[AM11:30 診療所]
……30分が経過した。
ダンデライオンは手術中だ。今のところ、助かるかどうかはわからないそうだ……。
俺は、手術室の外の椅子に座ったまま、がっくりとうなだれていた。
ダンデライオンの事故そのものは、もちろん俺の責任ではない。だが、もしあいつが死んで、その原因が応急処置の遅れだった場合、俺も無関係ではいられなくなるのだ。いや、俺がすぐに来なかった時点ですでに、すぐ飛んできた場合よりも確実に状態は悪化している……。
「いい馬だから、大切に走らせてください」……そう言ったときの馬主の笑顔を、俺は覚えている。
高遠先生はさっき、その馬主に事故の報告をしていた。笑顔とは正反対の表情をして。
それを見ながら、思ったことがある。
俺も人として生きていく以上、どんなに孤独を身にまとっても、完全に他人と無関係ではいられないのだ……。
……晩夏の風が、窓の外の木々を揺らしている。
今後、ここの窓から外を見るたびに……もしかすると木々の葉を見たり夏の終わりを迎えるたびに、今日のことを思い出すのだろう。
……そうだ。あの日も、今日とまったく同じシチュエーションだった。
思い出したくなくて、忘れていた。
ダンデライオンが篠崎、俺が桂木を初めとする同期生たち……そういう想い出が、俺にはある。
あの日に深く傷ついた俺は、それを繰り返すまいとして、以後「人に干渉する」タイプの分岐点があるたびに、「干渉しない」道を選び続けてきた。
その結果が、今日の事件とは……。
これを皮肉と呼ばずして何と呼べばいいのか、俺は知らない。
「……長瀬」
あまりにいつもの俺と違うのを見かねたのか、高遠先生が声をかけてきた。
「お前のせいじゃない。そんなに落ち込むな」
「俺のせいですよ。俺がすぐに来ていれば、少なくとも今の状況よりはいい結果になっていたはずですから」
「それはそうだが……構わないよ。お前らしくないじゃないか」
「……先生は、本当の俺を知っている自信がありますか?」
俺は聞いてみた。
「なんだ、いきなり」
「どうなんですか?」
「そうだなあ……正直、よくわからんな。お前のことは、昔からよくわからない。知っているのは、自分以外のものには関わらないようにしていることくらいかな」
「……こんなこと言っても説得力ないかもしれませんが、俺は本来、そんなやつじゃないんです。本当にそうだったら、携帯を無視したあと、心変わりしてもう一度厩舎に電話したりはしません」
その言葉をもっともだと思ったらしい先生は、顔を俺の方に向けてきた。
「そうか。しかし、それならなぜそんなになったんだ? 何かきっかけがあったんじゃないのか?」
「……知りたいですか?」
「もちろんだ。かわいい愛弟子だからな」
高遠先生は目を細めて笑った。