最初の挨拶と自己紹介が終わったら、早速「病歴の聴取」を始めます。
しかし、ここで間違えないで下さい。病歴聴取とは、単に、患者さんから病気のことを いろいろと聞き出すことだけではありません。


  • The history is the key to diagnosis.
      (Adams FD: Physical Diagnosis, 14th ed. Williams & Wilkins, 1958)


  • History taking is an art.
      (Major RH & Delp MH: Physical Diagnosis, 6th ed. WB Saunders, 1962)


  • 病歴を取ることは患者の診察の第一歩である。
      (武内重五郎:内科診断学.南江堂,1966)


  • 病歴聴取は、doctor-patient relationshipの形成の重要な第一歩である。

  • 病歴聴取は "会話"であって、聴いたことを写しとる口述筆記のことではない!
      (PA・タマルティ:よき臨床医をめざして 全人的アプローチ.医学書院,1987)

そうなんです。病歴の聴取は、的確な臨床診断を下すために必要となる情報を獲得する有力な手段ですが、 そればかりではなく、 患者さんと、病気を介して人間的なお付き合いを始めるための重要な第一歩なのです。

したがって、病気のことを聞き出すための質疑応答、というような単純なものではないのです。 次第に人間的な信頼関係が築き上げられていくことがはっきりと分かるような、 打ち解けた「会話」でなければなりません。

的確な臨床診断を下すためには、患者さんについての正確で漏れのない情報が不可欠です。 この情報を得るために行う最初の働きかけ、すなわち、「患者さんへの病気に関するインタビュー」が 病歴聴取となります。

診療に必要な情報には、
  • 氏名・性別・生年月日と年齢・現住所・職業など、すでに診療録(カルテ)の表紙に記載済みの基礎データ

  • 現在悩んでいる病気の経過、過去の病気や家族のことなど、疾病に関するデータ

  • 趣味や嗜好、性格や性癖、信条や習慣、仕事の概要や日常の生活状況など、社会や家族の一員として過ごしているその姿が彷彿できるような生活データ

  • 病気になったために起こってきた心配事や悩み事など、心の中に仕舞われているために、容易には聞き出しにくい心のデータ
があります。

すぐに気付くことですが、これらの情報は、その大半は個人のプライバシーに属するものです。 初対面の人から、こんなことを詳しく聞き出すことはほとんど不可能なことになります。 この不可能を可能にするために、日常の医療では細心の注意が払われ、最高の技術が行使されているのです。

医療には科学と芸術の両面があると言われますが、この医療の中で最高の芸術的才能と技術が必要なものの一つが病歴聴取なのです。 このような高度の技術を要することを、臨床実習の最初から完全に行うことは到底望むべきもありません。

でも、悩むことはありません。
タマルティ先生は、上記の本の中で、「第一級の臨床医というものは、二つのこと、 すなわち患者に話しかけること、患者に耳を傾けること、の両方を極めてみごとにやってのけるように自己修練している。 そして、また責任ある立場の家族にも同じようにする」(p.11)と述べておられます。

これを出来るだけまねるのです。

臨床実習に際して、タマルティ先生の言葉をまねするために準備すべきことは沢山あります。

それはまず、すでに学んできた病歴聴取の基本的マナーとルールを再確認することです。 それから、このマナーとルールに基づいて、患者さんと満足のいく「会話」ができるようになるために、 話しかけの言葉や、話を促す言葉を練習しておくことです。

病歴聴取の基本的マナーやルールについては、すでに十分教わってきたと思います。 しかし、これはきわめて大切な事項ですから、ここで再び確認しておく必要があります。

病歴聴取のときの基本的マナーとルール
  • プライバシーへの配慮
  • 適度な思いやりと謙虚さを伴った身なり・身振り・言葉遣い
  • 患者の立場や負担に配慮する心遣い
  • 医学生であることの自覚


プライバシー保護が医療従事者の守るべき基本的マナーであることは論を待たないことです。

臨床実習の目的を十分に認識してさえいれば、実習によって得られた情報を 実習のための医学的討論のみに厳しく限定して使用すべきことがすぐに分かるはずです。
また、病歴の聴取は、お互いの話し声が周囲に響かないような注意を払って行うべきことも 分かります。

