蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(3)  
           
 
 

 間延びしたように紡がれる言葉。しかも独特の発声法のため、明瞭さに欠け意味が全く分からない。それが半時余りも、変化なく延々と続くに至って、ユーリの意識はもはや自身のみに集中していた。
 こみあげる欠伸を、喉の奥で殺す。小さく息をつくサナに、呼吸を合わせてしまわないよう注意する。こくり、こくりとティトが船を漕ぐ動作に誘われ、瞼を下ろすことのないよう懸命に努める。
 もうこれ以上の抵抗は無理と、ユーリが諦めかけたその時、演目が終わった。内容に合わせるかのように、落ち着いた拍手がぱらぱらとさざなみを作る中、素早くサナに合図を送る。一つ頷き、少女がウル国王の方を向く。
 後は一言、丁寧に歓待の礼を述べ、夜も更けて参りましたゆえ私達はそろそろと、挨拶をするだけであったのだが。次の演者が入ってくるタイミングが、少しばかり早かった。しかも大きく声を張り、「さあさあ、皆々様、この奇妙奇天烈からくり箱にご注目」とやりだしたから堪らない。
 ほとんど閉じかけていた、ティトの瞼が再び開く。敵も然る者、最も場を盛り上げてくれそうな観客を、一目で見抜く。純粋で、疑うことを知らぬ小さな子供、それをターゲットとする。
 演目は、いわゆる奇術であった。とろんとしていたティトの目が、再び煌いたのは言うまでもない。恐らく、今日一番の輝きであろう。瞳の中にたくさんの星を溜めて、空の箱から次々と奇術師が物を取り出す様に、歓声を上げる。いつしか場も、それに引きずられる。和やかさと楽しさが増す。
 さすがにそうなってから、今宵はこれにてなどと切り出すわけにはいかない。ティト自身も、素直に部屋に引き下がるとは思えない。それに、このどちらかというと子供向けと思われる出し物は、ティトやサナの存在を意識した上でとも考えられる。からくり箱に続いて、影絵芝居が始まったのを受け、ユーリは次なる機会を待つことにした。前に傾いたティトの体が、その次のイフ語り、五弦のギターのようなものを膝に置き、過去の英雄物語を歌い聴かせる出し物で、徐々に定位置に戻っていく様を注意深く見守りながら、待つ。
 しかし。
 赤、青、緑、黄。丸い四つの布玉が、高く上がる。輪のように一続きに、あるいは交差して。時に、男の背をかすめながら、リズムよく空間を踊る。それを追うティトの目が、かつてないほど嬉々と光る。
 まるで猫だな。
 微笑ましい思いをそのまま顔に出し、ユーリも少年に倣って演者を見た。
 口上によると、この出し物はウル国独自のものではないとのことだった。ソバオンと呼ばれる、元はクアロナ国に住んでいた少数民族の間に伝わるもので、国の滅亡の後、人と共にその芸も、ユジュール大陸各地に散らばったらしい。中でもシャン国を拠点とするカラン座は、総勢百名余の大曲芸団で、今日はわざわざそこから精鋭を呼び寄せたのだという。
 巧みに玉を扱う男の後ろから二人、さらに三人、そしてもう一人。全部で七名の者が入り乱れ、見事な芸を披露する。
 あの、最後に登場した人物は、どうやら女性のようだ。
 ユーリは場の中心で布玉を放り投げる者に、視線を置いた。
 色に若干の違いはあるものの、服装はみな同じだ。腰ほどまである長い袂の上着、裾を絞った幅広のズボン。体のラインは一切伺えない。頭には冠のような形の布の帽子、ただし顔周りを残し布端が肩まで垂れ下がっているので、髪型も分からない。しかしユーリは、動き回るたび袖から覗く白い腕、そして明らかに紅をさしたと見受けられる繊細なつくりの顔から、その者を女性と認めた。
 布玉の芸が終わり、代わって子供の頭ほどある大きさの、六角形の物体が宙を飛ぶ。まるで、木で出来た大きなナットだ。角ばった、いかにも扱いづらそうな形にも関わらず、描く放物線に狂いがない。それどころか、演者にアクロバティックな動きまで加わる。空を飛び交うナットに負けじと合間に宙返りを挟んだり、仲間の膝の上に乗ってみせたり。特に、床に置いた小さな皿に顎を乗せ、そのまま逆立ちするように体を反らせた姿勢でナットを操る女性の技には、ティトならずとも皆の口から、「おおっ」と感嘆の声が漏れた。
 大技を一つ決め、演者がにこやかな笑みを浮かべる。そして、次の技に移る。
 まただ。
 心の内で、小さく呟く。
 また一瞬、彼を見た。
 ユーリの見つめる先で、女性の演者が一メートルほどの細い棒を手にした。赤と白の渦巻状に塗装されたその用具を、バトンのように振り回す。

 
 
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  第十四章(3)・2