[AM10:00 若駒寮・食堂]
「……なあ、片山」
真理子ちゃんがキッチンの中に消えたあたりで、長瀬はふと俺を呼んだ。振り返ると、やつは不思議そうな目で俺の顔をのぞき込んでいた。
「どうした」
「お前って、桂木が苦手なのか?」
「え!?」
俺は妙な声を上げてしまった。まさかこんなことを言われるとは、夢にも思ってなかった。
「そんなことないよ。だけど、なんでそんな風に考えたんだ?」
「お前、篠崎のパーティーの件、さっき初めてあいつに言ったんだろう? しかもあいつは、俺がこっちに帰ってきたのも知らなかった。だから、本当はあいつだけ誘いたくなかったのかと思ったんだ。今日になってから誘えば、何らかの予定が入ってて断られる可能性があるからさ」
……長瀬の推理に、俺はほんの少しの恐れを感じた。
そう……確かに俺は、できることなら真理子ちゃんには参加してほしくないと思っていた。今日になってから誘った理由も、やつの言う通り。結果的には上手くはいかなかったが、「誘ったのに断られる」という形を俺が密かに期待していたのは事実だ。
だが、それはやつが言うような「彼女が苦手だから」……つまり「嫌いだから」との理由からではない。
その「逆」なのだ……。
しかし、もちろんそんな気持ちを悟られるわけにはいかない。俺は無理に笑った。
「残念、大ハズレ。真理子ちゃんにも来てほしいに決まってるじゃないか。それに、篠崎を祝うパーティーなんて、彼女なら何をキャンセルしてでも飛んでくるんじゃないのか?」
「まあ、それはそうだ。しかし、それならなぜ今日まで桂木に言わなかった?」
「ちょっと、すれ違ってばっかりでチャンスがなくて。どうも女の子相手だと、携帯鳴らすのも気が引けてさ」
「……あいつのどこが『女の子』なんだ? そういうのを表に出すタイプじゃないだろう」
「確かに、確かに」
俺はなおも長瀬に笑ってみせた。が……心の中では、やつに言えないセリフが、痛いほどにこだましていた。
……女の子さ。
少なくとも、俺の心の中においては、ただひとりの……。