[AM11:00 中心部の私道]
桂木さんと別れて私道の端まで走ると、ぼくはため息をついた。
……できることなら、もっと納得のいく形にしたかったな……。
でも、こんな試練につきあってくれる人が、このトレセンに何人いるものかわからない。受けてくれた桂木さんの優しさに感謝して、あの海へ行こう。そして……せめてそこで、彼女に「楽しかった」と思ってもらえるように努力しよう。
ぼくは自分の時計を見た。午前11時ちょうど。約束の時間まであと1時間。厩舎に戻って仕度してトレセンの入口に向かうのには、30分もあればおつりが来るだろう。
なのでぼくは、しばらくトレセン内をぶらつくことにした。
意外に思う人も多いのだが、これでぼくは結構な自然派だ。昔から、家の中よりも外で遊ぶ方が好きだった。故郷は漁師町の千倉。夏になると近所の岩場へ行き、素潜りで貝を拾ったりした。海は友達であり、泳ぎはぼくの唯一の特技だった。海色の記憶は、喜びと自信に満ちたものだった。
……3年前の、あの日までは……。
再びため息をついたとき、向こうからすごい勢いで誰かが飛んできた。
……あの服は、さっき会ったばかりの長瀬だ。フルスピードで自転車を飛ばしている。何かあったのだろうか。
彼はぼくの30メートルほど先で、所属の高遠敏久厩舎がある南ブロックの方へと折れた。おそらく、ぼくには気付かなかっただろう。