第一章 最近の国策化学

第六節 合成燃料


 燃料として効果的であるためには、その発熱量、即ち燃料の一定量が完全に燃え尽くして、発生する熱の量の多いほど効果的な訳となる。今その熱量を計算するに、一般に使用されている公式がある。

カロリ=8149炭素+34500水素−3000(酸素−窒素)×1/100

 此れを説明すると、炭素、水素、酸素、窒素と認めたのは、その燃料中に含まれている炭素、水素、酸素、窒素の%を略記したのである。炭素が燃料100グラム中85グラムで、水素が15グラム、他のものは絶無即ち0%とすれば、式は

カロリ=8149×85+34500×15

 となる、カロリーは熱量を示す単位なる事、申すまでもなし。

 此の式から見ても明らかな事は、燃料に水素の含有量が多ければ熱量の増加率が多い訳となる。水素の%に乗ずる係数は34500と桁の高い事式中第一なので解る。序に申せば酸素はマイナスの方に働くので、酸素を含む事は発熱量の減退となるのである。(火薬のように外界の酸素を断つ時は別の効あり)

 石炭を乾留して生じた燃料へ、水素を加えて化合させる方法が考えられたのも当然な帰着なのである。(此の法は石炭のみならず石油の乾留物にも実施されている)それが水素点火法と呼ばれている方法である。此れを行なうにはベルギウス F.Bergius博士の方法による。先生は木材から砂糖を製造する事にも最近成功された方で、童顔禿頭の元気に満ちた学者であられた。博士の発明は、石炭を粉末とし温度400−450度に熱しつつ、それへ120−200気圧の高圧力で濃縮した水素ガスを通じると、石炭に水素が化合すると共に、石炭の一部は液となって蒸留して黒色のタールを作る。此のタールには油分50%を含み、他に種々の産物がある。今日工業的には石炭に対して60−70%の揮発油を得ておる。博士は大戦以前(1913年)から石炭液化に研究を進められていた。

 現に石炭と褐炭との、水素含有量を比較すると、石炭は炭素の6.5%だけの水素を含み、褐炭は8.5%である。此の水素量の多い事は、褐炭の方がベンヂンを多量に清算し得る結果となるのである。つまり此の例でも明らかなるように、水素が多いとそれから製造し得る、ガソリンやベンヂンの得量を増加して来るのである。此の意味からして石炭に水素を化合させる事が出来たならば、燃料問題に大きな光明を与える理由となる。ベルギウス博士は、石炭にさらに10%の水素が天然の産出物よりも、余分に添加し得る事を知ったのである。

 然し此れを大規模に実行すると幾つか困難がある。高圧と高熱に耐える機械は鉄パイプでも簡単に作れるものではない。鋳鉄などは1気圧位でも空気が地肌の微孔を通って漏れるものである。此の難点を解決したのがドイツの大会社IGで、アンモニア合成に200気圧、600度と言う設計を完成した事なのである。ベルギウスの方法も此の会社で工業化された。

 化学工業には研究された結果を実行する時、機会や設備の上にもその方法を遂行するに耐え得るものを案出する事が、一大難関となる事が少なくないのである。

 水素添加の方法に今一つの困難がある。凡そ水素を化合させる方法の元祖は、仏国のサバチエが始めで、此の学者は純正な化合物を取り、それに水素を化合させるに微細なニッケルを加えて、その化合を安易化したのである。化合を円滑に進める助けの促進剤を触媒と云う。此の触媒の逆の作用をなすものもあって、それは砒素、硫黄などという物質である。此の作用をなすものは、大抵は人間の生理作用にも毒作用となっている事は不思議である。

 偖て石炭の水素添加にも此の触媒が必要なのに、実際の場合は石炭には硫黄が必ず含まれている。此れは水素添加には仇敵であり、毒素である。此の妨害者を除くことは非常に困難であった、それをタングステンやモリブデンの化合物を加える事によって、此の邪魔者の手をゆるめる事が出来た。

 今石炭に水素添加を行ったものと、しからざるものとの性質を比較してみよう。(航空機用というのは、原料石炭にあらず)

