蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十七章 失われた欠片(4)  
           
 
 

 

 ユーリは白い砂浜に立ち、目を閉じた。
 グルームスランの海域に散らばるほとんどの島が、急な断崖を有しているのに対し、ウクット島の周囲はなだらかだ。それは目に見える部分だけではなく水面下も同様で、広いところではおよそ四キロメートルにも及ぶ浅瀬が続いている。ただしその先は、多少の段階を経ながらも深く落ち込んでおり、緩やかな地形の範囲は古代地図の示すスルクーク高原とほぼ一致していた。
 地図にはこの高原のやや西よりに、アウマロクフという都市があったと記されている。記述に間違いがなければ、ちょうど島の中心部分に当たる。
 ユーリは目を閉じたまま、意識を滑らせた。薄く、島全体を包み込むようにそれを広げる。木の下、岩の陰、小石や落ち葉の裏までくまなく探る。
 誰も、いない。
 ユーリの唇が震えるように動いた。
 塔も、ここにない。
 ユーリの睫が二度揺らぎ、ゆっくりと目が開けられる。
 こんもりと、小さな森のように木が生茂るウクット島の全容を、改めて視覚で捉える。豊かな緑が示す通り、命の気配はたくさんあった。ただし、人はいない。正であれ負であれ、強い感情なり意思は感じなかった。つまりはあの塔も。渦巻く憎悪の念が、無数の針のように心を刺してくる、そんな感覚は覚えなかった。
 もちろん、ざっと意識を飛ばしただけであるので、捉え損なっている場合も考えられる。塔はともかく、何らかの遺跡が島のどこかに眠っている可能性を、完全に否定することはできない。
 やはり、森に踏み込んで探すしかないか。でも、そうなると。
 ユーリは後ろを振り返った。
 半身を海に浸しながら、不思議と自然の中に違和感なく溶け込んでいるアリエス。その硬質でありながら優しさを残す銀色の機体を背景に、佇む者達を見据える。
 ティトの行動は予想範囲内だった。サナを連れて外に出る以上、彼が船内に止まることを期待する方が無茶というものだ。予定外であったのは、フェルーラの存在だった。いざ上陸する段になって、夢と現を行ったり来たりしていたエルフィンの少女が、突然保護カプセルから出てきてしまったのだ。
 単なる安眠モードに設定していたカプセルは、フェルーラの脳が完全に覚醒したのを受け、自動的に開いてしまった。コックピットにあるモニターが、電子音を発しそれを伝える。しかしその時にはもう、ユーリは医務室に向かって走っていた。目覚めた少女の意識が懸命に自分を探し求めているのを、モニターより早く察知したのだ。
 ユーリの姿を、赤葡萄色の瞳が捉える。不安に激しく荒れていたフェルーラの心が、速やかに和む。だが、それが再び眠りに向かうことはなかった。
 一個の人間としてはっきりとした意思を示す少女を、無理矢理カプセルに押し戻すわけにはいかない。かといって、一人アリエスに残しておけるほど強くはない。では、側に誰かが付いていればいいのかというと、そう単純でもない。フェルーラの心は未だ不完全で、ユーリ以外の人物には反応しない。道はたった二つ。全員でアリエスに止まり続けるか、あるいは一緒に上陸するか。
 島の周囲を巡るだけなら、四人揃ってのピクニックもいいけど。
 寄せては返す波との鬼ごっこを、厭きることなく続けるティトを見やりながら、ユーリは思った。
 森の探索はやっぱり無理だな。足元がかなり不安定だから、サナ一人背負うだけで手一杯になってしまう。理想は、最初に自分だけが入り、後で気になったところをサナに見てもらう形なんだけど。
 ユーリの視線が、波打ち際のティトから、砂浜で膝を抱えて座るサナへと移る。一時もティトから目を離すことなく、波を深追いせぬよう注意を促す辺りは、いかにも彼女らしい。どうかすると自分より頼もしい少女だが、さすがにもう一人までは手に負えないだろう。あんな状態のままでは。
 ユーリの瞳が、緩やかに動く。サナの直ぐ側に立つ、フェルーラを見つめる。

 
 
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  第十七章(1)・2