[AM10:50 寺西徹次厩舎・外]
……魔法の笑顔、か……。
寺西厩舎の前をほうきで掃きながらも、俺の心には、真理子ちゃんが今朝長瀬に会って懐かしさのあまり見せた笑顔が強く染みついていた。目の前に飼い葉桶やら干し草の山やらといった現実的な物があるのに、それらはほとんど目に入らず、浮かぶのは……やはり、魔法の笑顔だった。
俺は胸を熱くし、そして痛めた。
……彼女が好きなのは俺じゃなくて篠崎。それは俺も知っていた。しかも、もう3年も前から。すなわち俺は、自分のこの想いは決して叶わないと3年前から宣告されているわけだ。あきらめが悪いと言われそうだが、それでも「なんで俺は篠崎じゃないんだろう」と考えてしまうことを、俺は今でも拒めずにいる。
が……それほど羨ましく見える篠崎本人はというと、彼女に好意は持っていそうだが、その彼女の気持ちにはまるで気付かずにいるのだ。そのくせ「ぼくは自分を許せない」なんて、あの日のことにこだわり続けている。やつもやつなりに悩んでいるんだろうが、それより遥かに深い悩みを抱えている俺の心を、果たして知っているんだろうか。
……知るはずもない。俺が隠しているんだから。
俺は、例えどんなことがあっても真理子ちゃんと篠崎を妨害してはならない、と決めていた。3年前に、もう一生分ほどの妨害をしてしまった俺。その負い目もあるし、自分を苦しめ続けることがほんの少しの罪滅ぼしになるかもしれないと考えていたのだ。
罪滅ぼし……。
そのために一番いい方法を、俺は知っていた。それは間違いなく、その「罪」のすべてをふたりに話して謝ることだ。
だが……それは、簡単だけどとても難しいことだった。
そうするべきなのだとわかってはいるが、やはり怖いし、みんなが俺を見るときの目も変わってしまうだろう。それどころか、俺を見てさえくれなくなってしまうかもしれない。それは、篠崎と違って孤独に慣れていない俺にとっては、何よりも耐え難い苦痛なのだ。
だから……かどうかは自分でもわからないのだが、俺はいつでも篠崎を真理子ちゃん絡みのことでからかってしまう。
それでふたりがくっついてくれれば、いや、それもやっぱり……などと、複雑な想いを抱えながら。
……真理子ちゃんは俺に親切だが、篠崎はどうしてか俺に対してだけ当たりが厳しい。確かに俺がやったのは許されないことだが、やつはそれを知らないはずなのに、どうして俺を嫌うんだろう……。
本当に勝手なことを言うが、俺はやつとも仲よくしたいと思っている。俺たちは仲間なのだ。いくらライバルとはいえ、やつだけ疎外する理由はないし、第一俺はそんなことは許せない性分だ。
それなのに……。