水素添加油分性質

 
石炭乾留のみに
して作りしもの
水素添加を
行いしもの
航空機用として
作られしもの
比重
0.742
0.736
0.730
初溜(C)
35度
35度
35度
乾点(C)
170
170
165
蒸気圧(ポンド/吋2
9
9
7
オクタン価
71−73
80
87×

 オクタン価は液体燃料として重要な性質であるが、斯くの如き相違を生ずる原因は、原料に石炭を用いたものでは60−67を通常としている(IG社)。低温乾留タールを原料とすれば、水素添加も消費領するなく、オクタン価は90以上のものをうるのである。

 加圧水素添加によって、燃料油を合成するについては、石炭以外の幾多の原料に考え及び得るのである。石炭褐炭及びそのピッチ及びタールを始めとして、石油蒸留に於ける副産物廃棄物にも夥しき原料を見出しうる。石油性原料より揮発油ベンヂンを水素添加によって製するに当たっては、原料の90%も油化しうるのであって、石油製ピッチやアスハルトの如き、大いに有望となるのである。この時残り10%はガスとなる。

 水素添加物に要する水素は、コークスに空気を通じ1200度に加熱し酸化炭素COを作る。

 此のCOは高熱化に於いて水H2Oと作用しH2Oの酸素Oを奪い、自らは炭酸ガスCO2となり、同時にH2Oをして水素H2とならしめる。此の理を応用して作った水素はCO2及び窒素の10%ならびに45%のCOを含んでいる。CO2はアルカリ液を洗い去ってしまう。

 今水素製法の主用炉より産出する各製造ガスの成分表を示すと。

水素資源としての各ガスの成分表

 
CO2
重炭化水素
O2
CO
H2
CH2
N
コークスガス
1.5
3.5
1
55.
54
27
7
燈用ガス
4.5
2.4
0.2
21.
51
15
5
水性ガス
0.2
0.4
47 
50
2
発生炉ガス
4.4
30 
10
56

 上記コークスガスが水素の含量に豊かなる事は、此れをアンモニア製造に就いても考え及ぼさねばならない。同工業にメタンCHの含有は別に害を有しおらぬのであるから、今此のコークス炉を備えておけば、アンモニア合成工業と、合成燃料合成工業との両工業を営みうる事が出来るのである。即ち水素へタールを加えれば、ガソリンとなり、他方、空気より作りたる窒素を化合せしむれは、アンモニアとなり、しかも両工程いずれも水素添加作業であって行程の極めて相似たるものであらゆる技術者にも設備にも研究にも共通相補うの説著しく夥しいのである。

 石炭を原料とするときは、此れを重質油と練りつつ紛細したるものに、1度水素添加を行うも、なお水素を添加せざるものが、灰分及び重質油と共に残留する。此の分は練り物中に加えて未添加石炭に再度の添加を行うように作業する。

 次に石炭原料と石油原料との、作業順次を比較してみると、石油原料よりするものは高低も設備も簡単である。且つ収得量も石油によるものは、ベンヂン90%ガス分10%という優秀なる結果を示すこと前記の如し。

世界石炭及び褐炭産出額(単位千噸)

 
石     炭
褐     炭
 
昭和10年
〃11年
〃12年
昭和10年
〃11年
〃12年
日本
37,762
41,803
 
109
109
 
独逸
143,003
158,283
184,513
147,072
161,397
184,672
仏国
46,213
45,251
44,319
907
920
1,031
ソ連邦
109,000
123,679
122,053
     

 低温乾留によって温度550度を以って、タール6−7%を収得する。ドイツでは1937年褐炭1億8,500萬噸の産額中5,000萬噸は低温乾留に向けられ、タール300余萬噸の約半ばを自給し得たのである。低温乾留により生じたるガスもトラク若しくはバスの動力用として役立っている。猶ピッチのみからしても1年に100萬噸の燃料は水素添加法で生ずる訳なのである。

 又水素添加法を以って独逸のIG社は35萬噸を已に1936年に産出し、中央ドイツでは1938年に43萬噸を低温乾留タールより作っている。


第五節に戻る

第七節に進む

目次に戻る