身なり(服装など)に関する諸注意は良く知っていることと思います。ボタンを外した白衣の着用は 誠に見苦しいものです。

病歴聴取では、身振り(すなわち話を聞いているときの態度)や言葉遣いにも 細心の注意を払う必要があることは周知のことです。 医学生として、実技を学ばせてもらっているという謙虚な気持ちと、 人生の先輩、あるいは同じ年代の人と話をしているという雰囲気が自然に現れていれば、 態度や言葉遣いが過度に丁寧になることもないし、反対に粗野になることもないものです。

また、インタビューを受けている人の気持ちや立場、あるいは肉体的苦痛などに配慮が行き届けば、 よくTVでみるような批判の多いインタビューとはならないはずです。話を聞かれている患者の立場を 自分に入れ替えてみればすぐに気付くことです。

このように、マナーの基本は「医学生であることの自覚」です。これが確実であれば、たとえ 病歴聴取の実習の途中で病名や治療方針について尋ねられたり、主治医や 受持ナースを批判する言葉を聞かされたりしても、どのように返答すればよいのか分かると思います。

「さきほど先生から紹介があったように、私はまだ学生で、今日は臨床実習のために来ております。 詳しくは主治医の先生やナースの方にお聞き下さるようお願いします」と返事します。

このような返事の仕方や問いかけの言葉について、実際に病歴聴取のときに話す言葉を あらかじめ練習しておけば、あわてないですみます。

それでは、ここでふたたび声を出して練習を始めます。
あまり早口で言わないように。ゆっくりと、言葉をかみしめるような感じで言って下さい。



声を出して、分かりやすく話しかけて下さい。
  • 「まず始めに、蓮村さんの病気のことについてお話を伺いたいと思います」

  • 「お話は、差し支えのない範囲で、出来るだけ詳しくお願いします」

  • 「でも、お話ししたくないことや、お返事したくないことがもしありましたら、無理になさることはありません。 もしそうでも、ご都合が悪くなることは一切ありません」

  • 「それから、もしお話の途中でご気分が悪くなったらすぐにおっしゃって下さい」

  • 「それでは、よろしいでしょうか」

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前回と同様、何度も繰り返して練習して下さい。簡単だと軽視しないで。
自然に言えるようになれば、しめたものです。

病歴の聴取は、すでに習ったように主訴から聞き始めます。

でも、そこへ進む前に、インタビューのやり方の基本を再度ここで確認しておきたいと思います。 なぜなら、この基本を守って行わないと、 病歴聴取の目的である十分な情報の収集と信頼関係の確立がともに不完全となり、 ただ単に時間をかけておしゃべりをしただけに終わる危険があるからです。

インタビューの基本的なやり方
  1. まず、open-ended questionで始める。
  2. 途中でうなずいたり、催促したりしながら、とにかく話を熱心に聞く。
  3. 話を聞きながら、非言語的表現に注目を払う。
  4. 自発的な発言がほぼ終わったところで、欠けている情報の追加をdirect questionで補う。


すでに知ってのとおり、
  • open-ended question(開放型の質問、開かれた質問)とは 自発的発言を最大限に促すための質問です。インタビューでは、これによる質問が主体となります。

  • これと双極をなすのがdirect question(closed question、直接型の質問、閉鎖型の質問、閉じられた質問)で、 その答えが基本的には「はい」「いいえ」のどちらかとなります。

  • 非言語的表現(非言語的コミュニケーション)とは、ボディーランゲージと呼ばれる体全体の動きや、顔の表情、 あるいは目や手足の動きで示される表現のことです。
    これらは、話をしているときでも、沈黙のときでもみられます。そして、言葉よりもより豊かに、 より的確に感情の状態を表現することがあります。
    そこで、病歴聴取では、患者さんの話ばかりではなく、 姿勢・表情・声の調子・目や手足の動き・感情の動きなどにも十分な注意を払います。

ここでふたたび声を出して練習を行います。



まず主訴と現病歴についての話を聞きます。
  • 「どうなさったので入院されたのですか」
  • 「どうなさったので病院へこられたのですか」
      (問いかけはopen-ended questionで始める)

  • 「そのことについて、もう少し詳しくお話下さい」
  • 「それはどんな感じでしたか。もっと詳しく話して下さい」
      (話の内容について興味を示し、注意深く聞く)
      (ゆったりと沈黙を守る)
      (ときには、「ええ」と頷いたり、「それで」と話を促したりする)
      (非言語的表現にも注意を払う)


