蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十八章 水の民(2)  
           
 
 

 喉に引っ掛けるように空気を送り込みながら、彼らの言葉で話す。
「私は、あなた達の敵ではない」
 短いセンテンスで、立場を伝える。
「私は、友人を探している。見つかれば、直ぐに出て行く」
「ユウ……ジ……ン……ミツ……よく分からない。お前は俺達の言葉が話せないのか?」
「やっぱりキュルスプルフ島の人間じゃないのか?」
「奴らの仲間じゃないのか?」
「なんでここにいるんだ?」
 水が沸騰するように、洞窟内が騒がしくなる。答えの出ない問いかけを、互いに交わす様子を前に、ミクも頭の中を整理する。
 彼らの会話を全て理解できたわけではないが、およその見当はついた。どうやら自分は、彼らが言うところの「奴ら」の仲間だと思われたらしい。キュルスプルフ島といえば、ここよりもう少し南の島であったと記憶しているが。とにかくキュルスプルフ島の住人と思われるような言動は避けるべきだ。やはり、グルームスラン海域一帯で使われている言葉は、避けた方がいい。でも、彼ら本来の言葉は、彼らの方が理解できないようだし。一体、どこの言葉で話せば――。
「それじゃあ、あの女はどこから来た?」
「スクーマ島か?」
「スクーマ島の人間なら、なぜ俺達の言っていることが分からない?」
「ひょっとしたら、大陸から流れてきたのか?」
「流されたのか? それとも渡って来たのか? 渡って来たとしたら、何のために?」
 会議はまだ続いていた。終わる気配は全くない。こちらから、何がしかの糸口を提供しない限り、永遠にこのままだ。
 いい加減、銃を構える姿勢に疲れを感じてきたミクは、片っ端から知っている言葉を試すことにした。
「どなたか、私の言葉が分かる方はいらっしゃいませんか?」
 囀りが、収まる。しかし、揃ってこちらを向いた生き物達の頭の中は、未だ疑問符に占められているようだ。
 次から次へと言語を変えてみる。だが、理解を示すような表情は一度も返されてこない。失意が自然とミクの口調をぞんざいにする。心のほとんどで諦めながら、また言葉を吐く。
「私の言っていること、分かりま――」
「分かった! そいつはオアバーダの人間だ」
 群れの中央近くで、大きくコポリと音が鳴る。周囲に姦しさが戻る。
「オアバーダ?」
「そうだ、今のはオアバーダの言葉だ。大陸の北の国。赤い髪の人間が、たくさんいる国」
「おお、確かにこいつも赤いぞ」
「オアバーダの人間なら、俺達を襲ったりしないな」
「そうだな」
「近付いても大丈夫だな」
「そうだな」
 安心が、彼らの動きを活発にする。次々と水溜りの縁から這い上がる。生き物の全容が明らかとなる。
 上半身は、頭部と同じく青緑色の鱗に覆われていた。ただし後ろ、まるでヒレのように背骨に沿って続く幅十センチほどの襞は、別の色を示していた。角度によって赤く、または青く、様々な光を放っている。質感がメタリックなので、輝きは鋭い。これだけ薄暗い中にも関わらず、高い輝度を誇っている。
 その美しい煌きを、上から下へ目で追う。腰を過ぎた辺りから、いっそう色を強く感じる。背景が、そこで濃くなる。
 生き物の下半身は、それこそアザラシか何かのような、黒く短い毛に包まれていた。形もまさしく海獣。足はなく、それに代わる大きな尾びれが体の先に付いている。昔、絵本で親しんだ姿とはかなり異なるが、人魚という言葉が真っ先に浮かぶ。スクーマ島の人々が半魚人と表したことに、改めて納得する。
 腕を使い、体を巧みにひねりながら、あっという間に直ぐ側まで這い寄ってきた群れに圧倒されながらも、ミクは一つの不安を取り除いた。
 これなら、動きは鈍そうだ。あの叫び声と、水際に近寄らないようにさえ注意すれば――。
「オアバーダの人間が、何でこんなところに?」
「迷ったのか?」
「流されたのか?」
 示された興味の裏にある好意を損なわないよう、ミクはオアバーダの言葉で答えた。
「友人と船で、スクーマ島まで来たのですが」
「フウ……ネ?」
「船です。あなた達の言葉で言うと、クップフコファ」
「クッパ……ファフ?」
「クバファフって何だ?」
 生き物達が首をひねる。心の中で、ミクが大きな溜息をつく。

 
 
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