短編集3                  
 
  プライバシー買います  
           
 
 

「ということで、次のレベル3は、動画の公開が可能となります」
 俺の心境の変化に気付いたのか、そうでないのか。少しよそよそしい表情で彼女は続けた。
「ただしそれらは公の場、必ず第三者の目があることが条件となります。このレベル3は、いろいろな状況によって特例が認められているので、ややこしいのですが。例を上げると、あなたがカフェに出向いて友人と談笑しますよね。この場合、友人という第三者がいるので、その様子の一部始終が公開対象となります。でももし、あなたが一人でカフェに出かけ、一時を過ごしたとする。その場合も、カフェにはたくさんのお客がいて、いわゆる第三者の目が存在するわけですが、実際のところ、彼らがあなたを見ているとは限らない。つまり第三者の目に、あなたが晒されている確証はない。この場合、公開は不可となります」
 友里はそこで、小さく息をついた。俺はもちろん、ふ〜んなどと言ったりはしなかった。心の奥を探られるのはご免だ。一つ疑問がわいたのだが、それを口にすることはできない。ただ尋ねるのに、何も含むところはないのだが、やっぱり気持ちが進まない。
 俺は黙ったまま、じっと彼女を見た。少し戸惑うような表情で、大きな目が見返してくる。その瞳が、柔らかく煌く。
「失礼致しました」
 友里は、耳のピアスを外しながら言った。
「ここまでで、何かご質問はありますか?」
 いい子だな――と、思ってしまう。
 当たり前のことなのだろうが、俺はいいように解釈した。そうさせる力が、彼女にはあった。要するに、タイプなのだ。思えばそのタイプというのも、よくよく俺のことを調べた上のことなのかもしれない。いい契約を取るために、彼女にその役が回ってきた、そういうことなのかもしれない。でも、それでもいいと俺は思った。彼女の純朴そうな笑顔の裏に、何が隠れていようが、手に持ったピアスが、本当にそれで役目を終えたかどうかも、俺はもう、気にしていなかった。彼女の問いに、素直に答える。
「一つだけ、疑問に思ったことが。友人との会話が流れるってことは、俺だけじゃなくその友達の情報も、公開することになるんだよね」
「その通りですわ」
 きゅっと口元を結んで、彼女は一つ頷いた。
「当然、お友達の方の許可も、取ることになります。その場合も、契約したレベルに応じる形となりますので、レベル格差のある場合は、ちょっと変った映像になりますね。例えば、本人様はレベル3、ご友人の方がレベル2の場合、お友達の方は静止画像のまま、会話文のみテロップで流れるなんていうのも。文字での公開も拒否された場合は、それもできません。その場合は、大概ボツになりますね。片方だけの会話なんて、視聴者の方にとってはイライラの元にしかなりませんから。会話の途中で、やたらピー音を被せるのと、同じくらい」
「なるほどね」
 俺はそう言って、少し笑った。
 未来にも、あの鬱陶しいピー音だらけの番組はあるんだ。人は、よっぽど他人の噂話が好きらしい。まあ、そのお蔭で、俺のプライバシーにも値がつけられるわけだが。
「では、次のレベルについての説明をさせて頂きますね」
 彼女の声が続く。
「レベル4。これもレベル3と同じく第三者の目が必要となります。ただし、その場所は公に限りません。例えば、自宅での家族団欒、友人宅でのパーティー、会社において、密室での重要会議などが当てはまります。私どもと致しましては、このレベルでのご契約を望んでいるのですが」
「う〜ん」
 俺は腕を組み、首を捻った。
「そこまで公開するのは、かなり抵抗を感じるな。誰か別の人間さえいれば、密室での出来事もあからさまになるなんて。よほどの善人じゃない限り、一つや二つ、他人には知られたくないことがあったりするもんだからね。特に、仕事がらみとなると、良い人ではやっていけない部分があるし。それに変な話、かなり私的な、例えば夜の、そういうのまで報道されることになるんじゃ――」
「それは心配いりませんわ」
 ころころと、軽やかな音を立てて友里は笑った。
「そういうことに関しては、別の規制がかかりますから。公序良俗の観点から見て、問題ありですからね。それに、このレベル4も、公開には第三者の承諾が必要となります。会社として、情報漏洩となる会議であった場合、当然不許可となるでしょうから、公にはできませんね。もっとも、その密談が法を犯すものであれば、逆に告発権が適用され、明るみとなってしまいますが」
「でも」
 俺は反論した。
「そんな例って、まず起こらないんじゃ? 悪巧みしている奴が、わざわざ自分のプライバシーを公開したりしないだろう?」
「映像には、前後があります。幅も、奥行きも」
「……う……ん?」
「つまり、当の本人は何も悪くなく、普通に会議が行なわれたとします。そして会議が終り、そこにいた者の一人が、上司に何か耳打ちをしたとします。その何かを、本人は知らない、知るすべもない。たとえそれが、法に反する悪事の相談であったとしても」
「なるほど……」
 俺は感心しながら頷いた。
「そういうことか」
「ええ。プライバシーを保護する際、一番問題となったのがこの部分です。不正や悪事が規制によって、闇に埋もれてしまうのではないか。真実が光のもとに晒される機会を、失うのではないか。でも、このシステムによって、その懸念は無用のものとなりました。一人のプライバシーの公開により、隠れている悪事、あるいはこれから起ころうとする事件などを暴くことができる。そして厳しい契約により、個人のプライバシーをも同時に守る。やはり、お勧めはレベル4ですね。場合によっては、未来にも繋がるような悪事が、そこに潜んでいるかもしれない」
「うん」
 俺に異存はなかった。かなり、いいことだと思った。気持ちは固まったが、一応もう一つを聞いてみる。
「ちなみに、レベル5ってのは、どうなるんだ?」
「これは」
 彼女は目を伏せ、首を横に二回振った。
「もともと、凶悪犯罪者の見せしめ用に作られたレベルです。そういう犯罪を犯したものは、契約対象外となり、本人の承諾なしで公開が可能となりますから。このレベルは第三者の目を必要としません。一人で部屋にいる時、風呂、トイレの中まで、映像的に他の規制がかかる場合もありますが、基本的には何もかも、洗いざらい暴いてしまいます。はっきり申し上げて、このレベルまでくると、事件とは何の関係もない、ただ悪趣味な野次馬心を満たすだけの効果しかありません。よって当局では、自主的に規制をかけています。それに」
 そこで彼女は言葉を切った。真摯な目だ。きらきら輝く澄んだ瞳がじっと俺を見つめる。
「法は、ただの規範にしか過ぎません。最低限の基準を示しただけの。一つのことを為す時、それが正義であるか否か。法だけではなく、自らの心に照らし合わせる必要があると、私達は考えています。その結果が、レベル4までの公開厳守なのです」
 えらい!
 俺は心の中でポンと膝を叩いた。彼女は信用できる、そう思った。その気持ちが言葉となる。

 
 
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