[AM10:50 中心部の私道]
買い物をすませ、五十嵐厩舎へ向かって自転車を走らせていた私は、トレセンの南と北を分ける道で、嬉しい出会いを迎えた。
「あ、篠崎くん! また会ったね!」
彼も自転車に乗っていた。あと10メートルほどですれ違う。止まってくれるかな……と考えながら、私はブレーキに意識を移す。
「あ……ちょっと」
止まってくれた。しかも、何か訳がありそうな言葉とともに。
「何?」
私も素早くブレーキをかける。
「実は……用事があって、五十嵐厩舎に行こうとしてたところだったんだ」
「私に用事?」
なんだろう、と考えて、午後のパーティーの関係かなと思った。
「えーと……あの、事情はいろいろあるんだけど、今日、暇があったら一緒に行ってほしいところがあって」
「あら、どこ?」
やっぱりそうみたい。私は、何も知らないふりでたずねた。
……ところが。
「……競馬学校のサマーキャンプで行った、あの福島の海」
「え……!」
それは、多少ニュアンスは違っても、いわゆる「デートの誘い」だった。片山くんは、まだ篠崎くんにパーティーの誘いをかけていないのだろう。
私は困ってしまった。
彼直々のお誘い。場所は複雑だけど、当然ものすごく行きたい。でも……先約はパーティーだ。彼にすべてを話して「また今度にして」と言いたくても、片山くんとの約束でそれもできない。さらに彼は悲観的なものの見方をする傾向があるから、普通に断っても傷つけてしまいそうな気がするし、「都合が悪いから」とだけ言って逃げたら、その後のパーティーにも顔を出せなくなる……。
「いや……無理には誘わないから」
いろいろ考えているうちに、篠崎くんはあきらめ顔になった。やっぱりぼくじゃ……という表情が透けて見える。
「それじゃ……」
「待って!」
……半ば無意識的に、私は彼を呼び止めていた。
「断ろうとしてたんじゃないの。何か用はあったかなって考えてただけなのよ。それで……やっぱり何もなかったなって。だから、一緒に行くね!」
事情も約束も、彼の前ではまったくの無力だった。どこから出したのか自分でもわからない笑顔が、言葉を作り出す。
「……ありがとう」
彼はそう言ったが、その口調はいつものとはまた別タイプの素っ気なさを含んでいた。
やっぱり、まずかったみたい……。
「じゃあ、何時にする? 私、今日厩舎でお昼ごはん作る当番だから、12時くらいにトレセンの入口でって形だと嬉しいんだけど」
「それでいいよ。……じゃ、そのときに」
ほんの少しだけ笑って、篠崎くんは去っていった。
……彼の姿が視界から消えると、作り笑顔も一緒に消えた。
どうしよう……。