  • 「それからどうなりましたか」

  • 「そのとき、ほかに感じたことはありませんか」

  • 「こうおっしゃいましたが、もう少し詳しくお願いします」

  • 「こんな症状はなかったのですか」
      (自発的発言がほぼ終わったら、direct questionを行う)
      (全体をすばやく考察して、医学的問題点を整理する)
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これも同じように、何度も繰り返して練習して下さい。練習、練習です。
自然に言えるようになれば、次へと進みます。

病歴は、以下の6項目から構成されます。

病歴の構成
  1. 患者像と社会歴
  2. 主訴
  3. 現病歴
  4. 既往歴
  5. 家族歴
  6. システムレビュー


したがって、主訴と現病歴に引き続き、既往歴・家族歴を聞き、最後にシステムレビューを行うことになります。

家族歴は、家系図が作れるように聴取するのが理想的です。
しかし、臨床実習では、詳細な家系の聴取は差し控えて、 その代わりに、患者さんと類似の疾患の有無や、家系内での集積にとくに注目が必要な疾患(糖尿病など)の有無を聞くことで 終了してしまうことがあります。
もちろん、患者さんの方から詳しい話がある場合には、正式の家系図を作成します。

システムレビューは、病歴聴取のまとめとして、各臓器別の愁訴の有無をdirect questionで行います。
体重の変化・易疲労感など 全身状態に関する症状の有無の聴取から始め、 皮膚、 頭部・顔面、 頸部、 胸部、 腹部、 泌尿器・生殖系、 内分泌・代謝系、 造血系、 精神・神経系、 筋骨格系へとレビューして行きます。

ふたたび声を出して練習をして下さい。



引き続き既往歴と家族歴を聞きます。
  • 「ほかに、小さいときからこれまでにかかった病気はありませんか」

  • 「つぎに、ご家族の病気のことを伺います。差し支えのない範囲でお話下さい」
  • 「まず、ご兄弟は全部で何人ですか」
  • 「一番上の方は」「その方のお年は」「次の方は」
  • 「ご両親は」
  • 「お子さんは」
  • 「みなさんお元気でしょうか」


最後にシステムレビューを行います。

  • 「最後に、順を追って伺いますので、もし言い忘れたことがあったらおっしゃって下さい」

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ここまで来れば、まずは一安心。話しかけることに大分慣れてきたと自信が持てます。

そこで最後の確認です。実際に患者さんのところへ出かけていったと想像して、 目の前の患者さんに最初から通して話しかけて下さい。

目の前にいると想像した患者さんは協力的でしたか。君の真摯さと心遣いに共感して、 少しは心を開いてくれましたか。

実際の実習では、とくに最初のときは緊張してしまって、何がなんだか十分には分からないうちに 時間だけが過ぎてしまったということに成りかねません。とくにお年寄りの患者さんの担当になると、 こうなる可能性大です。
しかし、最初に何をすべきなのか、次には何なのか、という実習の流れが 事前にきちんと把握できてさえいれば、 たとえ緊張していても、どんな順でどんな風に話しかけていったら良いのか、 自然に言葉が出てくるようになります。
ここでの練習の成果が発揮されること間違いなしです。

さて、ルールとマナーに則って自然な話しかけができ、病歴聴取によって必要な情報が得られれば すべてが完了、というわけには行きません。これまではほんの入口です。

その次に何をすべきかについては「
挨拶の後の会話(続き) 」で 考えて行きたいと思います。
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manner基本的マナー at the beginning始めるときに CC & HPI主訴・現病歴 PMH & others既往歴その他



医療面接を受けていて、患者さんは実際にどう感じるのだろうか
医師から、病歴の聴取、すなわち医療面接を受けているときに、患者さんは実際にどんなことを考え、 話をどんな風に進めていってほしいと願っているのか、あなたは知っていますか。

このような患者さんの気持ちが分からないと、 単に話しかけの言葉だけを練習していても病歴聴取の基礎技術の向上は望めません。

医学書院発行の「週間医学界新聞」医学生・研修医版に、 医療面接のときの患者さんの気持ちがどんなのかが、 「あなたの患者になりたい」と題して 東京SP研究会の佐伯晴子さんによってくわしく述べられています。
ぜひ熟読し、内容の銘記をお奨めします。
【追記】
佐伯晴子さん(東京SP研究会) による「再開 あなたの患者になりたい」が「週間医学界新聞」医学生・研修医版の 第2470号(2002年1月21日)から再び掲載されています。