蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第一章 伝説の世界へ(3)  
         
 
 

 

「うん。この調子ならもう安心だ」
 テッドは笑顔で、アルマ夫人ことクルム達の母親に向って言った。
「ありがとうございます」
 夫人はそう言うと、深々と頭を下げた。
 病のために少しやつれてはいるが、クルム達の母親はなかなかの器量の持ち主であった。深い慈愛に満ちた大きな瞳に、ふっくらとした唇。子供達と同じ胡桃色の長い髪をきっちりと結んだその姿は、どことなく聖母を彷彿させる雰囲気がある。初めは白蝋のようだった肌も、頬や耳のあたりに淡く血の色が透けて、美しさに華を添えている。しかし実は、この彼女の容貌、いや、彼女だけではなく、村人全ての容貌を初めて見た時、テッド達は随分驚いた。
 耳が、違う。
 そう、思ったのだ。
 テッド達が知っているカルタスの人間、つまり、地球に届けられたディスクに映っていた人間の耳は、少し先の尖った形だった。それが、このディード村の人達には見られないのだ。クルム達を最初見た時も少し疑問に思ったのだが、ディスクに収められていた子供の耳はやや丸みを帯びた形だったので、その時はそれほど気にとめなかった。
 一体、どういうことなのか。
 しかし、三人のこの疑問は、後に村の長老に話を聞くことで、わずかばかりだが解決する。
 長老の話によれば、耳の尖った人間、彼らはエルフィンと呼ばれ、実は人間とは異なる種族だという。だが、実際に彼らを見たという者はほとんどおらず、今では半ば伝説の中の生き物として語り継がれているというのだ。その姿は非常に美しく、いつも黄金の光に包まれている。手には精霊を携え、その力を駆使して不思議な魔法を施す。いかにも空想上の産物のような表現に、思わず首を振ったテッドに向かって長老は言った。
「お前さん達、わしの話を信じておらんな。だが、エルフィンは確かにおるんじゃ。でなければガーダは生まれてこない」
「ガーダ?」
「エルフィンと人間の間にできるのが、ガーダじゃ。呪われし種族として、エルフィンにも人間にも忌み嫌われている」
 長老はそこで、額にくっきりと刻まれている皺をなおいっそう深めた。
「やつらはエルフィンと同じく魔法を使う。しかしその心と体は正反対じゃ。平和と調和を愛するエルフィンと違って、ガーダは争いと破壊を好む。過去、数多の戦場で、その二目と見られぬ醜い姿を、多くの人間がその目でしっかりと見ておるんじゃ。ガーダがおるんじゃから、エルフィンもおるんじゃよ」
 エルフィン以上に現実味のないガーダの話に、テッドは閉口した。だが、長老の話の全てを鵜呑みにするわけにはいかないが、そういう種族が存在するということだけは、信じざるをえない。紛れもなく、地球にコンタクトを取ってきた者が、このカルタスに存在しているはずなのだから。
 エルフィンと、ガーダか……。
「あの、先生?」
「……ああ、失礼」
 テッドは再び笑顔で言った。
「とにかく、せっかくここまで回復したんですからね。またすぐ無理しちゃ駄目ですよ。それから、薬はちゃんと飲むこと。症状が良くなったからと言って、勝手に判断して止めたりしないように。いいですね。そうだ!」
 テッドはそこで言葉を切ると、後ろを振り返った。開け放たれたその部屋の扉の向こうに、小さな人影が二つ並んでいた。不安そうな四つの瞳。だがそのうちの二つは、テッドと視線があった途端、すっと扉の陰に姿を隠した。
「おい、ボウズ。入って来い」
 その声に、二つの瞳が再び姿を見せた。クルムだ。口元を少し尖らせ、俯き加減のまま、物凄いスピードでテッドに近付く。後ろから、おぼつかない足取りでカリンもついて来る。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第一章(3)・3