第一章 最近の国策化学

第七節 合 成 油


 石炭類を一度気体化し此の気体を原料として燃料油を製する方法がある。此の油を合成油又コガシン油とか称し、フィッシャー法といって知られている。F.Fischer博士はドイツのウィルヘルム理化学研究所の所員で、1926年已に其の一端を公にしている。

 此の方法は石炭から酸化炭素を作る。此れに水素を加えて炭化水素とする(1)。この時の圧力は一気圧の常圧で温度のみは170−190度に高める。此処に生じた液油をコガシンと呼んだ。

 此の方法で不反応のまま化合炉から排出した酸化炭素を除くには、此れと水蒸気との化学作用で炭酸ガスと水素ガスとにして、炭酸ガスは洗い去り水素ガスは利用される。

 此の仕事の難点は化合炉の温度を常に変化せぬように保つという点で、此れが巧妙に行かぬと目的物たるコガシン油の収得率は低下するのである。

 今此の製法の事に有利なる点を述べれば、炭素分の多い燃料なれば何でも酸化炭素を作るに適する。普通はコークス、低温乾留コークス、低温タールの水素添加の副産物にもコークスは沢山に出来る。タールよりも反って、コークスが液体燃料となる点は此の法の有利な一要点なのである。

 此の法によって作られるディーゼル油は燃焼度が高く、燃焼し易いため動作が迅活で軽い機械を作る事が出来る。普通の中質油にコガシン油を配合しても好結果を与える。

 又コガシン油は飛行機、自動車油との以外、滑摩油に適する。機械の摩擦を低減する為に用いられる油の使用量は中々少なくない。ドイツでは年40萬噸の滑摩油を消費している。

 又此の法では7−10%のパラフィンが出来る。パラフィンは此れを酸化して脂肪酸とし石鹸工業には必要な原料である。在来脂肪の分解によって作っていたが、脂肪は食料品とし栄養としての需要が高く貴重なる資源である。此れに乏しい国柄としては中々此れを石鹸方面に充当する事は困難である。

 我国でもワセリンやパラフィンの供給は軽々と解決されてはいないのである。又温度が300度以下であり圧力も常圧という点も工業化に此の法の有利な点である。

 今此のフィッシャー法によって得られる油は、ガス1立方メートルから、油120−150グラムである。其の内訳を示せば、

コガシン油収得率(ガス1立方メートルよりの製油)

沸騰点又は溶融点
名称
(%)
30度以下(沸)
軽炭化水素
30−200度(沸)
ベンヂン
60 
200度以上(沸)
ディーゼル油
22 
30度(溶)
パラフィン
70−80度(溶)
セレシン

 収得率も良好であり、小工場でも年額3萬噸の油を産出している。油1噸に石炭5−6噸である。

 此のコガシン油の欠点はオクタン価の余り高からざる点である。ドイツの製品はオクタン価40−60である。4エチル鉛で此の価高める効果即ちエチル効果は良好であって80近くにまでなす事は出来る。

 近来米国などではコガシン油に更に加工して、其のオクタン価を高める事が行われている。然るときはオクタン価は60−70にまで高められる。其の収得率はコガシン油の84%位である。此れは自動車用燃料には用いられる。又熱分解ガスを重合して作った油などをコガシン油に配合して、オクタン価を高め80近くになす事も試みられている。

 次の表が此の概略をなすものである。

コガシン加工揮発油

種 類
収率(コガシンに対する容積%)
オクタン価
軽質直溜揮発油
29.1
68
ナフサ改質揮発油
26.8
62
重油分解揮発油
22.6
60
ガス重合揮発油
5.8
81
合 計
84.3
66

航空機用混合揮発油

種 類
オクタン価
収率(コガシンに対する%)
容積(%)
重量(%)
軽質直溜揮発油
73
22.0
19.2
重合揮発油
81
5.4
5.6
混合物
77
27.4
24.8

 最近商工省は150萬円を合成液体燃料補助の予算に組み、灰分少なき燃料を奨励し14度は10萬円を支出するという。同時にヂーゼルエンヂンに粉炭を以って重質炭及びガス油に代える事に務めている。猶油分六炭分四なるものを高圧化に噴射し、エンヂン燃料となしつつあるという。

