[AM9:40 若駒寮・食堂]
8月31日。篠崎は今日、19歳になった。
俺は今日の午後、トレセン近くのカフェレストラン『Thrilling
Love』で、あいつの誕生日パーティーをやるつもりでいた。同期の中で何かと孤立しがちなあいつをどうにかして楽しませよう、と企画したのだ。
あいつが戸惑わないように、出席者は本人を含めた同期4人だけ。札幌にいた長瀬には1週間前に電話で連絡して快諾を得ておき、昨日のレース終了後、こうして戻ってきてもらった。発案者の俺は当然都合がついている。残るは本人と、もうひとり……。
「……そういえば、大事なこと言うの忘れてた」
食堂。俺と長瀬は向かい合って座り、朝食を取りながら話していた。
「今日のパーティーの件だけど、篠崎に直接誘いかけるの、どうしても俺がやりたいんだよ。だから、もし今日あいつに会っても言わないでくれよ」
「え……まだ言ってなかったのか?」
「まだまだ。ベストタイミングはだいたい昼の12時頃かな。それより早いと心変わりされるかもしれないし。それに、誘うときだって誕生日パーティーだなんて言わないよ。そんなこと言ったらあいつ、照れ隠しで『絶対行かない』とか言い張るからさ」
「しかし……パーティーって言わずに、どうやって誘うんだ?」
「単に『連れていきたい店があるからつきあえよ』って言って連れてって、店に入ったらお前と真理子ちゃんがいて、みんなで『おめでとう』って……いいだろ? これ。あいつだって大喜び間違いなし」
「……そう上手くいくか?」
長瀬は顔をしかめた。
「俺の想像だと、あいつはお前が近づいていった時点で逃げると思うぞ。今までの状況から推理したら、誰だって同じ結論じゃないのか?」
……その通りだった。俺は篠崎に嫌われている。理由は、わかるようなわからないような……「考えたくない」というのが、俺の本心かもしれない。
「まあ……それが最大の問題だな。でも、何とかしてみせるさ。人の心を開かせるには、誕生日を祝うのが一番。今日を逃すわけにはいかない」
「……そうだな」
今ひとつ心配だな、といった顔で、長瀬はつぶやいた。
もっとも、こいつは人を心配するようなタイプじゃないから、その解釈は間違っているだろうが。