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6.御陵衛士(4)伊東甲子太郎・永倉新八らの島原流連説に疑義
慶応3年1月1日〜4日、島原で酒宴を楽しんでいた伊東甲子太郎・永倉新八・斎藤一が、隊規違反を犯して居続けたという逸話があります(『新撰組顛末記』)

この日、正月ということで島原は休みでしたが、伊東は永倉・斎藤・服部・加納・内海・中西・佐野・三樹らを引き連れて島原にくりだし、あひるや酒を買って角屋に登楼したそうです。羽目をはずして大騒ぎをしているところ他の隊士20名ほども参加して大宴会になったとか。

新選組では隊士の放縦を防ぐ手段として門限に遅れるものには処罰をしており、役付きのものが門限を破ると切腹だというので、他の隊士は門限に遅れないよう帰ったそうです。しかし、伊東は一向に帰る様子がなく、「今夜は酔っ払ったので無粋な隊に帰りたくない。あとはわたしがひきうけるから今夜は飲み明かそう」と帰ろうとせず、永倉・斎藤も酔っているので伊東に万事を任せて帰るのをやめました。そのまま「どうせ切腹だからこの世の思い出に思い切り飲もう」と3日3晩飲みつづけ、しびれをきらした近藤からの使いでようやく帰隊しました。

近藤はかんかんになっており、処分を決める間、伊東は近藤の間、斎藤は土方の間、永倉は別室で謹慎を申し付けられたとのことです。しかし、さすがの近藤・土方も、隊士の反対を恐れて伊東・永倉・斎藤を切腹させることができず、伊東・斎藤は2〜3日、永倉は6日の謹慎で許されたそうです。永倉の謹慎が長かったことについて、永倉は近藤非行五箇条を会津候に訴えた一件を根にもたれていたからだとしています。

もしこの逸話が事実なら、酒好きの伊東・永倉・斎藤の面目躍如というエピソードですが、事実だったとすると、切腹承知で飲みつづけた伊東の真意(豪胆というか・・・単なる酔っ払いだったかもですが:笑)、伊東らの隊における地位、永倉と近藤の二年越の反目、この時期の伊東・永倉・斎藤の結びつきを考察する面白い材料だと思います。ただ、顛末記は永倉の自慢話に流れるきらいがあり、島原で飲みつづけたのがこの3名だけでない可能性もあります。また、永倉は伊東に巻き込まれた風に言っていますが、謹慎の長さからも、近藤に不満をもつ永倉が伊東をまきこんだ可能性も考えられます。

◆慶応3年説への疑義

さて、これは有名な逸話ですが、永倉直筆の報国記事の方にはかかれていません。顛末記はもともと大正になってからの永倉の回想談を記者がおもしろおかしく書いたもので、史料性には疑問があり、また年号などの記憶違いもしばしばみられます。わたしは、この話が実話であったとしても慶応3年のことではない・・・と思っています。それは、主として慶応3年正月とすると孝明天皇崩御直後であり、島原での豪遊は考えにくい、という理由によります。

◆孝明天皇の崩御

実は、孝明天皇が崩御したのが前年の慶応2年12月25日。大喪が発せられた(崩御が公表された)のが同月29日。伊東らが島原にくりだしたとされる2日前のことでした。30日には諒闇(服喪)につき、年始・松飾・・餅などの新年の儀や鳴り物は禁止というお触れが町に出されていました。また新選組の上司である京都守護職松平容保は孝明天皇の信任篤く、会津藩では大変なショックを受けていたようです。

まず、京都守護職お預かりである新選組の隊士が、天皇の喪が発せられ、年始や鳴り物が禁止された直後に島原で騒ぐというのはありえないのではないかと思います(隊規違反どころの騒ぎではすまないでしょう)。

また、島原にしても、いくら新選組が乗り込んだからといって、年始・鳴り物停止等のお触れに違反して店をあけるでしょうか。そんなことをすれば、営業停止どころですまなかったはずです。(昭和天皇の死後しばらくの自粛ムードもかなりのものでしたが、このときの孝明天皇の服喪は比較にならないほど深く、また強制力もあったはずです)。

それに、お触れがどうのという以前に、天皇崩御直後というときに、勤王派の伊東がわざわざ島原に繰り出し、愛妓をはべらして肉料理と酒で大騒ぎするのは不自然だと思います(戦略的にもマズイでしょうし)。新選組の他の人々も伊東ほど強烈な勤王意識はもっていなかったかもしれませんが、こんな時期にどんちゃん騒ぎをするでしょうか。痛飲というには度が過ぎていますし、痛飲なら、原因である孝明天皇の崩御について触れられていないのも不自然です。


<参考>
『史談会速記録』、『新撰組顛末記』、『新選組戦場日記』、『孝明天皇』、『幕末維新京都町人日記』、『京都守護職始末』、『七年史』、『新選組史料集コンパクト版』

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