短編集2                  
 
  例えばそれも〜とある日常〜  
           
 
 

「今、我々は、重大な局面にあるのだ。恐るべき侵略者の攻撃を受け、多くの仲間が命を落とした。その暗黒の時代が、ようやく終わりを告げようとしている。この作戦が成功すれば、必ずや我らは勝利するであろう。それだけ、重要な作戦なのだ。分かったかね」
「いや……」
 武は首を捻った。
「さっぱり」
「作戦はこうだ」
 軍服男はえらく簡略化した地図が描かれている紙を取り出し、構わず続けた。
「現在、憎きギガリオンはこの地点にいる。我らが最終兵器、ディアスバンダーはここだ。内蔵されている核融合エネルギーでディアスバンダーを動かせる時間は、きっかり三分。この距離では、まだ発進させることができない。そこで、我々の手で、ギガリオンをこの地点まで誘い込まなければならない。基地のほとんどを失い、大した武器も残されていない今、作戦の遂行は困難を極めるであろう。だが、これをやり遂げなければ、我々に未来はないのだ。今度は、分かったかね」
「いや……」
 武はまた首を捻った。
「さらに、さっぱり」
 傍らで照もフリフリと首を振る。
「で、君の任務だが」
 軍服男は機関銃のようなものを取り出し、武にそれを押し付けながら喋り続けた。
「残った全兵力を三部隊に分ける。第一部隊、″純白の正義″は、ディアスバンダーが、無事発進できるまで基地を守り、発進後はその援護をする。戦闘能力の高い者をここに集める。第二部隊、″蒼き誇り″は、ギガリオンの背後に回る。TM−201地雷、これを三重に設置し、とどめにこの発電所を破壊する。やつの退路を一時的に塞ぐのだ。それなりの技術を有する者が、これにあたるだろう。最後に第三部隊、″紅の自由″。この隊に必要なものは勇気のみ。しかし、最も重大で、かつ最も過酷な任務でもある。この部隊の成功が、我々の勝利の鍵を握ることとなるであろう。君には、この第三部隊に入ってもらう。もう、分かっただろう?」
「え〜と、僕が第三部隊に入るってとこまでは……」
 もそもそとそこまで言うと、武は慌てて大声を出した。
「でも、僕、入りませんからね。何だかよく分からないけど、その第三部隊とかには。もちろん、第一も、第二も。大体、そんなことを急に言われても――」
「これは自由を守る戦いなのだ」
 軍服男の眉が、急に吊り上る。
「我々の自由を害する者は、何人であろうと、いかなる理由であろうと許さない。君は、そう思わないのかね」
 激しく咎めるような口調に、武は口篭る。
「そ、それとこれとは」
「これは、誇りを賭けた戦いなのだ」
 軍服男の口から、白い泡が吹き出る。
「誇りを傷つけられて、君は怒りを感じないのか」
「だ、だ、だからあ……」
「これは正義の戦いなのだ!」
 軍服男の目は血走り、焦点も合わなくなってきた。
「これは正義だ。正義なのだ! 君は正義のために命を投げ出す勇気を持たぬ、腑抜けなのか!」
「うぅっ……」
 尋常ならぬ気迫に押されながらも、武は懸命に主張した。
「そもそも、僕は、多分……関係ないわけで。つーか、それ以前に、命とかって、そう、簡単に――」
「関係ない? 簡単に? きさまぁっ!」
「隊長、まあ落ち着いて」
 今にも軍服男に、そのままの意味で噛み付かれるのではないかと思った武を助けたのは、金髪女だった。
「彼はまだ、現実を把握していないのです。自分が時間と空間を超え、このパッポンピッポロ星に来てしまったこと。そしてそこには、今まで彼が過ごしてきた日常と、あまりにもかけ離れた日常が存在しているということを。きっと彼は、争いのない穏やかな生活しか知らないのよ。そんな彼に、いきなり前線に立てと言うのは」
 真面目な話なのに、妙に甘ったるい声を出し続ける金髪女に、武は強く同意の頷きをした。
「それにそもそも、自由や誇り、正義のためになんて……。そんなことに命を賭けろというのは、無茶だわ」
 武はまた強く頷いた。
「命は、愛のために賭けるものよ。ねえ、坊や」
 武は頷いた。はずみで……。だが、そのはずみを金髪女は見逃さなかった。
「ほらね。愛のためなら、彼だって戦えるのよ」
「……えっと……え?」
「可愛い彼女を守れるのは、あなただけ。そうでしょう?」
 雲行きが怪しいのを感じながらも、武は言葉を受けた。
「……可愛い……彼女……」
「そう。か・の・じょ」
 金髪女は微笑みながら武の隣りを指差した。振り向くと、照が何故か、瞳をうるうるさせている。
「武ちゃん……照、嬉しい!」
「……えっ?」
「照のために、武ちゃんは命を賭けて」
「……えっ、えっ、え〜っ?」
「大好き! 武ちゃん」
 そう言うと、照は武に抱きついた。
「え〜〜〜〜っ?」
 驚愕の声を発しながらも、武は照を抱きしめた。
「ふっ、愛か。まあ、それもいいだろう。健闘を祈る」
 軍服男が、まるで台詞のようなクサイ言葉を吐くのを、武は頭の後ろの方で聞いた。
 何が何だか、分からない。
 人は、こんな状態で、命を賭けたりすることができるんだ。突き付けられた、現実さえあれば――。
 遠くで呟く自分の声に、「本当にね」と答えながら、武は虚ろに照の頭を撫で続けた。

 

 
 
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