蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十四章 決戦(3)  
           
 
 

「……陛下」
 現れたのは、ヴェッドウェルであった。王の姿を求めて、城中を駆け回り、ようやくこの謁見の間に辿りついた。他の騎士は、城門に残してきた。最後の決着は、自分一人でつけるつもりだった。
 王は正気を失っている。これ以上、その名を卑しめ、国を滅ぼす悪政が続くのであれば、いずれは誰かの手によって、それが絶たれるであろう。ならば、自分がそれを絶つ。たとえ反逆者となり、死してなお辱めを受けようとも、自分がそれを為す。王を玉座から引きずり下ろす。その覚悟でここに来た。それこそが、あの恩に報いる義となるのだと。王をお救いすることになるのだと。萎えそうになる心を奮い立たせて、ここまで来た。それが――。
「陛下」
 呟く声に、力が篭もる。輝く黄金の髪の元に駆け寄る。何がどうしたなどの説明はいらない。凛としたその声に、来てくれたかというその言葉に、紛れもなき王の姿がある。この場所で、初めて謁見したあの日と同じ、清とした心を内に持つ王の姿が。
 ヴェッドウェルは剣を抜き、アルフリート王の横に並んだ。その先にある、異なる存在に息を呑む。そして全てを了解する。
「どいつもこいつも」
 ガーダのしゃがれた声が、一際乱れる。苛立ちが、そのまま形となって現れる。水平に広げたガーダの両腕が、雷光を纏う。スパークし、音が激しさを増す。
 やはり――。
 じっと後方に構えながら、ユーリは思った。
 やはり、力が半減している。
 黒い瞳が、真っ直ぐにガーダを見据える。しかし、錆色の衣も、赤い目も、そしてその手に宿るいかずちすら、彼は捉えていなかった。全ての感覚を使って見極めていたのは、ガーダの気、意識の流れ。その身体から、無限とも思える力強さで溢れる意識の波が、全てを自在に操らんと触手を伸ばす様。しかし、それは目的を達しきる前に、別の意識に絡め取られてしまう。伸ばしたその手が、スルフィーオ族の気によって寸断される。
 それでも――。
「滅びよ」
 言葉と共に雷光が放たれる。触れたが最後、一瞬で炭と化す閃光が、そこに立つ者全てを呑み込まんとする。
 風が、走った。
 雷光を、切り裂かんとばかりに繰り出されたユーリの剣が、黄金の光に包まれる。その光で、いかずちを弾く。そしてそのまま、ガーダの胸を貫く。そこにある意識、気の渦の中心に突き立てる。
「くっ」
 強い衝撃が、ユーリを襲った。剣先に感じる抵抗に、悪意が漲る。纏わりつくように剣を這い、迫る。
 ユーリの意識が、その悪意を捉えた。黒蛇のように、腕に絡み付く。恐ろしいほどの冷気が、そこから体に流れ込む。心の最も深いところを突き抜け、背から抜ける。
 ぽっかりと空いた心の穴。そう感じた瞬間、そこに吸い込まれる。そして溢れる。自身を保つことができぬほど、負の感情が吹き荒れる。心だけではなく、体までもがばらばらに壊れそうに感じ、ユーリは一歩後ずさった。
 剣が、ガーダから離れる。黒蛇が、巣穴に戻る。ガーダの傷付いた体を塞ぐ。
 ユーリは崩れるように片膝をついた。体に、心に、力が入らない。あの黒蛇に、生気を吸い取られたのか。そう思うほど、意識が散漫となる。虚ろに、視線を伸ばす。その先が、赤く光る。
「ユーリ!」
 激しく鼓膜を打ったその声は、輝線となってガーダを襲った。テッドの放ったレイナル・ガンが、わずかにガーダの体をよろめかせる。翻りかけたガーダの手が、その分だけ遅れる。ユーリの左腕が上がる。
 紅蓮の炎が、ユーリを襲う。掲げた腕が、それを防ぐ。見えざる壁が、ユーリの前にできる。その空間に、また光が溢れる。
「貴様……」
 血が吹き出たような赤い目が、ユーリを睨む。
「貴様、一体何者――?」
 言葉の終わりが、急速に翳る。光の壁が、意思を持って形を変える。砕け、粒となり、さらに伸びる。無数の帯となって、ガーダを捉える。光の強さがさらに増し、色が淡く透けていく。震えるような揺らめきが、ユーリの髪に波を刻む。漆黒の空に、流星が流れるように、白銀の煌きが落ちる。
 ガーダの目がいったん細まり、そして大きく見開かれた。
「どこまでも――」
 睨めつける視線が、憎悪に染まる。
「どこまでも、我らを――だが」
 渾身の力で、ガーダが光の帯を引き千切る。反動で、ユーリの体が後ろにふらつく。
「邪魔はさせぬ!」
 刺すような言葉が、そのままユーリを襲う。全身に受ける圧迫。と、思った瞬間、それが痛みに変わる。皮膚が裂け、血が飛ぶ。蒼き鎧に無数の傷が刻まれる。
「ぐわっ」
 しかし、激しく血反吐を吐いたのは、ユーリではなくガーダであった。両肩を貫く痛みに、ガーダの顔が激しく歪む。そこに刺さる二本の剣を、手でつかむ。その先にある、アルフリートとヴェッドウェルを睨む。
「ぐっ」
 ガーダの口から、また苦悶の音が漏れる。アルフリートの剣が、ヴェッドウェルの剣が、さらに深く体を抉る。跳ね返そうと力を込めた手に、光が纏わりつく。細い網の目のようなスルフィーオ族の意識が、体を縛る。
 ガーダの膝が、折れる。
 声は、なかった。ガーダの体はその場に崩れた。その遥か先に、首が転がる。オラムの斧によって刎ねられた首が、錆色の衣を巻きつけながら転がる。

 
 
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  第二十四章(3)・4