| 嘉永6(1853)〜文久2(1862) |
<要約>
| 安政3年(1856)、総領事ハリスが来日した。ハリスは、通商開国を強く求め、安政4年末には日米修好通商条約の案文が定まった。安政5年(1858)、幕府は調印前に勅許を得ようとしたが、孝明天皇の強い上位の意思もあり、勅許を得ることはできなかった。幕府は結局、勅許なしで調印をしたが、このことは尊攘激派の強い反発を買った。 |
| 将軍:家定 |
首席老中:堀田正睦 |
政務参与:徳川斉昭 |
| 天皇:孝明 |
関白:鷹司政通 →九条尚忠(59) |
*年齢は安政3年(1856)時 |
◆アメリカ総領事ハリスの来日
ペリー来航から3年たった安政3年(1856)7月、ハリスがアメリカ総領事として下田に赴任した。ハリスの第一の目的は通商条約を結ぶことであった。ハリスは将軍に拝謁することを強硬に要求し、翌安政4年(1857)10月に、江戸城において家定との謁見を果たした。 |
安政4年(1857)6月、かつて斉昭と組んで幕政を行ってきた老中阿部正弘が病死した。以後、斉昭と幕閣との連絡はほとんど絶え、7月、斉昭は内顧により政務参与を免じられた。 |
2.和親条約と幕政改革
4.将軍後継・条約勅許問題
更新:2000/5/20
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<主な参考文献>
『逸事史補・守護職小史』・『徳川慶喜公伝』・『昔夢会筆記』・『会津松平家譜』・『京都守護職始末』・『会津歴史年表』・『幕末政治家』・『覚書幕末の水戸藩』・『開国と幕末政治』・『幕藩体制解体の史的研究』 |
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