この物語の前ページを読む


[AM9:50 若駒寮・食堂]

そのとき、食堂の入口から、俺と片山のもとに走ってきたやつがいた。
「長瀬くんじゃない! お久しぶり!」
桂木だった。関東の同期では紅一点、この片山といい勝負の元気さを誇る女だ。肩に触れるほどのサラサラの髪や輝かしい瞳はなかなか綺麗だとは思うが、どうもそっち方面の感情は湧かない。どこまでも親しくやれそうな永遠の仲間、といったところだろうか。
「よう、しばらくぶり」
俺は自分の隣の椅子を引いてやった。
「ありがとう!」
しばらく会わなくてもこのパワーは衰えなかった……どころか、一層強くなったような気がする。そんな桂木は、食堂中の全員に聞かせるような大声とともに俺の隣に座った。
「それにしても、あなたがここにいるなんて。ね、いつ帰ってきたの? なんでいきなり?」
……たたみかけるような質問は、俺の中に答えではなく、別の疑問を作り出していった。
「俺が昨日呼び戻したんだよ。今日、篠崎の誕生日パーティーをやろうと思ってさ」
俺に代わって片山が答えたが、それもまた疑問に変化した。
「篠崎くんの!? そのためにわざわざ北海道から戻ってきてくれたの!?」
ずっと前から篠崎のことが好きらしい桂木は、俺から見れば大げさなほどに目を輝かせる。
「ああ。あいつ、昔から俺たちのこと苦手そうにしていただろう。だから、このあたりで『俺たちはお前と仲よくしたいんだ』ってわからせようとして、片山が企画したんだ。……そうだよな?」
最後の一言は、俺の願いでもあったかもしれない……。
「そういうことさ。君ならわかるだろ? 俺のこういう気持ち」
「うん」
片山と桂木はうなずき合った。篠崎にやたらと干渉するあたり、こいつらは実によく似ている。やつに関する気持ちなら、それこそ以心伝心だろう。
ただ、肝心の篠崎の反応が、片山と桂木で正反対なのはどうも解せないが。
「……ところで、当然君も来てくれるよな? このパーティー」
片山が、今さらながら誘う。……俺は、やつが言葉を発する前の妙なためらいを聞き逃さなかった。
そうか……そう考えると、俺の疑問も解ける。
だが、そんな状態で、本当に「みんな仲よく」などできるのだろうか?
気にする必要ないのに、気になってしまう。
「もちろん!」
「よかった。じゃ、あいつに話がついたら改めて電話するから、それからトレセン近くの『Thrilling Love』ってカフェレストランに来てくれ」
「『Thrilling Love』ね」
「ああ。……あ、そうだ」
片山がたたいた手の音が、俺の目を覚ました。
「ちょっとお願いなんだけどさ、どうしても俺が篠崎を誘いに行きたいんだ。だから、もし今日どこかであいつに会っても、パーティーのことは言わないでくれよ」
さっき俺に言ったのと同じことを、桂木にも言っている。
「うん、わかったわ。もし会っても内緒、ね」
桂木がそう言って納得したのをきっかけに、俺も行動を起こすことにした。
「……桂木、お前、メシまだか?」
「まだよ。だって、すぐあなたたちを見つけてここに座っちゃったから」
「じゃあ、遅くならないうちに取ってこい」
「そうね。じゃ、ちょっと待ってて」
俺の思惑通り、桂木は俺の隣を立ってキッチンへと消えた。

 

 

次ページへ               読むのをやめる