備は、こうして住居環境にまで連鎖するのさ。
面白いでしょう。

「キャンプ遊び」というのは、日常生活に溶け込むことで、
一流のキャンパーになれるのさ。
「キャンプ」という特殊な遊びをしている間は、「初心者」なんだよ。

例えば、
「キャンプ」で最初にイメージするのは、「バーベキュー」だったりするわけだ。
何回もやっていれば分かることだが、
あれは、決してうまい調理法ではない。
99%雰囲気の問題だ。

普段の食生活となんら違わないものがキャンプでできるぐらいからが、
上級になるのさ。

さぁ、若いお父さん、
キャンプ遊びは、生活そのものだ。
普段の生活より環境が厳しいところで、
いかに上手に生活できるのか、ここが面白い遊びだ。

そしてそのことで、子供の生きる力がつくんだよ、そういう原理で子育てをするのさ。
ただのレジャーではなく、これを目指そう!
本当にいい子育てになるさ。

子供と一緒に目指せ! 上級キャンパーを!
「オヤジの背中」を子供に見せよう!!!

これはね、お父さんにとっても、とってもいい思い出になるよ。
僕は、息子との雪中キャンプを思い出す度に「人生の豊かさ」を感じるんだよ。
その時は、滅茶苦茶大変だったけどね、いい思い出。

さぁ、若いお父さんも、これを召し上がれ!
子供との思い出・・・・・


11/3/1(火)朝 キャンプじぃじの日記

「言葉」

今風で言うなら「情報」ということだろうか。
今までそれは、テレビが王座だったが、
今や「ネット」の影響力の凄さを、
紛争や受験で見せ付けてくれているな。


昔、学校で「集合と拡散」について先生に教わったことがある。
人類の営みというか、歴史は、
「集合」と「拡散」を繰り返しているとね。

例えばこの「情報」のやり取りも、
「テレビ」という「集合」から個人的なやり取りである「ネット」への影響力の移行は、
「拡散」に当たるのではないだろうか?

僕の仕事は、「放送」ではない。
個人を写すものだ。
これだって情報の「拡散」と考えることが出来る。

面白いね。 社会現象というのはね。
日本が、今、こうして「豪華」「贅沢」「簡単」を命がけで追い求めているのは、
戦後、物がない時代にテレビに映し出される「アメリカの物質的豊かさ」だったと思う。

日本中、アメリカのような贅沢を握り締めたい。
この思いと、
たまたまそのときに起こった朝鮮戦争の「特需」のおかげで日本が経済成長をしたと聞く。

この書き込みの上部に、推薦図書として「シェア」を紹介した。
この本にも当時、アメリカで国民は「意のままに操ることが可能」と考えて、
物を作り、「PR」したとある。

テレビは、その役割を大いに担ったわけだ。
しかし、その「集合」現象は終わりに近付きつつあるようだね。
ネットによる「拡散」が現象として起こり始めたのだろう。


どちらにしても、そこにあるのが「言葉」さ。
「言葉」を大きく二つに分類してみようか。

一つは、「言葉だけの綺麗ごと」
もう一つは、「行動が伴う言葉」だ。

前者は、本物ではないところを「絵に書いた餅」とも表現するな。
もし、ここを読んでいる若いお父さんが、会社勤めなら
そこの上司のことを思い浮かべればいい。

実力も行動力も無い上司の「口先」だけの綺麗ごとを聞いたことがあるでしょう。
僕もサラリーマンのころ、いたね、そういうのがね。
脱サラしたくなった一つの原因でもあったさ。
口先だけの男の言いなりになるなんて、まっぴら御免。
ぼくは、そう思い続けていたものだ。

そこでだ。
若いお父さん自身は、どうだろうか?
子供との関わりがない限り、
その子にとって「本当のオヤジ」ではないぞ。
日曜日にわが子と遊んでこそ父親自身が、「親」に成長できる。

そのときに、子供に「言葉」がけをするのだが、
子供にとって「言葉だけの綺麗ごと」なのか、
それとも、
「行動が伴う言葉」なのかで、子供の心の成長に大きな開きがあると思わない?


金を払って他人任せの子育ては、「集合」になるだろう。
子育ての「拡散」。
今、これから、これがトレンドになるさ。
僕は、そうなることを心から願っているし、
それのために微細ながらの行動、
ボランティア活動を戸田市の公園でしてきた。


そうさ、
父親自身でしっかり子育てを実行できる男。
そして、父親自身の生き様を、行動を、子供に「よき見本」として示せる男。
それを熱く語れる「言葉」。


これが本当の「リーダーシップ」になるんじゃないの?
どう?
子供は、親なりに育つのさ。 これは本当に間違えがない。

「トンビが鷹を産む」ことは滅多にないから格言になっていることを思い出そうか。
普通は、「鷹から鷹が育つ」に決まっている。
僕の子は、戸田市でのボランティア活動を知っているし、意味も分かっている。
どう? 意味、分かる?

もやしっ子にするなよ。


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