[ＰＭ０：10 東屋雄一厩舎・外]
「……片山！」
東屋厩舎の前に出た俺が目にしたのは、地面にうずくまったままの片山の姿だった。周囲には誰もいない。
「どうした！」
俺はすぐさま駆け寄った。
「あ……長瀬……？」
やつはゆっくりと顔を上げた。笑ってはいるが……。
「何があったんだ？」
「いや……転んだだけだよ。なんてことないさ」
ごまかしだ。理屈は抜きで、本能的に俺はそれを感じ取った。
しかも、いつもは呑気な色に染まっているその頬が、今は紅葉型に赤い。それに気付いてしまった。
場所的条件、時間的条件、片山と篠崎の関係……。
まさか。
「篠崎……か？」
信じられない。見かけによらず気が強いとはいえ、それは性格的なものだ。仮にも仲間である片山に手を振り上げるとは……。
「ああ。ちょっと無理に誘いすぎたかな。俺は仲間じゃないって追い出されちゃったよ。主人公が欠席じゃ、中止だね。お前に戻ってきてもらったのも、無駄になっちゃったな。ごめん」
「……お前、本気で笑ってるのか？」
俺は、やつの笑顔を押さえ込んだ。
「え……？」
「そんなの、笑える話題じゃないだろう」
「まあ、でも、暗く言うことでもないし」
なおも平静なこいつを見ながら、考えてみる。
……こいつと篠崎の間に何かがあった（おそらく篠崎に平手を食らったのだろう）のは、まず間違いない。そして、これは俺の推測……いや、希望かもしれないが、こいつはそれに激しく傷ついているのではないだろうか。もしかすると、そこまで篠崎に嫌われた原因が自分にあることに気付いて、さらにあの日のことを思い出して……。
俺は今、分岐点に立っていた。
どうせ傷ついちゃいないだろうから、放っておく。
こいつを親友と認めて、救いの手を差し伸べる。
……今までの俺は、後者の気持ちを棄てきれずに、前者を選んでいた。
そして、結果的にいつも裏切られていた。
片山は、傷つく素振りさえも見せなかった。
だが……。
今、俺はこいつを信じたかった。
なぜかはわからないが、心と態度の両方で、こいつを信じてみたかった。
それなら、自分の気持ちに素直になるまでだ。
「片山」
「……どうした？ 何か変だな、今日のお前」
「俺の言いたいことが、お前にはわかるだろう。俺はわかると信じている。……素直になれ。何でも聞いてやる」
「……」
片山は黙り込んだ。それだけで、いつものこいつと違うことがわかった。
「お前の方にもいろいろあるんだろう。整理する時間をやる。……パーティーは中止だと言ったな。俺は自分の部屋に帰る。まとまって覚悟ができたら、俺の部屋まで来い」
……俺は片山を残し、ゆっくりと歩いてその場を去った。
やつは声をかけなかったし、引き止めもしなかった。