星の煌きを纏ったブルー・スターが、洞窟全体を明るく照らす。その力で、全ての者の心を釘付けにする。
唯一、カイ・グランという名の者を除いて。
「新たなる主」
カノートが、銀の軌跡を描く。
「キャンディ・キャットの元へ発て!」
悲鳴はなかった。その目になおも青き星の光を宿しながら、レンダスの首は、体から転げ落ちた。
「行け! キャンディ!」
カノートが、唸りを上げる。その音に、兵士達が我に返る。
一斉に抜かれた剣が、残忍な光を帯びて迫る。右に弾く。左に弾く。がしりと受けとめ、それを力任せに撥ね退けながら、再びカイは叫んだ。
「何をしている! キャンディ!」
「……あっ」
掌の中にある青き宝玉から、ようやくキャンディは視線を外した。顔を上げたその瞬間、カイのカノートが血吹雪を散らす。
カイ……。
キャンディは、ブルー・スターを胸元に押し入れた。腰の小袋から、二つの楔形をした白い魔唱石を取り出し、それをルウに向かって投げる。
「ルウ、その――」
「分かっとる。それより、早う!」
みなまで言わせず、ルウが叫んだ。その音に押されるように、キャンディが聳え立つ柱に向かって爪を立てる。
「ニコル、クロノス、ここへ!」
ルウの声が、鋭く飛ぶ。いつもはゆったりと話す言葉が、きびきびと動く。
「ええか。これは結界魔唱石といって、持つ者の気を使って結界を張ることができるんや。呪文は僕がかけるさかい、あんたらは両手でしっかりこれを持って、精神を集中させるんやで。分かったな。ほな、まずニコルから」
ルウは、魔唱石一つをニコルに渡し、それを抱える彼の手ごと、包み込むように自らの手を合わせた。
「しっかり、石を見つめるんやで」
ルウの声に、ニコルが頷く。金と青の瞳で、白い光沢のある石をじっと見つめる。ルウの声が、静かに響く。
「トウ・レンシャム」
白い色が、ふわりと膨らむ。そのまま薄く伸び、ニコルの体をすっぽりと覆う大きさまで、丸く広がる。白い色が外に向かって流れ、球体の外輪で輝く。
「よっしゃ」
透明な球体の表面に、白い光がさざなみとなって模様を刻む。その中央で、すっかり色の抜けた魔唱石を握り締めるニコルに向かって、ルウは鋭く言った。
「そのまま、気、抜いたらあかんで。次、クロノス」
「あっ……うん」
「トウ・レンシャム」
魔唱石の白が滲む。だが、輪郭がわずかにぼやけただけで、それは元に戻ってしまった。
「あっ」
クロノスの顔が歪む。石を握り締める手が、震える。
集中しなければ……。
と、クロノスは思った。しかし、思えば思うほど、焦り、気持ちが定まらない。耳に聞こえる、剣と剣との鬩ぎ合う音が、さらに心を乱す。自分のような、伏した耳をも激しく貫く、断末魔が体を縛る。
今のは誰の声だ? 兵士か? それとも……。
「クロノス」
「お……俺」
「クロノス、落ち着くんや」
「カイは――カイは?」
「大丈夫や。だからクロノス、あんたはあんたで、自分のできることをやらなあかん。ここに、気持ちを――」
ルウは、息を呑んだ。一瞬、何が起こったのか分からなかった。自分の呼びかけに、クロノスが俯いていた顔を上げ、大きく頷こうとしたその時、鈍い音がそれを遮った。
ぐらりと、クロノスの体が揺れる。
「ぐふっ」
鮮血が、クロノスの口端から、一筋垂れる。そして、それよりも大量の血が、地に溢れる。腹に突き刺さった一本の槍を伝って、なおも増す。
「クロノス!」
ルウの絶叫を、カイはその背で聞いた。だが、振り向くことはできなかった。目の前に現れた新たな影に、身も心も囚われる。鈍い朱色の鎧を纏った騎士達。いや、朱ではない。元は黒。漆黒の鎧が、血に塗れて赤く光る。
カイが低く呻く。
「追ってきたのか……ゲルラッテン……」
異様な色に染まった黒衣の騎士達を睨む。
「一体、どれだけ殺した? ここに辿りつくまで、どれだけ――」
「皆殺しだ」
感情の一欠けらも感じさせぬ冷たい声で、ゲルラッテンは言い放った。
「目に映るもの、全て」
「な、なに?」
沈黙したカイに代わって、王都の兵士が荒々しい声を上げる。
「まさか、外に待機させていた小隊を、みな――」
それが、その兵士の最期の言葉だった。
「渡せ」
新しい血を全身に浴びながら、ゲルラッテンが静かに言う。
「ブルー・スターをよこせ」
黒い目が、カイを見据える。そこに、狂気は見受けられない。どこまでも穏やかな、泰然とした姿。
いや、それこそが、真の狂気か。
王都の兵士達が、次々と切り捨てられていく音を耳にしながら、カイは苦々しく呟いた。
「邪魔者は、皆殺しか」
「お前もそうだろう?」
にたりと、騎士が笑う。血肉を食らった直後のような、毒々しい赤が口元から覗く。
カイの顔に、歪な笑みが浮かぶ。
「そうだな」
自嘲するように言うと、カイはカノートを大きく振った。
ゲルラッテンと同様、血に染まった剣が、辺りに飛沫を巻き散らす。
「だが……」
剣を構える。カイの瞳に沈んだ火が灯る。その火が徐々に、澄んでいく。
「それも、これで最後だ」
「最後?」
粘着性の帯びた声で、ゲルラッテンは尋ねた。槍を持つ手に力を込める。両者の間に、張り詰めた気が漲る。その気が、時を縛る。
「そうだ」
カイの唇が、動きを伴わぬまま音を紡いだ。微かに震えたカノートが、極限にまで硬質化した空間を、止まった時もろとも、切り裂く。
「お前も俺もな!」