第一章 最近の国策化学

第四節 動力資源=殊に燃料


 動力の資源としては水力=電気力を誰しも考える。わが国は世界有数の電気事業発達の国であって、水力の利用されたる率も多い。山間僻地に行くも電燈を見る事は常事となった。此の点は小学教育が普及せると相並べて世界に少ない例として頼み得るのだと思っている。

 動力資源を語る前に、エンヂンの話を略説したい。

 エンヂンというのは水力なり火力なりを私共の用途に適するような形に改作してくれる機関なのである。

 ワットが蒸気機関を発明した(1769年)。この時始めて水上機の圧力をピストンの運動に改作された。水蒸気の圧力がピストンの運動となって、汽車という用途に適するように火力が導かれてきたのだ。水力が発電機で電力となるのも似た例、電力がモーターで回転運動となるのは、全く同一例、動力資源も、此のエンジンがなければ、依然として華厳の滝であり、或は薬缶の蓋を持ち上げているに過ぎなかったのである。

 (1)蒸気機関、(2)燃焼機関、(3)電動力機とがある。

(1)蒸気機関

 水上機に依る蒸気機関は、能率の最も高い機関であって、失われる熱量は四分一程度である。之を他の機関の五分四又は六分五までも、其の熱力が徒費されるものに比しては、非常な差である。今日蒸気機関が最も一般的用途に採用されているのも、その理由は主としてこの点にある。汽車の完成者スチブンソン(1817年)の偉勲がワットと並び称されるのも、当然である。

 今日は重油石炭タールなどを燃料とし、石炭に比し積み込みにも便利となり、燃焼も規則正しく且つ容易となり、値も低廉である。油液の燃焼には酸化金属、又は陶器類の燃焼促進力を利用した特別なる炉が工夫されて以来大発展をした。

 此の蒸気機関発明国の英国では、やはり之への愛着も深くロンドン市中に、百を数えるバスが、余り迅速でない姿を他の車と交えているのも、お国柄らしい風情と言える。(ロンドンの二階式バスなど漫歩式にやって走ると間もなく、ストップに会い数台大きな図体を並べるあたり、古風にも見えてゆかしい。)フランスの田舎の小都で、市街を小さなエンヂンの汽車が緩行して細い煙を立てているなど、此れも18世紀か、19世紀の書のような味が有る。日本なら電車でなければならぬ場合である。

(2)燃焼機関

 前のように水蒸気を作らず、主としてガス燃料が燃えて発生した熱ガスを、水蒸気のかわりにシリンダーの中に入れ、この圧力でピストンを運動させるのが、第2の機関なのである。これには圧力というよりも、むしろガスエンヂンなど、ガスの爆発力、極めて迅速な燃焼といってもよい刀入を利用したと、見た方がよいのである。

 最初フランスで(1860年)レノアルが発明した頃には、ガスを燃やしたのみであったが、独逸で(1867年)オットが改良したものには、ガスと空気を混合したものに点火して、明らかに爆発作用を利用していたのである。

 此の類にはガス燃料以外、液体燃料を用いた、(ガス化モートル)又固体燃料を用いた(ゼネレーターモーター)などがあるが、液体固体からエンヂン内で気体燃料を作って目的を達するだけの差で、ガスエンヂンと同視してもよい。

 ガソリンが燃焼を完全に行なわれる為には、ガソリンと空気との比15対1を適当とする、此れを12対1とか、19対1となると、即ちガソリンが、少なすぎても又は多すぎても、共に爆発性となり、此の場合には不適当となる。

 ここに全く新しい工夫からなるディーゼルエンヂンがある(1897年)。此れは燃料に点火するに電気花火などを用いず、火によって点火しないので、燃料が自ら発火するのである。自然爆発の利用である。自然爆発を行なわしめるために空気を急に圧縮する事によって其の温度を600度位までに高めて置く、此の高熱空気の中へガス油(液体)を噴出させると、自然に発火するのである。

 此のエンヂンでは用いた油の、熱エネルギーの30−40%は利用される。27は油の気化に消費され、28は冷却水にとられ、10は熱として放散され、5は摩擦熱となり飛散す。即ち合計70%は消失となり30%が動力として利用が出来る。

 此のエンヂンは油が燃料となるという点と、機械が簡単化されてきた事に有利なのである。このエンヂンはガソリンエンヂンに比し機械能率は三割以上高いのである。此れを油の量に就いてみると、ガソリンエンヂンではガソリンが1馬力1時間続けるだけに180グラムを要するのに、ディゼルはガソリン160グラムで済む。改良されたるディゼルは重油を燃料とするに到り、益々油の費用は安くなって行った。今は主として固定的機関として船舶などに使用されているが、追っては自動車や飛行機にも用いられるのである。飛行機には己に用いられている。飛行機用の燃料には燃焼のよいものを選ぶ。即ちなるべくパラフン族の油である。その耐爆材には硝酸メチル又は硝酸エチルを用いる。四エチル鉛は害がある。本邦市販品は燃焼力不十分なり。(セテン価40−50なり、55−70以上を要す)

