HOME概説譜本「木曽最期」の詞章

普段使っている譜本を翻刻した上で、適宜読み仮名を加えました。
赤字は、曲節を表しています


あらすじ
(準備中)

平家正節「木曽最期」後半  平家物語巻之九 平家正節六之下
口説  木曽殿、其日の装束には、赤地の錦の直垂に、唐綾威の鎧着て、 五枚甲の緒を締め、いか物作りの太刀を佩き、二十四指たる石打の矢の 其日の軍に射て少々残ったりけるを頭高に負成、滋籐の弓持って、 聞こゆる木曽の鬼葦毛と云う馬に金覆輪の鞍を置て乗り玉ひたりけるが、
強リ下ケ  鐙踏ん張り立ち上がり、大音声を揚げて 
甲声  日来は聞きけん物を、木曽の冠者今は見るらん、 左馬頭兼伊予守、朝日将軍源の義仲ぞや 
 甲斐の一条の次郎とこそ聞け、義仲討って右兵衛佐に見せよやとて、 喚いて駈く。一条の次郎是を聞いて、只今名乗るは大将軍ぞや。 余すな者共、漏らすな若党、討てやとて、木曽を中に取り籠めて、 我討取らんとぞ進みける。木曽三百余騎、六千余騎が中へ駈け入り、 竪さま横さま、蜘蛛手十文字に駈け割て、後ろへ突と出たれば、 五十騎斗に成にけり。其所を破って行く程に、土肥の次郎実平、 二千余騎にて支えたり。其所をも破って行く程に、彼所にては四五百騎、 爰にては二三百騎、百四五十騎
音曲  百騎斗が中を駈け割り駈け割り行く程に、 主従五騎にぞ成りにける。 
中音吟  五騎が内までも巴は討たれざりけり。
素声  木曽殿、巴を召して、己は女なれば是より何地へも疾々落ち行け。 義仲は討死をせんずる也。人手に掛らずは自害をせんずれば、 義仲が最期に女を具したりなんど云れん事口惜しかる可と宣へ共、 猶落ちも行かざりけるが、余りに強ふ云はれ奉って、天晴好ろう敵の出来よかし。 最期の軍一軍して、君に見せ奉らんずるものをと思ひて、控えて待つ処に、 爰に武蔵の国の住人、御田の八郎師重、三十期斗にて出来り。巴、其中へ割って入り、 まづ御田の八郎に押し並べ、無手と組て引落し、我乗たりける鞍の前輪に押し付け、 些とも働かさず、首掻斬てぞ 
ハツミ 捨ててんげる。
口説  其後急ぎ馬より飛で下り、物具脱捨て、東国の方へぞ 
半下ケ  落ち行きける 
初重  手塚の太郎討死す。手塚の別当落ちにけり。
折声  木曽殿、今井の四郎、只主従二騎に成て宣ひけるは、 日来は何共覚ぬ鎧が、今日は重ふ成たるぞや 
口説  今井の四郎申しけるは、御身も労れさせ玉ひ候らはず。 御馬も弱り候らはず。何に依て只今一領の御鎧がを俄に重ふは思し召れ候可。 夫は御方に続く御勢も候はねば、臆病でこそ左は思し召れ候らめ。 兼平一人をば余の武者千騎と思し召れ候らへ。爰に射残たる矢七ツ八ツ候らへば 、一方は先防参せ候らはん。御心安ふ思し召れ候らへ。 あれにしぐろふて見ゆるは粟津の松原と申し候。君はあの松の中へ入せ玉ひて 静に御自害候らへ迚、打て行く程に 
強リ下ケ  又、新手の武者五十騎斗て、追掛たり。 
素声  兼平は此御敵暫く防参せ候らはん、君はあの松原の中へ入せ玉ひて、 静に御自害候らへと申しければ、木曽殿宣ひけるは、 義仲六条河原にていかにも成べかりしか共、汝と一所でいかにも成ん為にこそ 多くの敵に後を見せて是迄は遁れたんなれ。所々で討れんより、 一所でこそ討死をもせめ迚、馬の鼻を並べて既に掛んとし玉へば、 今井の四郎急ぎ馬より飛で下、主の馬のみづつきに取付、泪をはらはらと 
ハツミ 流て、
折声  弓矢取は、年来日来いか成高名候ふ共、最期に不覚しぬれば、 永き疵にて候也。御身も労れさせ玉ひ候らひぬ。御馬も弱って候。
口説  御方に続く御勢も候らはねば、大勢に押隔られて、 云甲斐無き人の郎等に組落されて御首捕れさせ玉ひなば、 此日頃日本国に鬼神と聞へさせ玉ひたる木曽殿をば、 何某か郎等の射奉たりなんど申されん事口惜しかる可。 只あの松の中へ入せ玉ひて静に御自害候らへと申しければ、 木曽殿去ば迚、只一騎、粟津の松原へぞ駈玉ふ。今井の四郎取て返し、 五十騎斗の勢の中へ駈け入り 
強リ下ケ  鐙踏張り立ち上がり大音声を揚て 
甲声  遠からん人は音にも聞け、近くは目にも見玉へ 
口説  木曽殿の乳母子に今井の四郎兼平迚、生年三十三に罷り成。 去者有りとは、鎌倉殿迄も知し召れ 
半下ケ たるらんぞ。
 兼平討て右兵衛佐殿の御見参に入よや迚、 射残たる八筋の矢を指詰引詰散々に射る。 死生は知ず、矢庭に敵八騎射落し、其後太刀を抜て切て廻るに、 面を合する者ぞ無。只射捕や射捕迚、指詰引詰散々に射けれ共、
走三重  鎧好れば裏掻かず、透間を射ねば手も負わず、
下リ  木曽殿は只一騎、粟津の松原へ駈玉ふ程に、 比は正月二十一日、入相斗の事なれば、薄氷は張たりけり。 深田有共知ずして、馬を颯と打入たれば、馬の頭も見へざりけり。
初重  あをれ共あをれ共、打て共打て共働かず。
素声  斯りしか共、今井が行衛の覚束無さに振仰玉ふ内甲を、 相模の国の住人・三浦の石田の次郎為久、究竟の弓の上手成ければ、 追掛り能引てひょうど放つ。木曽殿内甲を射させて痛手成ば、 甲の真額馬の頭に押当て、俯し玉ふ所を、石田が郎等二人落合、 木曽殿の御首をば終に其所にて 
ハツミ 射奉つてけり。
口説  やがて首をば太刀の先に貫き、高く指上げ大音声を揚て、 此日比日本国に鬼神と聞へさせ玉ひたる木曽殿をば、 相模の国の住人、三浦の石田の次郎為久が討奉つたるぞやと 
半下ケ 名乗たりければ、
 今井の四郎は、 軍しけるが是を聞て、今は誰をかかばはん迚、軍をばすべき、 是見玉へ、東国の殿原、日本一の剛の者の自害する標準よ迚、 太刀の先を口に含み、馬より逆様に 
 飛落て貫かつてぞ失せにける。
初重  偖こそ粟津の軍は破れにけれ。

Copyright:madoka
初版:2001年8月5日


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