顔立ちは、なかなかいい。すっとした鼻筋に、色白の肌。淡く血の色が滲む頬も、果実か何かを連想させる唇も、共に艶やかだ。加えて毛並みも悪くない。耳としっぽに刻まれた縞模様。黒と銀の配色は、バンヤラヌ辺りの出身で間違いないようだが、その色味と深さは並外れている。黒は夜空の漆黒、銀は月の煌き。特に、その銀をさらに深く輝かせたかのような髪は、触れずともしなやかで柔らかい。
だが、そんなことよりもキャンディが注目したのは、彼の瞳であった。向かって右は海の色。向かって左は太陽の色。
そこで、首を傾げる。
昔々、まだこの国が、トロナという名すら持っていなかった古代。このような目をした高貴な一族が、住んでいたという。もちろんこれは伝説として語られている話で、それが証拠に、そんな目をした一族など、この現代にはいない。伝説そのものも、知らぬ者が多い。それなのに……。
光文字が、少し躊躇う。
まあ、単なる突然変異だろう。青と緑、緑と黄。そういう組み合わせなら結構ある。確かに金と青の取り合わせは、これまでに見たことも聞いたこともないが。そんなことより――。
キャンディの目が、少年の足元に落ちる。そしてまた、顔に戻る。光文字が端的に、キャンディの心を水晶板に記す。
服、みすぼらし。報酬は望めず。体よく、追い払うべし。
「……で」
キャンディはがっちりとした木製の机にそっと両肘をつきながら、一応の笑みを作って少年を見た。
「わたしに何の用だ、少年」
「あっ」
少年の頬が、軽く上気する。肌が抜けるように白いので、その様が美しい。
「すみません。僕、まだ名前を。あの、ニコル・ベルファンと言います」
「ニコル・ベルファンね」
肩先でうねる黄金の髪を揺らし、キャンディはそう呟いた。光文字がその名を刻むのを見届けてから、声を出す。
「で、ニコル。わたしに一体、何の用だ?」
「あの……僕」
「先に言っておくが、わたしの仕事は高くつくぞ。小づかいをどれだけ溜めたかは知らぬが、仮に子犬一匹探すとしても、最低――」
「僕を、エトール山へ連れていって下さい」
光文字が止まる。つまりは、キャンディの思考が止まる。連ねられた文字の一つを凝視する。
十三、四くらいかと思ったが、やたら老け込んだ七、八才なのかもしれない。お伽話に出てくる山に、連れてけだなんて。
「僕、どうしてもそこに行かなくちゃいけないんです。だって僕は、僕は……」
金の目がきらりと光り、青の目がほんのりと翳る。
「人間なんです」
水晶板が、割れた。だがキャンディは、それを無視した。呆然と少年を見つめる。一つの想いが溢れてくる。
可哀想に……。
キャンディは深く息を吐いた。その音に、少年の耳がぴくりと震える。耳と同じく、黒と銀の縞模様が刻まれたしっぽの先が、落ちつきなく揺れる。
気の毒だ、とは思う。どんなに見目麗しく生まれても、仮に高貴な血筋の者であったとしても、このように頭が壊れていては、生きるに難儀であろう。着ているものから察するに、保護者はいないらしい。そんな状態で、どうやってこれまで生きてきたか。これも想像するに、ますますの憐れを誘うが。
キャンディの口から、また溜息が漏れる。
だからと言って、自分にはどうすることもできない。このところ、ずっと仕事に恵まれていない。ついこの前も、ガシャ爺が飼っている羊が逃げたというので、シャルマル森まで探しにいったが。すでに狼どもに食われた後で、無報酬だった。しかもその時、狼と戦闘になり、剣を一振り、さらには魔唱球二個を駄目にした。
斜向かいのメルンダに、落とした指輪を探してくれと頼まれた件も悲惨だった。バカほど値の張る魔幻鏡一つを消費して、見つけ出したまでは良かったが。彼女の家に届けに行った時、運悪く旦那がいた。つまりその指輪は、彼女の伴侶からではなく、別の男から贈られたものだったのだ。
嵐のような夫婦喧嘩を目の当たりにして、ほとぼりが冷めてからと思ったのが間違いだった。いつの間にか離婚して、メルンダは町を去ってしまった。当然、これも無報酬だ。
よって、正直、今は自分のことで手一杯の状態だ。家賃だって、もう三ヶ月溜めている。とてもじゃないが、己のことを人間だと、お伽噺の中だけに存在するモノだと。そんな夢見る少年と、遊んでいる暇はない。
とは言うものの、このまま無下に放り出してしまうのも、忍びないし。さて……。
キャンディは、純白の長い毛に覆われたしっぽを、二度、小さく振った。
「ニコル。悪いが、仕事は受けられない」
慎重に言葉を選び、反応を確かめながらゆっくりと話す。
「だが、それでは行くところに困るというのであれば、二、三、心当たりがある」
切なそうなニコルの目が潤む。キャンディはそこから視線を外して続けた。
「まずは、ここを出て右、四軒隣りの鍛冶屋。弟子入りした最初は、ただ働きとなるが。食うに困ることはない。きつい仕事だが、技術をつければ一本立ちも可能だ。もう少し手軽なものがいいのなら、サルサマ通りの肉屋があるが。ちょいとここの親父は、口より先に手が出るのが問題でな。機嫌を損ねないように、上手く立ちまわる必要がある。後は、ヘラのところの酒場で働くのも手だが。しかしこれは、お前の年では難しいかもしれんな。金にはこれが、一番なるが」
「お金なら、あります」
いかがわしいヘラの店を紹介したことに、後悔を覚えるような澄んだ声。思わずキャンディは顔を上げた。瞳と瞳がぶつかる。
「お金なら、あるんです……いえ、正確には、それに代わるものが。宝石なんだけど」
いかん……。
キャンディは、開きかけた口を、強靭な意志でもって封じた。
危うくその無垢な瞳にほだされて、『しばらくここにいるか』と声をかけるところであった。この上、あの煤けた服の下から、宝石だと信じている、がらくた石なんぞを出されでもしたら。取り返しのつかないことを言ってしまいそうだ。
今月中に滞納している家賃を払わなければ、こっちが路頭に迷ってしまう。
心の中で一つ気合いを入れると、キャンディは毅然とした声で言った。