 ディゼルに粉炭を使用し得るようになれば、経済的にも一大進歩であり、此れも着々と実用化されんとしている。一方此れ等燃料を安価のものとし、他方エンヂンの構造を能率化してゆけば、燃料問題、動力問題も解決が容易となり、何れの国も持たざるの憂を忘れるようになるのである。


×     ×     ×

 エンヂンの種類や其の燃料、用途を表にしてみれば、

エンヂン及び燃料表

(一)蒸気機関

(燃料)石炭、木材、其の他個体燃料、重油、タール油
(用途)固定エンヂン、汽車、船舶、自動車(試験的)

(二)ガスエンヂン

(燃料)気体燃料、石炭ガス等
(用途)固定動力

(三)液体燃料エンヂン(ガス化エンヂン)

(燃料)液体燃料ベンヂン、ベンツォール、アルコール
(用途)バス、飛行機

(四)ゼネレーターエンヂン

(燃料)固体燃料、木材、木炭、コークス、褐炭
(用途)貨車、船舶(小型)、木炭車

(五)ディーゼルエンヂン

(燃料)重油、ガス油、タール油
(用途)固定エンヂン、貨車、トラック、船舶、飛行機

(六)小粉炭エンヂン

(燃料)粉炭、浸出石炭
(用途)農業用エンヂン

(七)粗性油エンヂン

(燃料)粗性の油
(用途)汽車、トラック

(八)電力エンヂン

(動力)電力
(用途)固定エンヂン、自動車、汽車

 此れ等のエンヂンが1馬力に満たざるより、何千何萬馬力にと形を変え、処を異にして、国家の為に働いていると思えば、汗になっている人と、無心の彼らに、敬意の自ら湧くものが有る。

 エンヂン用燃料が其の混合割合によって爆発速度を異にする事は、エンヂンの能率に関係するのである。今下表に混合成分と爆発速度とを示す。

混合ガスの爆発速度(Dixon)

混合ガス
生成物
爆発速度(秒来)
水素と酸素 2H2+2O2 2H2O+O2
2328
水素と酸素 8H2+O2 2H2O+6H2
2538
メタンと酸素 CH4+O2 H2O+COH2
2828
エチレンと酸素 C2H4+2O2 2H2O+2CO
2881
アセチレンと酸素 C2H2+O2 2CO+H2
2916

速度は1秒に爆発波の進行し行くメートル数

 然れど此れ等の燃料が、石炭のみにて事足りるわけでもなく、其の向く処に応じて適当なるものを求めねばならない。今ドイツの例に就いて、燃料需要の分類別を見ると、

需要燃料種類及び比率(1年)

消費馬力
比率
燃料種類及び比率
自動車
35(百萬馬力) 60(%) 液体燃料(100%)
船舶
4(〃) 7(〃) 石炭:油=10:27
鉄道
19(〃) 32(〃) 石炭:油=100:0.2
航空
0.5(〃) 1(〃) 液体燃料(100%)

 わが国よりもドイツは石油に乏しい国である。今1馬力について消費される燃料の両は、石炭は1.8kgなるに、油は0.7kgである。此の点のみからして油は燃料として有力なものである。船舶が殆ど石炭を去って油に就いたのは、此の点のみでも当然なのである。ドイツの如き自給力の少ない国でも19%は燃料油15%はディーゼル油である。軍艦は100%液体燃料に限られている情勢である。海軍国として重きをなす国家の、此の方面の自給力は大いに考えておかねばならない。

 ドイツは1936年以来次第に外油の輸入を減少して、石炭の液化、液体燃料の合成などによって急速的に増加して行く液体燃料の自給力を強化している。

ドイツ液体燃料自製増加表(噸)
1933年
1937年
1938年
ベンヂン
386,000
1,480,000
1,700,000
燈油
19,000
40,000
ディーゼル油
60,000
120,000
熱用油
167,000
320,000
滑摩油
45,000
140,000
748,000
2,100,000

 斯くの如くにして1933年には240万噸の八割近くまでを外国に仰いでいたのが、今日は1年350余萬噸の液体燃料需要額が自給によって補われる日の遠からざるを思うのである。我国人としてもまさに協定国に譲らざるように大に覚悟を持たねばなるまい。幸と近時国内の研究も大いに信頼するに足るものあるを聞き意を強くしている。(然しマダマダである)

 燃料国策を考える上に、三つの面白い例を挙げる事ができる。典型の多い米国、此の国は燃料の種類が如何にも多くして少しも偏在していない。次は殆んど石炭によるのみなるドイツ。其の次は木材に依るスエーデン、此の三国の動力関係を表にする。

依存動力種類異なる三例表

石炭 木材 石油 天然ガス 水力
米国
60(%)
0(%)
24(%)
9(%)
7(%)
ドイツ
90
5
2.7
0
2.7
スエーデン
31
42
3.6
0
2.2

 此の表は現在のものであって、アメリカは木材を使えば資源は豊富なのである。等しく0%でも他国のとは意味が違っている。


第三節に戻る

第五節に進む

目次に戻る