[PM4:30 福島県東部の海岸・海の家の影]
「……これは、ここに置いていくよ。今度あのふたりに会ったときには、昔の……競馬学校に入学した頃の俺でいたいからね」
片山は足元の砂を深く掘り、例の写真立てふたつを埋めてしまった。
そして、それが終わったちょうどそのとき、やつの携帯が鳴り響いた。
やつは座ったまま、砂だらけの手で携帯を取り出し、そのディスプレイを見て……顔色を変えた。もしかすると……。
「はい。……なんだ? お前の方から俺の携帯鳴らすなんて、初めてじゃないか」
……やはりそうだ。篠崎だ。俺たちがここにいることを知らない篠崎が、すぐ向こうから……。
俺は、また角から顔を出して波打ち際を見た。
思った通り、篠崎が自分の携帯を耳に当てていた。その隣では、桂木がやつを静かに見守っている。
俺はまた隠れ、片山の様子と受け答えに注目していることにした。
「……ああ……そんなこといいんだよ。……もちろんさ。……いいっていいって。……そうか、デートなのか。やったじゃん……」
片山の目から、涙があふれ出す……。
だが、やつはそれを声に出さないように注意し、つとめて明るく振る舞っていた。
これが昨日までなら、苦しみをこらえるために他ならなかっただろう。
でも、今は……やつは間違いなく、あいつらのために自分を抑えている。
こいつが、良心と深い感受性を持っているやつでよかった。
こいつを親友として選んでよかった。
思い返せば、遠い分岐点。
そこでの選択は、一見間違いのようだったが、今日という素晴らしい日につながっていたのだ。
あきらめずに信じ続けていて、本当によかった……。
「……いいよ。それじゃ、長瀬とふたりで『Thrilling Love』ってカフェレストランで待ってるな。……ああ、慌てるな慌てるな、ゆっくりしてこいって。せっかく真理子ちゃんと一緒なんだ。じゃ、邪魔者はこのへんで失礼するよ」
片山は携帯を切った。……座り込んだまま、涙を止められずにいる。
この迷いも、すぐに笑顔に変わる日が来るだろう……。
俺は波打ち際を見た。
篠崎と桂木は、手を握って見つめ合っていた。
「……帰ろうぜ、片山」
俺は、そっとやつの肩をたたいて促した。
やつは立ち上がり、小さく笑った。
不意に流れてきた風に、冷たさを感じた。
長い……3年前から続いていた長い夏が、ようやく終わろうとしている。
遠い分岐点 −あの日の忘れ物・長瀬健一編−
完