蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(1)  
           
 
 

「どうやら、腹ごしらえは済んだようですね」
 傍らの店から、ミクが出てくる。サナと違って、手に土産はない。
「サナとティトはともかく。今は食事よりシャグ族を探す方が先だと、確かに言ったはずですが?」
 路地に入って間もなく、数歩も行かないうちに、食の誘惑に負けてしまったユーリ達に、返す言葉はなかった。とりあえずサナがメルネを、テッドが串に刺したサクサムを、ミクの目の前に差し出す。軽く溜息をついてそれを一蹴すると、ミクは言葉を続けた。
「とにかく今すぐに、町の北外れまで移動します。シャグ族はみな、そこに住んでいるそうですから」
「それって」
 口の中に残っていたメルネを呑み下し、ユーリが尋ねる。
「部族同士で固まって住んでいるってことだよね。この町にも、部族間の対立が?」
「いえ、部族と言うよりは、シャグ族だけ別に考えられているようです。どうやら、人と異なる種族のようですね。話してくれた店の男は、彼らをキョーメと呼んでいましたが」
「ああ、それなら知っているわ」
 サナが声を上げる。
「そう、シャグ族とは、キョーメのことだったのね。キョーメというのはソン族の言葉で、砂虫という意味を持つの。彼らは元々砂漠に住み、町には近付かない種族だと聞いていたけど」
「キョーメ(砂虫)……」
「明らかな、蔑称ね」
 ユーリの呟きに、サナが眉をひそめる。
「その言葉は使わない方がいいわ。彼らの前では。いえ、そうじゃない時にも。いくら他の人達がそう呼んだとしても」
「うん」
「分かりました。気をつけましょう」
「で、その――ええ、シャグ族か。結局そいつらの所には、どう行くんだ?」
「ですから」
 ミクの声が、はっきりと冷える。
「町の北外れだと、今言ったはずですが?」
「そうじゃなくて、道順のことだよ」
 ぽりぽりと、テッドが頭を掻く。
「どうせまた、厄介に道が曲がりくねってるんだろう?」
「その心配は、無用です。ハラトーマの街と違い、ここは単純な造りになっていますから。道路は全て、東西、南北を、真っ直ぐに区切る形に」
「つまり、北へ行くには、この道をこのままってことね」
「そうです」
 ミクがサナを見る。
「寄り道をせずに、このまま」
 言われたサナも、ティトもユーリも、そしてテッドも。揃って肩をすくめる。それを満足げに見やると、ミクは唇に微笑を施した。
「では、逸れないよう、ちゃんとついてきて下さい」
 くるりと翻った、ミクの痩身を追う。その背だけを見つめることで、人ごみと、様々な店の誘惑を退ける。しかし、進むにつれ、徐々に障害が薄れていく。人の流れが途切れがちとなり、周りの景色が煤けてくる。いつの間にか店はなくなり、気がついた時には、人の波も失せていた。
「なんだか、同じ町とは思えないなあ」
 そう呟き、テッドは後ろを見た。細いはずの道が、広く感じる。視界が開かれ、なるほどその道が真っ直ぐ伸びていたことを知る。前を向く。通りには、風しかない。
「本当に、シャグ族の連中が、この先にいるのか?」
 喧騒の音は、まだ聞こえる。だが、それはあたかも、別世界のように遠い。賑やかな町の中で、唯一寂れたこの一画は、それ自体がひっそりと、息を潜めているかのようだ。何となく、息苦しさを覚える。流れ行く時が、そこで堰き止められたかのように、空間が澱んでいる。
「北東の角に」
 心持ち、低い声でミクが言った。
「商売を取り仕切っている長の住む家があると聞きました。とにかく、そこへ行ってみましょう」
 突き当たりを、右に折れる。やはり人影はない。ただでさえ細い道が、一層狭くなる。しかし、思ったほどの圧迫感はない。周りの建物が、町の中心部に比べて低いのだ。物によっては、ユーリ達の目線よりも下にある。まるで、半分砂に埋まっているかのような家々。ぽっかりと黒い、四角くくり抜かれた小さな出入り口がなければ、やたら分厚い塀か、何かの土台にしか思えないほどだ。
 その出入り口を覗く。穴の奥は暗く、見通せない。無論、シャグ族らしき姿も見えない。
「やっぱり、誰もいないんじゃないか?」
 南北に長い、少し開けた場所に出た瞬間、テッドがそう息をついた。
 町の正門前の広場に比べると、かなり狭い。が、人がいない分、広く見える。町を囲む北側の壁は、ほとんどが崩れており、先の砂漠へと続く景観が、よりその感覚に拍車をかけている。砂と同じ色をした周囲の建物は、通りの家々と同じく、ここでも身を沈めていた。その上を、風が静かに洗っていく。音は、それしかない。ミクの声が、さらに静まる。

 
 
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