石炭浸出法

 石炭より燃料油の新生法は浸出法であり、最近には我国にも外国からの特許が頻りに出願されている。此の方法はナフタリンの水素添加によって作られるテトラリンと酸性油を以って石炭から溶解分を溶かしとる法である。圧力も高く(Pott及びBroche法)温度も高くして作業を行う。石炭中の成分を多くは分解作用を起こすと共に、水素添加を行う。タール油及びクレゾールを以って浸出を行う方法が新たに実行されている。石炭の大部分は溶解し此れを濾過し灰分を去る。

 此の法は灰分を含まざる炭紛及び燃料油を製するに好適である。

 灰分はヂーゼルエンヂンの金属部殊にシリンダーを侵す事大なるものなる故に、炭紛素を此の種のエンヂンに用いるに便利である。浸出炭分は水素添加を行うに際し、作用円滑に進行する。


木炭発動機

 油性燃料の欠乏が木炭自動車を誘発したるは、吾々に実験済みである。バスの後方に大きな箱が背負わせられた事が目に付いているのである。ガソリンの貯蔵容積に対し木炭は9倍をも、余計な場所を要するのであるから、バスの背の荷箱は已むを得ない。

 木炭自動車というと何となく拙劣なる事のみを考え出すが、木炭は燃料として不良なものとのみは言えない。木炭は燃焼してタール分を出さぬ。灰分時に醋酸などを発生する事は決してよろしくはないが。

 抑も発動機が1769年パリに出現してから、愈々汽車と言うものに文化の目が振り向けられ此れが実用化され、1830年ロンドンとストラトホルドの間を1時間24kmの速さで走ったのが始めと言われている。其れから油性燃料が大歓迎を受け、エンヂンも其の方面に発達しヂーゼルの如き優秀なものが出来た。然るに燃料の欠乏から固体燃料を気化して動力ガスを作るものが吾が国やドイツなどでは必要となってきた。

 此の木炭或は他の固体燃料を気化する普通の形式を図で示せば次のようになる。

発動機
 
ポンプ
空気

木材
炭酸ガス(CO2

木炭
酸化炭素(CO)
精洗機
精酸化炭素
空気

 先ず空気が上から吸入され木材の処で焚かれ炭酸ガスを作る。此の時千度に近い炭酸ガスは木炭の所に到り(2)、此れと高熱の下に作用して酸化炭素となる。此の酸化炭素は酸素と燃焼し易く爆発性であるから動力に使用し得るものである。猶此の時木材から発生したタール、酢酸、水分なども、高熱の為に気化し炭化水素メタン及び水素となる。此れ等のガスが洗浄器を通過して機関部へ行く時空気を混合される。立派な動力用ガスとなり、シリンダー中へ行き、其処で添加され爆発しピストンを動かす次第である。此のエンヂンをゼネレーターエンヂンとか発生ガスエンヂンとか呼ぶ。

 木炭自動車が有毒だと呼ばれるのは、この酸化炭素の毒性にあるので、エンヂンが不良で燃焼が不完全なる時に生ずる非難である。木炭発動機は木炭のみならず、コークスを混合しても試用されている。ドイツでは300人乗りの船に此れを試み好結果を得ている。動力は80馬力で1時間に木炭で14kgを消費するというベンヂンモートルよりも、60−80%の経費が節約されるとの事である。モーターの寿命も二―四割長いとの事である。且つエンヂンから悪臭や汚色のガスを発生しない点も、此の優良なる点であろう。但し木炭2.5kgとベンヂン5.0kgとが同容に近い事は前述の如く場所を取って困るかもしれない。長距離列車などになると愈々此れによる不便は大きくなって来る。

 木炭発動機は、木炭とのみ限ってはいない。低温乾留のコークス、石炭浸出油のコークスなど大いに適するのであるが、此の所に支那に殊に豊富なる埋蔵を持つ、無煙炭について考えるのも面白い。無煙炭は此の主のエンヂンに大いに適し、しかも前に容積の増大する欠点を木炭に付いて記したが、無煙炭は此の点大いに減少されガソリンの三割位増しで場所の問題は解決されるのである。支那地方の開発には先ず鉄道である。次ぐものは運搬用トラック、耕作用動力、此れを無煙炭に大いに働かせてやってはいかがであろう。きっと悦びます。

 今一つ木炭発動機から諸君の注意を引くものは藁発動機の提案である。此れにはRupaエンジンといわれ、粉末石炭の廃物を利用して動力用原料とするエンヂンの発明が大いに参考となる。此れ式のものを藁の粉末で代用したら或は国利を救うこと少なくないものがあるかも知れない。

