「まさか、まさか本当に――」
「信じてもらえました? 私が未来から来たっていうこと」
んなもん、信じられるか!
俺は心の中でそう叫んだ。本当は大声で喚きたかったが、画面の映像がそれを許さなかった。ただ食い入るようにケータイを見つめる。そんな俺に、友里が神妙な面持ちで言葉をかけた。
「勝手に撮影して、すみませんでした。でも、こうするのが、一番ご理解を頂きやすいので。サンプルで撮ったこの映像は、すぐに消去致しますね」
友里は画面をこちらに向けたまま、器用にケータイを操作した。「ALL DELETE」の文字が出て、信号音と共にその文字も消える。
「はい。これで完全に消えました。それでは、納得して頂いたところで、契約の話を」
「契……約?」
意味も分からず、俺は言葉尻を反復した。友里に笑顔が戻る。
「ええ。実は山中博文さん、あなたは未来において高名な方なのです。ある種、英雄的なくらいに」
「……へっ?」
およそ未来の英雄らしからぬ間の抜けた声を、俺は出した。
「本当なんですよぉ」
きらきらとその目に星を宿しながら、友里は続けた。
「もうみんな、あなたと結びたがっているんですから、独占契約を」
「独占……契約?」
俺はまた、意味も分からず、最後の言葉を反復した。笑顔のまま、友里が言う。
「ええ、つまり、あなたという人間の生い立ち、その他、プライベートな部分の公開許可を、わがムーンライズTVに任せて頂きたいのです。もちろん、山中さん自身が、公開しても構わないと指定したものだけを」
「そんな契約をするため……ここに……」
「はい。昔は割と自由に取材ができたのですけど。悪質なメディアが増えて、何でもありの状態になってしまって。近年、法律が改正されたんです。プライバシーの保護を、過去の人間にも遡って適応させることに。私達の時代では、個人の承諾なしに、いっさいの情報公開は禁止されています。仮に犯罪者であっても、それが軽犯罪の範囲なら、同様に本人の許可を必要とします。それだけ厳しく、プライバシーは保護されているのです。よって、過去の人間の場合も、本人の承諾なしに勝手な報道をすることができなくなったのです」
「……ふ〜ん」
と、俺は言った。そうとしか、言いようがなかった。とりあえず、彼女の言葉をまとめてみる。
「要するに、あんたは俺の承諾を取りにきたってわけだ。このケータイ――かどうかは知らないけど、さっき映ってたような画像の使用許可を」
「その通りです」
にっこりと友里が笑った。
「さすがですね。こんなに早く、状況をご理解なさるなんて。何度か私、こういった取材に出ていますけど、あなたほどの方はいませんでしたわ」
すらすらと流れる言葉が、妙に軽い。明らかに、それが頭の、もしくは心の中心を通っていないことは、鈍い俺でも感じられた。薄紅色の艶のある、光る唇だけの意志で友里は語る。
「では、早速ですが、具体的な契約内容の方を。決まりごとがたくさんあるので、ちょっとややこしいですけど、頑張って下さいね」
一種の空々しさを覚えながらも、俺は頷いた。それほど彼女の笑みは、魅力的なのだ。
「まず、情報公開にはレベルが設定されています。全部で五段階。レベル1からレベル5まで。数が大きいほど、情報量も多い。もちろんその分、支払われる報酬も大きくなります」
「報酬?」
俺はよどみなく進む彼女の声を堰き止めた。
「お金、もらえるわけ?」
「もちろんですわ。ただ、規定で本人には支払われないことになっていますが」
「じゃあ、誰に? というか」
金の話になって、急に積極性を帯びるのもどうかと内心思ったが、気になったので俺は尋ねた。
「なんで本人に払わないんだ?」
「その理由は」
あらかじめ予期していたように、事務的な口調で友里は続けた。
「本人がお金を手にすることで、未来が大きく変る可能性があるからです。恵まれない境遇に奮起して偉業を為すはずだった人が、小金を持ったことで満足してしまったり、貧しい生活があればこその名作が、そのお金を得たことで誕生しなかったり。そんなことになったら、まずいですからね。だから、本人への支払いは禁止されています。代わりにお身内の方、あなたの場合は奥様、お子様、ご両親、ご兄弟など、三等親内の方全てに権利が生じます。その中から、どなたかお一人でもいいですし、何人かで均等に分配なさっても、もちろん構いません。山中さんのご希望通りに致しますので」
「でも、それって」
納得しそうになりかけて、おかしなところがあるのに俺は気付いた。
「結局、未来に影響するような。かみさんに金が入るって分かったら、その時点で俺は――」
「ああ、本当にあなたは素晴らしいですわ!」
大げさに両手を打ち合わせて、友里は言った。
「その部分こそ、最も難題であったところなのです。実は少し前まで、支払いは本人にされていました。ただし、先ほどの問題がありますので、契約事項に一つ条件があって。すなわち、予定通りの有名人とならなければ、契約は無効という項目が記されていたのです。これで、本人が何がしかの事を成さなければ、報酬金は支払われない、すでに支払った分も、取り返すことができるようになりました。ようやく一件落着と思われたのですが、まだ大きな不備がありまして。これでは肝心なこと、つまりは未来における具体的な記述を、契約書に盛り込むことができない。ちゃんと事を成し遂げたのに、それは違うと突っぱねられても、本人は確認のしようがない。つまりこの方法は、取材される側にとって、あまりにも不利となっていたのです。よってその後、何回かの改正が試みられ、ようやく、支払いを本人以外に指定してもらい、そしてその人と詳細な契約を結ぶという形となったのです」
友里はそこで少し間を開けた。頭の中で反芻しながら話を消化する俺が、追いつくのを待つ。未消化部分も多かったが、とりあえず俺は、促すように彼女を見た。友里の言葉が続く。