蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(3)  
           
 
 

「まず、このすり鉢状の大きな穴、その縁に沿って、ガジャに矢を射てもらいます。ちょうど私達と対面する、あの場所から始めて下さい。触手をおびき寄せながら、ぐるりとデグランで一周する。そうやって、全てが向こう側に引き寄せられた瞬間を見計らい、ユーリにロープを渡します。一気にそれを、デグランで引っ張れば」
「この穴から小僧を助け出すことができるだろう。だが」
 ゴラと共にデグランに跨りながら、ガジャが言う。
「穴から獲物が逃げたと分かれば、奴はまた姿を変え、追ってくるかもしれない。そうなれば、結局また捕まって」
「そうはさせません」
 冴えた声を放ち、ミクは銃からエネルギーパックを取り出した。さらに、懐にあった予備のパックも手にする。
「敵が再び元の形に戻る前に、決着をつけます。ガジャ、矢を一本、こちらに渡して下さい。それからテッド」
「ああ、分かった」
 無精髭を撫で、テッドが頷く。
「そっちは任せろ」
「一体、何をする気だ?」
「詳しく説明する時間はありません。とにかく今は」
 ガジャが渡した矢に、素早くエネルギーパックを括り付けながらミクは言った。
「サナ、ティト、デグランから降りて、できるだけここから離れて下さい。ラド、二人を頼みます。それからガジャ、これを」
 ガジャから預かった矢を返しながら、ミクが言う。
「敵を引き寄せるために使える矢は、全部で八本です。間隔を、見誤らないで下さい。そして最後に、この矢を穴の中心に向って高く放ち、全速力でこの場から離れる。いいですね。では、始めて下さい」
「そうは言っても」
 ガジャの眉根が寄る。
「俺には、何が何だか――」
「急いで下さい! これ以上はユーリが、ユーリがもたない」
 鋭い声が、ガジャの開きかけた口を塞ぐ。疑問が晴れたわけではないが、急がねばならぬことは充分に承知していた。その場にいる誰もが、理解していた。
 ラドに連れられ、サナとティトが穴から離れる。その姿が、揺らめくオーロラの向こうに消えたのを見届けると、テッドはデグランに乗り、穴の縁に沿って歩みを進めた。ユーリの立つ中心を横目で見ながら、距離を取る。辛うじて姿を確認できる位置まで下がり、銃を構える。そしてミクも、デグランに跨り銃を持つ。ただし、向きはテッドと逆。いつでもワイヤーロープを放てるような状態で声を出す。
「ユーリ!」
 黒髪が、わずかに揺れて、その声に答える。それを見て、ガジャが動く。
 ゴラに手綱を任せると、ガジャはデグランの上に立った。四角い箱のようなものが二つ括り付けられた最後の矢だけ、衣の腰紐に挟み込み別にする。その上で、背に負った矢に右手を伸ばす。一本を取り出し、番える。
「行くぞ!」
 その声に合わせ、ゴラがデグランの腹を蹴った。最初の矢が風を切る音と、デグランの駆け出す音とが重なる。
 すり鉢状の穴の奥、黄色い虫柱が高く上がる。左回りに一つ、また一つ。吹き上がる度、その太さと高さを増していく柱が、ずしずしと穴の縁に沿って歩く。ゆっくりと確かな足取りで、七歩を進める。
「ユーリ!」
 七つ目の虫柱が、ぐらりと崩れるのを見やりながら、ミクが叫んだ。
「剣で受けて下さい!」
 ワイヤーロープが、一直線の軌跡を刻む。残る力を振り絞って、ユーリが剣を掲げる。銀の糸が、絡め取られる。
 地響きが、ユーリの足元を揺らした。八つ目の虫柱が、空を覆うほど強く吹き上がる。
「はっ!」
 ミクの乗るデグランが風となる。引きずられるまま、ユーリは斜面を滑った。雨となって降る黄色い触手が、ユーリの体が残した窪みに、次々とダイブする。今まさに、穴の縁から逃れようとする獲物に襲いかかる。
 しかしテッドは、その光景を見てはいなかった。琥珀色の瞳は、穴の端ではなく中心、その上空に据えられていた。ふわりと、物体が優雅な弧を描く。ガジャが放った最後の矢。括り付けられた二つのエネルギーパックが、きらきらと輝きながら落ちる。静かに、沈む。

 
 
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  第四章(3)・4