蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(1)  
           
 
 

「多分、あの家でしょう」
 北東の、ほんの少しだけ周りよりも高い建物を見る。
「だろうな」
 テッドはそう返事しながら、首を横に振った。
「どう見ても、留守のようだが」
「一応、行ってみま――」
「これはこれは!」
 甲高い、軋むような声が、ミクの言葉を寸断した。まるで広場全体で発せられたかのような音に、全員が思い思いの方向を見やる。誰の目にも、影が映る。砂に埋まった建物に付いている、黒い穴。そこからわらわらと、虫でもわくように溢れ出てくる者達を見つめる。
 シャグ族は、人に比べて確かに小さかった。ちょうど人の肩くらいの背、パペ族の体格に似ている。なので、背丈だけなら、小柄な人間と思えなくもない。しかし、造りはかなり違っていた。
 肩が大きく前に出ていて、それに伴い背が少し曲がっている。手は長く、逆に足は短い。真っ直ぐに立つと、指先がちょうど膝頭に触れる位置となる。足の部分はよく分からない。みな一様に、フードのついた灰色の長い衣を纏っているからだ。一方、顔立ちは、人とほとんど変わらない。全体的に角張った輪郭が目を引くくらいだ。ただし、肌は違う。耳の直ぐ下から下顎の部分にかけて、かさぶたのような層になっているのだ。色味も肌の褐色に比べてやや濃く、遠目で見た時は、皮製のマスクのような物で、顎を覆っているのかと思ったほどだ。同じような堅い皮膚は、手の甲にも見受けられる。もっとも、堅いかどうかは見た目の印象であり、実際のところは触れてみるまで分からないだろうが。
「旦那様方、お仕事のご依頼で?」
 年長の男、これが頭とテッドに狙いを定めて、一人のシャグ族がそう声をかけてきた。
「わざわざこのような所にお越し頂かなくとも、私どもの方からお荷物を取りに参りましたのに」
「あ、いや」
 長い手を擦り合わせて笑みを浮かべるシャグ族の男に、テッドは小さく首を振った。
「俺達は、そうじゃなくて」
「そうじゃない?」
 シャグ族の、手揉みが止まる。
「商品の運搬を頼みにいらしたのでは、ないのですか?」
「俺達は、商人じゃないんだ。一つ、頼みが――って、おい」
 長い手を大きく振り上げ、追い払うような仕草をして背を向けた男に、テッドが言う。
「最後まで、話を聞――」
「どうやらよそ者のようだから、今回は見逃してやるがな」
 急に言葉遣いを荒げて、男が身を返した。口調は乱暴だが、声の高さは変わらない。どうかすると、女のようにも聞こえる高い声で続ける。
「俺達にとって、人間は二種類に分けられる。金をくれる、すなわち仕事をくれるお客様と、それ以外だ。どんなに馬鹿にされようが、蔑まれようが、金をくれる人間には手をつき、頭を下げる。笑いもしよう、おだてもしよう。だが、そうじゃない者に、俺達は開く口を持たぬ。聞く耳も持たぬ。こうしてお前達を見ているだけで、この目が腐るわ」
 文字通り、シャグ族の男はそう言葉を吐ききると同時に、唾を吐いた。砂が、黒く滲む。そしてこの憎悪は、彼だけのものではなかった。いったんは背を向け、それぞれの家に戻ろうとした他のシャグ族達も、一様に足を止め、こちらを睨みつけている。その視線が、ひりひりと肌を刺す。
「もう分かったろう。とっとと帰れ!」
「待って下さい」
 誰もが圧倒される中、ミクがそう声を出す。
「確かに私達は、仕事を頼みにきたわけではありません。共に仕事をするために、ここに来たのです」
「これは――」
 男の目が、ぎらりと光る。憎々しげに、それを細める。
「侮辱ととっていいんだろうな。頭が話すならまだしも、女がしゃしゃり出てくるとは」
「いいえ、これは頭の意思です」
 テッドの方をちらりと見やりながら、すかさずミクが答えた。
「ですが我らの頭は、この地の言葉が充分ではなく。よって私が、いわば通訳として、頭の考えを代弁させて頂いているのです。ですので――」
 そこでミクは言葉を切ると、キーナス語でテッドに囁いた。
「何でもいいですから、適当にキーナスの言葉で話して下さい」
「――何でもいいって言われても」
 とりあえず、キーナス語に変えて、テッドが答える。
「何だか面倒くせえことになったなあ」
「あなたがもう少ししっかりと交渉してくれたなら、こんな苦労はしなくて済んだのですが」
「……お前さんねえ」
「頭はこう申しております」
 テッドの溜息を無視して、ミクはシャグ族の方に向き直った。もちろん言葉は、彼らシャグ族が使っているものと同じ言語。シュイーラの公用語、五つあるうちの一つ、レランド語だ。この国の実権を握る、ロナ族の言葉である。
「我々は、共に仕事をするためにここに来た。積み荷を守る、護衛として同行したい」
「…………」
 シャグ族の男が沈黙したのを受けて、ミクはモルスに教えてもらった通り、交渉を始めた。
「ここ数年の間に、イソラ砂漠の西北部は、随分と危険な地域になったと聞いています。盗賊の類が、頻繁に出没するようになったとか。元々この辺りは、セガピムという化け物が生息しており、普通は誰も近寄らぬところだそうですね。そのため、西のクルンガラへ行く場合は、いったん北の、ウル国との国境付近まで上り、そこから砂漠を避けながら、ぐるりと周りこむとか。日数にして、三倍近くの道のりをかけて行く。それをあなた方は、敢えて砂漠を突き進むことで、他の隊商と張り合ってきた。早く荷が届けられるということは、その早さのみならず、かかる費用を切り詰める効果もある。頼む側にとっては、実にありがたい存在です。その裏で、何人のシャグ族が死のうと、彼らには関係ない。いえ、あなた方も同じです。仲間が犠牲になることを踏まえた上で、仕事を取ってきた。より、豊かな暮らしを求めて」
「一体、何のつもりだ」
 男の声が、怒りで震える。
「わざわざそんなことを言いに来たのか。俺達を嘲りに来たのか」
「違います」
 どこまでも冷静にミクが言う。
「ここに来た理由は、先ほど述べた通りです。私達を護衛として雇って下さい。クルンガラへ行く隊商に、同行させて下さい。必ずや、お役に立ちますから」
「ふん」
 シャグ族の男が、鼻を膨らませる。
「職探しがしたいのなら、もっと羽振りのいいところへ行くんだな。こっちは人を、ましてや人間様など、雇う余裕はない」
「そのことなら、何も問題はありません。私達は、賃金を受け取るつもりはありませんから」

 
 
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