[PM0:00 中心部の私道]
俺は、トレセンの南北ブロックを分断する私道を歩いていた。
軽トラの荷台に乗っていった診療所からひとりで帰るのだから、当然歩きだ。
……しかし、どこへ行こう。
やはり、自分の部屋に戻って、篠崎のパーティーに関する片山からの連絡を待つか。
片山……。
あいつも、心の奥のその奥くらいでは、あの日の罪を悔やんでいたりするのだろうか……?
「長瀬くん!」
一瞬、自分が呼ばれたのだとは思わなかった。それだけ、注意が他のことに向いていたのだ。
改めて、顔を前に向ける。
ご自慢のバイクに跨った桂木が、悩みなど何ひとつなさそうな笑顔で俺の目の前にいた。……もちろん、こいつにも俺と同じ日に生まれた悩みがあることくらい、俺でも知っているが。
「ああ……どうした? どこか遠くへでも出かけるような恰好じゃないか」
「他人を観察しない主義」を考え直した俺は、すぐに聞いた。
「えっ? 片山くんから話行ってない?」
「悪い、ちょっと昼前からバタバタしててな」
「そう。……実は私、パーティー出られなくなっちゃったの」
「出られなくなった……?」
信じられなかった。片山が言っていた通り、こいつだけは何があっても参加すると思っていたのだが。
「何も知らない篠崎くんに遊びに誘われて、断れなくて。彼にはパーティーのことも言えないし……ごめんね」
なるほど。例の「東屋先生の試練」だ。篠崎は結局、師匠に盾突くよりも試練をやり遂げる方を選んだらしい。そして桂木は桂木で、想い人に直接誘われて舞い上がっちまったってわけか。
しかし……。
「どうすんだよ、お前。主役をひっぱり出しちまって」
「あ、それは大丈夫。彼、厩舎の留守番をさせられちゃって、私が先に行って向こうで彼を待つことになったの。来るまでいつまでも待つって言ってあるから、私には遠慮しないで3人でパーティーしてあげて」
「物好きなやつだな」
「愛の力は偉大だ、って言ってよね」
俺たちは笑い合った。
「まあいい。そのことは片山も知ってるんだな?」
「うん……あ、参加できない理由、言うの忘れちゃった。言っておいてくれると助かるんだけど」
「それくらいはお安いご用だ。ところで、行き先はどこだ? 他人のデート先を聞くなんて野暮かもしれないが、報告のために一応な」
桂木は少しだけためらいを見せ、そして答えた。
「……海よ。サマーキャンプに行った、あの海。彼がそこに行きたいって言ってきたの」
「あそこか……」
紛れもなく、遠い分岐点の舞台。俺と桂木と篠崎と……もしかしたら片山。多くの後悔を飲み込んだ場所だ。
篠崎は、なぜあえてそんな場所を選んだのか……?
……やつは試練の中で、やつなりにけじめをつけようとでもしているのかもしれないな。いいことだ。
「よし、わかった。なるべく早く篠崎をそっちに行かせるようにしよう」
「ありがとう。でも、焦らなくていいからね。それじゃ」
笑顔を残して、桂木はバイクで走り去っていった。
……ひとりになった俺は、ポケットに入ったままの携帯を取り出した。片山に、桂木の欠席の理由を言っておこうと思ったのだ。
ディスプレイにやつの携帯の番号を出そうとしたところで、そこに表示された時刻に目が止まった。
昼の12時を少し過ぎたところだ。
今朝の話からすると……やつは今、ちょうど篠崎に誘いをかけているあたりか。携帯で話してるか、東屋厩舎にいるか……どちらにせよ、やつの携帯を鳴らすのはやめた方がいいな。
そう思ったとき……俺は、漠然とした不安を感じた。
篠崎は片山を苦手としている。片山が話しかけて、まともに聞いた試しはない。
もしかすると、今もまたいざこざが起きていたりしないだろうか?
気になるな……。
俺は、ちょっと東屋厩舎まで足を伸ばしてみる気になった。