[AM9:40 若駒寮・食堂]
俺と片山は、質素なテーブルに向かい合って食事を始めた。
「……そういえば、大事なこと言うの忘れてた」
いつもの通り、話題を振るのはやつの方だ。
「今日のパーティーの件だけど、篠崎に直接誘いかけるの、どうしても俺がやりたいんだよ。だから、もし今日あいつに会っても言わないでくれよ」
「え……まだ言ってなかったのか?」
そういうのは早い方がいいんじゃないのか、という言葉を飲み込む。
「まだまだ。ベストタイミングはだいたい昼の12時頃かな。それより早いと心変わりされるかもしれないし。それに、誘うときだって誕生日パーティーだなんて言わないよ。そんなこと言ったらあいつ、照れ隠しで『絶対行かない』とか言い張るからさ」
確かにそうだ。篠崎は、おとなしそうに見えても結構気が強くて意地っ張りだ。素直に喜ぶ方法を知らないのではと俺は思っているが。
「しかし……パーティーって言わずに、どうやって誘うんだ?」
「単に『連れていきたい店があるからつきあえよ』って言って連れてって、店に入ったらお前と真理子ちゃんがいて、みんなで『おめでとう』って……いいだろ? これ。あいつだって大喜び間違いなし」
「……そう上手くいくか?」
ほんの少し前の過去さえも意識していない片山の言葉に、俺は口をはさんだ。
「俺の想像だと、あいつはお前が近づいていった時点で逃げると思うぞ。今までの状況から推理したら、誰だって同じ結論じゃないのか?」
篠崎は普段からあからさまに片山を避けている。本人の言葉を借りると「騒がしいから迷惑」だそうだ。
ただ、それが篠崎の本心かどうかはわからないし、逆に片山が篠崎に近寄る理由も「友情」とは限らない。自分以外の……いや、自分自身の気持ちさえもわからない。人間とはそういう生き物だ。
だから俺も、無駄なことだと知りながらも、自分以外の誰かのために心を曇らせたりもする……。
「まあ……それが最大の問題だな。でも、何とかしてみせるさ。人の心を開かせるには、誕生日を祝うのが一番。今日を逃すわけにはいかない」
「……そうだな」
本当に、お前は篠崎の心を開かせたいのか……?
その疑問の答えを求めて、俺は片山の目を見ようとした。人の感情が一番よく表れるのは目だと聞いたことがあるからだ。
だが、思いとどまった。
……俺は、もう二度と人を観察しないと誓ったはずだ。これ以上、無駄に傷つかないように……。