旧・丁場風景

旧・搬出風景

山元
求@
龍王
     浮田石材店
代表者:浮田隆司
所在地:〒700-0072
岡山市北区 万成東町6-15
電話  :086(252)0629
FAX   :
086(252)0635
MAIL:ukita-sekizai@plala.t

明治25年(1892)、山陽鉄道の敷設に伴って多量の
  石材を万成山から採掘したので、一般に万成石
  称しました。
明治33年(1900)、家守氏が大々的に採掘を
  初めました。
明治40年(1907)、第十七師団(岡山)が設置され、
  膨大な石材を万成・矢坂から供給したので、
  万成石は益々著名となりました。
大正二年(1913) 5月1日に 
  岡山石材 株式会社 創立開業
大正七年(1918)には明治神宮の造営に際して、
  関東みかげの雄『稲田みかげ』と競い、石材供給
  の指定を受けました。

  その後13年にわたって、
  神宮宝物殿、絵画館、絵画館前泉水、葬場殿址

  同神宮の工事は一切万成石でなされたために、
  一躍全国的にその声価を高めることとなりました。










  その販売先は明治時代には県内のみでありましたが、大正時代に入るや県外に移出される量
  が一挙に増えました各方面の需要者が増加するにつれ、万成石の優秀性が随時知れわたり、
  昭和時代に入ると県内需要よりも県外需要が激増しました。

   現在も、万成石は世界的にもめずらしい「さくらみかげ」で、
   品のよい色合いと
品質の良さで、高い評価を頂いています。







           
浮田石材店(岡山石材・万成石材)沿革

                    
岡山石材・万成石材 関係】     【浮田石材店 関係

大正02年(1913) 05月01日 
岡山石材 株式会社 創立開業 
                   
      (御津郡伊島村 万成1-111)
                     浮田 荻太
(一代目) 同時に入社
昭和10年(1935) 12月01日 
万成石材 株式会社へ改組
                               
(岡山市 万成1037)
                     浮田 荻太、役員(株主) 就任

昭和19年(1944) 08月15日 
役員総入替、事務所移転
                   
光田、西尾、浮田で株を各1/3所有、代表は持ち回りに
                               (岡山市 万成1034)
昭和27年(1952) 05月25日 
  浮田 荻太) 代表取締役就任
昭和28年(1953) 04月22日 
竃恊ャ石材の『目的』の変更
                   
当株主上記3者のみに、会社所有の土地・建物の賃貸
               同日                         
  浮田石材店 創立開業
昭和28年(1953) 10月24日  
浮田 茂利(二代目) 取締役就任
昭和40年(1965) 10月15日                            浮田 茂利(二代目)就任
昭和46年(1971) 12月06日                            
浮田 隆司(三代目)就任
昭和63年(1988) 08月06日                         
  有限会社 浮田石材店
                                                      改組
                                                
(岡山市 北区 万成東町6-15)
平成04年(1992) 05月31日 
万成石材 有限会社へ改組

           万成石の歴史 (『万成石材採掘販売組合』HPより

万成に石工が住みついたのは、天保年間(1830〜1843年)でした。しかし自家用石材の採石のみで、
郡方普請の規制もあり、切石の販売はできませんでした。自由に採石されはじめたのは、明治維新後に
郡林であった万成の山林(石山)が民間に返ってからです。はじめは地元の墓碑用石材としての需要に
応じる程度でした。

明治21年(1888)、光田石材本店の初代・光田音吉 が採掘を開始してから、
  その産出量が増大しはじめました。

うきた せきざいてん