 機械学は科学によって新しい原料を得て発達するが、又化学も新しい機会の発明によって大いにその力を発揮し得るに到るものである。藁エンヂンに次ぐものは、水素ガスエンヂンで、此れなども近い中には人目を驚かし、モウ油も何も問題とならぬ時世を見るであろう。

 低温乾留に関する列国の情勢を示すが、

ドイツ石炭液化及び石油合成工業現況

 
1935年
1936年
1937年
水素添加法 
工場数
1
4
5
(外に建設中4)
人造石油生産能力(瓲)
350,000
800,000
840,000
生産量(同)
250,000
320,000
750,000
石油合成法 
工場数
0
3
4
(外に建設中7)
人造石油生産能力(瓲)
0
200,000
250,000
 
生産量(同)
0
20,000
200,000

英国の石炭低温乾留工業の状態

 
1936年
原料石炭処理量
364,305
低温乾留製品数量
 
半成コークス(瓲)
287,133
 
ガス(千立方呎)
2,043,016
低温タール(ガロン)
6,339,786
揮発油(ガロン)
1,095,799

 而して1936年現在の低温乾留構造数は合計15であるが、コーライト法の三工場を除いては大なるものではなく、右生産の八割は此の三工場に於いて生産されたものである。更に1937年には新たに一日石炭500瓲処理のコーライト法の低温乾留工場が建設されたと報ぜられているから、14年全石炭処理量は年50萬瓲を越えるものと推定される。

 次に石炭液化工業に就いても、其の確立を促すべく種々研究された結果、炭化水素油法が制定せられ、経済的援助が約束せられるに到ったがために、1935年I・C・I(帝国化学工業)会社に依ってビリンガムに揮発油年産15萬瓲規模の工場が建設せられ、同年より製造を開始するに到った。此の工場は揮発油10萬瓲は石炭を原料とし、他の5萬瓲はクレオソート油及び低温タールを原料とする予定を以って建設されたのであるが、1936年には大約、能力の70%の生産を見た。即ち原料石炭の全消費量は42萬5,000瓲で揮発油の生産量は3,330萬ガロンであった。

 石油合成法に依る人造石油工場はまだ英国にはない様である。尤も燃料研究所とかロビンソン試験工場等で試験はされているが、工業化されるには到っていないと言う。

 独逸は石油の自給自足に向かって最も熱心な努力を続けて居る国で、その効果も亦甚だ見るべきものが多い。即ち天然席油の増産に対しても国家的援助を与え、急激に収穫を得て居るが、人造石油に対してはより一層の努力と効果とを挙げて居る。先ず低温乾留工業は已に前世紀より継続せられ、褐炭を原料として最近著しき発展をなし、年60萬瓲の低温タールを生産していると称せられているが、1935年までは次表のように年20萬瓲内外の生産を続けてきたのであると言う。

独逸褐炭低温乾留工業(単位 瓲)

低温乾留製品生産量
1933
1934
1935
半成コークス
838,000
895,000
993,908
低温タール
209,000
220,500
251,125
揮発油
22,800
27,000
33,263

動力用アルコール

 アルコールは今日ガソリンの節約の為に、その20%程度に之を混用する事になっている。ガソリンにアルコールを混合することは、反ってそのオクタン価を高めるを以って有利なのである。此れは、1925年ドイツに於いては行われていた。

 アルコールをガソリンに混合することは大戦当時にも試みられたが、それはアルコールに水分を含んでいた為全く失敗に帰した。今日はアルコールは純粋に水分を含まざるものが容易に作られるようになった。

 アルコールは醸造によって作られ澱粉又は糖類から作る。我国では台湾の糖蜜から多量に生産されている。パルプ製造の廃棄物サルハイト液から作られる事も少なくない。

 新しい方法としては木材を糖化し此れを原料として製造するもので、木材100kgからアルコール24リットルを得られる。

 上記のアルコールは酒精とも記す。エチルアルコールの事であるが、メチルアルコールも動力用として同様に利用される事が発見された。殊にメチルアルコールが石炭に水素添加法により得られるに到ってその用は愈々高くなっている。コガシンガスの方法で酸化炭素と水素ガスから高圧の下で作られる(3)。メチルアルコールは昔は木材の乾留などにより作られ、その収得率低く、工業的にはならなかった。木精の名もその頃の遺名である。


