第五節 ドイツは燃料問題をどう打開したか
ドイツの家庭で焚くものは練炭である。工場を見学しても異様な炉の前に、うづ高く詰まれた褐色の細かな石炭に目を見張らずには居られぬ。此の褐炭を焚く為にドイツ工場では、他国に見られぬ特殊な炉を作って、火夫は此れに石炭を入れている。戦後のドイツは黒光りのする石炭は焚かれなくなり、国内では褐炭に統制されていて、黒い石炭は主として外国へ輸出するようになっているのだと説明を聞いた。オーストリアの汽車や工場では全く埋木のような石炭をよく見かけた。ドイツは全く褐炭に命を繋いでいるようであるが、実際には普通の石炭も使われて入るのである。電力は褐炭40%、石炭37%、水力17%、ガス6%というのを聞くとそうかと思いつつも、疑ってもみたくなる位目慣れない褐炭に我々は目がつくのであろう。褐炭の産額は年々増加している。1932年1億2千2百萬噸なりしものが、1937年には1億8千5百萬噸と五割も増産している。
我国の刀鍛冶が木炭を永く使用していた如く、欧州でも久しく木炭を冶金に使っていた。古来日本刀の名は世に知られて幾つかの伝説を有する。ところで西洋ではどんな風に刀を錬治したのか、ヂークフリードのオペラであったが、刀を作る場がある。鉄を熔かして刀の形を刻んだ木型に其の溶鉄を流し込み、冷やしてから木型を左右に開くと中から刀の形をした金が現われた。此れは芝居かも知れぬが、日本流に比べては手軽すぎた。兎角西洋では余り名刀は利かぬ。
木炭冶金に代えるに石炭からコークスを作り、此れを用いるに及んでにわかに冶金術は進歩し、8世紀の始め英国ではそれまで知られなかった。1600の鉱物から冶金を行ない、金属を作る事が出来た。19世紀に冶金の炉も改まり、密閉式となった為、石炭から発生するガスの力も加わり、昔は十日間を要した仕事も二―三日で出来るようになったと言う。
19世紀の中頃にはコークス製法に今日の閉式炉が完成され、立派なるコークスを得ると共に、副産物タール、アンモニアを得、後にはベンツオールの得られる事を知った。遂にガス事業の発展を見るに至った。
コークスを作るには、千度以上の温度にて乾留し、其の時に石炭100キログラムより、コークス75−80kg、タール10−25kg、アンモニア0.2−0.4kg、ベンツオール1.8−1.1kg、ガス分10−30cm3即ち10−15kgを作る。
我国の石炭産額。5ヶ年計画としては昭和12年53,500(千噸)、16年に72,300(千噸)と予定されている。今用途の主なるものを見るに全額4460萬噸中。
日本石炭用途表(1936年)(100萬噸)
重工業 8.7 化学工業 6.3 鉄道 4.3 煖煉溶用 4.1 紡績工業 4.0 窒素3.9電気素3.6食料品工業及びガスコークス等各2.2コークスガス等には全需用の5%である。ドイツはコークスのみにて30%となっている。
コークス製造の副産物であるベンツオールは、モーター燃料として有用なるものである。溶剤とし又染料塗業の原料ともなる。燃料としては気化し易くガソリンと混合し用いる時は強力なる動力油となる。その得量は石炭の1%に過ぎざれど、ドイツにては年30萬噸のベンツオールを作っている。現在ドイツの燃料問題としては自給しうる重要モートル用燃料となっている。国内需要油の13.5%を此れに依るのである。目下50萬噸を計画しつつある。
現に石炭を単なる燃料として工場家庭にあって、不用意の間に空中へその分解成分たるガス、タール、即ちベンツオールの如きものをば放散し去る量は、莫大なるものとなっているに違いない。此の点について英国の学者は全国にて1ヶ年4,000萬噸の石炭は燃焼されておると説いている。ケーン氏の言によれば英国が1ヶ年に空中へ放散する量は、タールのみにして200萬噸ベンツオール50萬噸、硫酸アンモニアとして50萬噸を作り得るだけの、アンモニアガス、此れに石炭ガスの巨額を、であるという。自動車燃料50萬噸惜しいものに有らずや。此れを救うの道は低温乾留によって作った燃料を各自が使用すればよい。此の法で有用成分の回収を予め済ませて置くのである。
