意思の疎通は困難を極めた。オアバーダ国の言葉は、お互い得意ではない。本来彼らの言語であるカルタス語の一つは、肝心の彼らの方がほとんど話せない。共に理解があるのは、グルームスランの海域一帯で使われている言葉となるが。彼ら自身で使っておきながら、その言葉を話す一部の地域と敵対しているという厄介な事情がある。彼らの調子に合わせて自分も話そうものなら、あらぬ疑いをかけられかねない。
結局ミクは、オアバーダ語と彼ら独自の言語に交え、いかにもたどたどしい口調でのグルームスランの言葉を用いて、会話を進めることにした。普通に話すより数倍の時間をかけて、彼らと自分の、今置かれている状況を探る。
スクーマ島の人々に、半魚人と呼ばれ忌み嫌われていた彼らは、自らをナプフトクゥルクゥフ族であると称した。広く伝わるヌンタルという呼称は、このナプフトクゥルクゥフが訛り、簡略化されたもののようだ。ナプフトクゥルクゥフとは彼らの言語で、『千の空、万の光』という意味を持つ。もっとも彼ら自身は謂れもその言葉自体もよく分かっていないようだが、こうして眺めているとなるほどという想いが起こらなくもない。
推測でしかないが、『千の空、万の光』という言葉が指すものは、色ではないだろうか。肌ではなく、背びれ。空に冠さす太陽が、刻一刻の時の流れ、あるいは季節の変化に伴い、様々な色彩を含む光を地上に投げ掛ける。それを受け、彼らの背びれが煌く。一つの色を二つ、三つに増幅させながら。千の色を万の輝きに変えながら。
実際、ナプフトクゥルクゥフ族は、もともとこのような洞窟に住む種族ではなかったそうだ。透明度の高い、空を丸写しにするような大きな池や湖を棲家としていた。しかし、彼らはいつしか暗闇の中に潜んだ。原因は、背びれであった。その美しさを求める者が現れたのだ。
欲と金とが、彼らのあずかり知らぬところで動く。背びれを獲るために、命までをも狩られる。かつてはグルームスランの海域一帯に生息していたようだが、今ではモラント島を中心とした半径五十キロメートルほどの領域にしかナプフトクゥルクゥフ族はいない。一族の総数はわずか数百ほど、しかも年々、減少が止まらないという。
たとえ『半』が付いたとしても、『人』として認めている者を狩るという行為に、思わずミクは眉をひそめたが。ほんの少し肌の色が違うだけで、あるいは目に見えぬ国境という線で隔てられているだけで、平気で殺し合う歴史を持つ我が身を顧みれば、格別野蛮でも残酷でもない。
出来るならこのような愚かしい行為は、地球人独自のものであって欲しかったが。
苦い思いを飲み下しながら、ミクはさらに彼らの話に耳を傾けた。
ヌンタルに凶器を向けてくる相手は、主にキュルスプルフ島に住む人々らしい。人種的にはスクーマ島の住人も同じとなるが、この近辺の島人達はヌンタルを狩ったりはしない。基本的に、島人の方がヌンタルを避けている。要するに、わざわざオフトファー島までやって来る人間は、全てキュルスプルフ島の住人、つまりは敵と見做すことが出来る。その考えに基づき、彼らはミクを襲ったのだ。
水溜りから頭半分だけを出し、機会を待つ。不用意に水際に近付いたその足をつかみ、引きずり込む。深く水中に沈めたところで、どうも様子がおかしいことに気付く。
どう見ても、キュルスプルフ島の人間には見えないし、側に仲間もいない。何より、武器を持っていない。鋭く、硬く、体を一突きにするあの武器を。
慌ててここまで運んでくる。息があるのを確かめた上で、離れる。人間は怖いが気にはなるので、自分の領域たる水溜りに身を隠しながら様子を伺っていた、というのがここまでの経緯だ。
ならば、事は簡単。多少また水を飲むことになるかもしれないが、元いた場所まで連れて行ってもらえばいい。可能ならば、その途中で落としたであろうパルコムを探してもらう。
しかし、このミクの願いは、次の一言で打ち砕かれた。
「俺達は、もう行かねば」
「行くって、どこへ?」
すでに群れの半数ほどが、美しい背びれを翻して水底に消えたの受け、ミクが声を出す。とっさのことで、たどたどしく発音すべきグルームスランの言葉が、やけに明瞭となってしまったが。幸いにもそれに気付くことなく、右耳の縁が少しだけ欠けた一人のヌンタルが答える。