ガスエンヂン

 ガスを燃焼して動力とする事は1876年、オットが工夫し、早く小型なものは実用されていた。燈用ガスをエンヂンの中に導き空気と混合させ添加し、之を爆発してピストンを動かしたのである。其の後此の動力用ガスには様々なガスが提案されているが、その力の程は区々である。

 ガスエンヂンは使用するものがガスであり、精製されたものが多く、硫黄を含む憂いも無く、灰分も無く、煤の出でるものも無いので、エンヂンの内燃部は誠に綺麗でもあり、金属の侵されることも少ない。事にブタン、プロパンなどはオクタン価も少なく燃料として決して不良なものではない。固定エンヂンでない場合は、どうしてもガスを燃料とする時には、これをポンプに詰めて移動しなければならない。此れに重量をとられ又油程多量に運搬する事も困難である。然しポンプも次第に改良され高圧に耐え非常に軽く四割も重量を減少し得るように最近工夫されてきた。

 此のガスエンヂンにガスを使用するには、ポンプにガスを圧縮して充たせ置き、試用に際して此のポンプよりゲーヂを開き適当にガスを流出させ、此の時冷却する故一応加温して調節弁へ送り、其処のゲーヂを適当に開き内燃部に送る。此の途中で空気と混合されエンヂン内で点火される。ポンプの為に生ずる不便はブタン、プロパンは大いに此れを少なくする事が出来る。此のガスは液化し易く20気圧程度でポンプに液とし入れられる。低圧力で充分な熱量を与えるだけの物となるのである。

 此のガスは石油工業及び水素添加による石炭液化作業の副産物として多量に得られる。ブタンは7気圧、プロパンは14気圧で液化する。熱容動力用として已に実用されているものも主としてこの性質あるが為である。燈用ガスとしても此れは役立つのである。飛行船にも動力として使用している。

 腐敗ガスが大規模に用いられている例がある。ドイツのストットガルト市である。暖地以外は我国の冬の寒さでは腐敗ガスは発生が困難である。このガスはメタンガスが四分三、炭酸ガスが四分一位を含んでいる。此れを350気圧に圧縮し、ポンプへは200気圧位に詰めて置く。動力用としては有力であるという。経費は安く、ディゼルにも使用できるとの事である。30余の車を同市では此のガスで走らせているという。

 発酵によって作られるグリセリンの副産物としてブチルアルコールなどがある。今此の収得率を高く出来たならばブチルアルコールからブタノンというものを作り燃料となす研究も着手されている。

 今主要なガスの性状をベンヂンと比較して表わして見る。

ガスエンヂン用ガスの性状(ガソリンとの比較)

ポンプ内圧
熱量
容量重量
充填量
ベンヂン比率
走距離
(毎kgのcal数)
(kg)
(kg)
(g)
(km)
水素
150
28,000
185
186.3
4.6
11.5
コークスガス
150
86,000
185
192.5
8.5
20.7
メタン
150
11,200
185
192.5
1.5
37.4
ルールガ
スエール
(プロパン、プロピレン、ブタン、
ブチレン混合)
20
10,800
75
116.0
5.7
14.3
プロパン
15
11,300
58
99.5
6.0
15.0
ブタン
7
11,200
58
11.0
7.5
18.0
ベンヂン
10,400
17
92.0
10.0
25.0

エネルギー比較(ガソリン1リットルは670グラム)

プロパンブタン
(1キログラム)
=ガソリン
1.6−1.7
リットル
コークスガス
(〃)
=ガソリン
0.49
ルールガス
(〃)
=ガソリン
1.44

世界原油産額(単位1,000バーレ)

1936
1937
1938
日本
2,445
2,487
3,614
米国
1,099,687
1,277,653
1,212,530
ソ連邦
199,636
206,717
217,525
ヴェネヅエラ
154,794
186,852
191,593
ルーマニヤ
63,655
52,176
48,800
イラン
62,699
78,741
74,154
蘭領東印度
55,369
62,301
60,165
メキシコ
41,028
46,907
38,861
イラク
30,307
30,604
33,192
コロンビヤ
18,752
20,293
21,315
ドイツ
3,165
3,398
4,215
仏国
535
503
465
伊国
120
107
109

 日本の粗製石油輸入は1,000BBL其の他同じく1938年米国は12億1,318萬バレルと増加し、しかもその8億余が新井新区に求めて得たるものであるという。

(1) CO+2H2=(CH2)+H2O コガシンガス製法
 
(2) CO2+C=2CO 酸化炭素合成
 
(3) CO+2H2=CH3OH メチルアルコール合成

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