ベンツオールは現今の液体燃料として重要性がある。アンチノッキング性に富むのである。燃料を気化しシリンダー中に送って圧縮するに際して、圧縮のため自ら高熱して来た気体が未だ此れに点火器の作用が働かぬ以前に、自ら発火する事がある。左様な燃料はエンヂンの燃料としては不適当なものあの出ある。アンチノッキング性を有するものは、その欠点を持たない燃料というのである。シリンダー中にて不適当な早爆をなすものは、シリンダーの熱効果を著しく不良とし、また騒音を放ち機体の動揺が烈しくなる。此のノッキング性の強弱を判定するため、オクタン価という文字がよく使われる。それはノッキングの割合に生じ易い正ヘプタンと称する炭化水素へ、別に此の度はノッキングを抑制する性質のある234トリメチルペンタン(オクタンとも言います)を配合してアンチノッキング性の油を作る。この配分の分量が多ければ多いほど耐圧性は高くなる。此の事をオクタン価が高いと云う。
今ガソリンの耐圧性を表示するのに、試験に与えられたガソリンのノッキング性と同一ノッキング性を有する、先記の配合で出来た石油を探し出すのである。而してその配合油の中に含まれていたトリメチルペンタンの分量が何%であるかは、それを容積%で読み、90%ならオクタン価を90と言い、80%だったらオクタン価80と云う。試験しようとするガソリンに此の数を与えて此のガソリンはオクタン価90だとか、又は80だとか批判するのである。無論オクタン価90の方が80よりも耐圧性が高く、飛行機などシリンダーの中で高圧となる燃料には好適なのである。
飛行機にオクタン価87のものと、100のものとを用いた場合を比較すると、後の方は発生馬力40%増大し、最大速力は10%増し、燃料消費量に10%の減少となり、機の負担重量を軽くする。又航空距離に40%を増し、上昇率にも40%を増し、性能の向上は著しく優秀となるのである。行動の敏活を必要とする戦闘機、攻撃機、偵察機などには重大な関係を生ずる。米国軍では1933年にはオクタン価平均87.3、それが最近では94に制定され近く100という議論に進んでいる。
燃料油のアンチノック性を高めるため四エチル鉛を混合する。この時エチレンダイブロマイドというものを加えるのは燃焼後鉛がシリンダー壁などに堆積して機能を害する事を防ぐために鉛を臭化鉛(ブロマイド)として、灰分化し、シリンダー外に散逸させてしまうのである。
× × ×
ベンツオール製造用活性炭素
ベンツオール回収において活性炭素を利用したのはロンドンのベクトン瓦斯会社の発明が第一歩かもしれない。1932年であったか、ベンツオール100kgに活性炭素1kgを要するのみである。此の活性炭はベンツオールを水蒸気にして回収し去った後には再び使用し得るのである。猶ベンツオールを普通の方法によって採取するときには、硫酸にて洗いたる後、精製蒸留するのであるが、活性炭素を以ってしたる場合にはこの洗浄の手数を省く事も出来る。
コークス炉より来たるガスを、活性炭を充填した装置を通じベンツオールを吸奪させる。十分ベンツオールに飽和したる時には此の間にはコークスからのガスは第2の同一装置に送られ、道を切り替えておけば、操作に中絶の要はない。此の活性炭に特殊なる手段を講じて、コークス炉から来るガスの中から、ベンツオールのみを吸奪して他種のガスは其の侭に通過せしめるようにしたものが考案されてある。
ベンツオールは石炭乾留成分の1%内外の少量ではあるが、しかしドイツは年産50萬噸も近く実現され、液体燃料の一割五分位までは自給される事前述の如し。
低温乾留
石炭褐炭を割合低い温度、500−700度位で乾留すると、ガス化しやすい部分や、揮発性の液分は、主としてタールの成分として残り、熱によって起こる分解程度も、比較的に進まず中位で止まり、液分物質を多く生ずるのである。此のタールの量は、10%程度である。此のタールから分留して生成した油分は、オクタン価は相当に高いものが出来、英国でも一事はコーレンなる名称で航空機にもまで使われた。低温乾留のコークスはタール分と灰分の少ない為、ゼネレーターエンヂンなどで、固体炭素から爆発性のガスを作る時には、充分優良なる原料として役立ち、飛行機にも用いられた例もある。
斯く言えばとて、低温乾留より得られる液体燃料は、石炭1噸に就いて2−3ガロンという少量であるから、未だ大なる期待を此の方面にかけることも出来ない。
寧ろタール合成燃料や、水素化燃料の原料として、将来価値を認められて来るべきものである。低温タールを蒸留すれば60%の燃料油と、25%の固体分ピッチ、パラフィン、アスハルト、コークスなどを得るが、此の燃料分は直ちに飛行機や、ディーゼル油には未だ好適せず、此れに適当に加工し燃焼性(セテン価)を高めたり、或は水素化する必要などがあるのである。