蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十章 獅子の行方(1)  
         
 
 

 その後も彼は、何度か実戦に出て多くの功を上げた。そしてその中に、アルフリートと共に勝利を収めたものがあった。
 当時、まだ十歳にも満たないアルフリートは、実戦の経験を積むためサルヴァーン城に身を置いていた。これは父であるマードック王の命であった。このことから即ち、マードックが好戦的な王であると判断するのは早計だ。むしろ王は、対極に位置していた。平和を愛し、争いを嫌った。それがキーナスにとって最も良い選択であると信じていたし、息子にもそれを継いで欲しいと願っていた。
 だが、時に争いは仕掛けられることがある。避けようにも、避けきれぬことがあるのだ。その時に王たる者が、戦争の何たるかも知らないでは話にならない。戦術や観念的なことは、机上でも教えることができる。戦闘技術も、城の庭で十分だ。しかし自分の命が、臣下の者達の命が、危機にさらされる極限の状態は、経験してみなければ分からない。敵も味方も、数多の命が潰える惨たらしい現場を、自らの目で見なければ意味を成さない。
 自分も父にそう教えられた。戦場に赴き、幾度となく死神の手が頭上を掠めるのを感じた。ただ、恐怖だった。それだけだった。
 だがこの時、体の芯にまで刻み込まれた記憶は、マードックにとってかけがえのないものとなった。指先一つで、兵士を戦地へと赴かせることができる自分にとって、重く暗く圧し掛かるこの記憶という足枷は、宝だった。その宝を、マードックは自分の息子にも持って欲しかったのだ。
 年頃の近いアルフリートとシオは、すぐに仲良くなったという。早くから大人にもまれて早熟感のあるシオが、何かと良からぬことをアルフリートに吹き込むのではないかと、心配する声も周りにはあったが。少々生真面目過ぎる感のある王子にはちょうどいいと、ドレファス将軍は一笑した。
 それでも、いくらダーの称号を持つ身であるとはいえ、二つ年上のシオが、完全に王子を子分扱いにしているのを目の当たりにした時には、それとなくホムに注意を促したりもした。もっとも、当のアルフリート自身が全く意に介さぬ様子であった事から、ホムも多くの小言は重ねなかった。それに、いったん戦場に出ると、シオはまるで別人のように徹底的にアルフリートを補佐し、影のごとく支えた。このことは、傍目には少し、不思議に思われた。
 シオはアルフリートが立てた作戦を、常に支持した。確かに、年齢の割にはどれもなかなか優れたものであったが、少なからずの不備が、そこには含まれていた。しかしシオは、それらを作戦の段階で修正するようなことはせず、戦況の流れの中で微調整を行い、結果的に見事な戦果を上げた。ともすれば、運任せのような危険を感じるやり方に不安を覚えたドレファス将軍であったが、それが数回に及んで成功を収めるのを見て、あることに気付く。
 シオが立てる作戦は一部の隙もなく綿密だ。戦場においてそれを成し遂げるためには、兵士達にそれ相応の能力が必要となる。作戦通り事を成せば見事な勝利が約束されるが、そう上手く事を運ぶまでが難しいのだ。もちろんシオの作戦は、失敗に備えて二重、三重、さらに幾重にも対処法が張り巡らせてあるのだが、そうなればそれで、非常に複雑となってしまう。いずれにせよ兵士達にとって、高い能力を要求される作戦であることには変わりはない。
 一方、アルフリートの作戦には粗が多い。無論のことそれは作戦の弱点であるが、同時にいろいろと入り込む余地があることを示している。アルフリートはその余地を、シオや他の者に任した。未熟ゆえ、誰かに頼らざるをえない。一言で言えば、そういうことになる。しかしこれは簡単なようで、そうでもない。なまじ能力が高かったり、権力を持つ身であればなおさらだ。時に、自らの力量より他人を評価し、命をも託すような決断を配下の者に任せてしまう勇気。少なくともシオは、それを勇気と見た。ドレファス将軍は、そう解釈した。
 このことを裏付けるように、アルフリートがブルクウェルに戻った後のシオの作戦に、変化が現れた。相変わらず、水も漏らさぬ精密な作戦を立案したが、その前提に、各指揮官への絶対的信頼があった。彼の才が真に開花したのは、この頃であると言えよう。
 しかし、そのわずか数年の後、シオは突然サルヴァーン城を退く。ちょうどアルフリートが即位した日に。これからは芸術家として生きる、と豪語し、そのままシャンティアムの谷へ旅立った。当然、ドレファス将軍らは戻って来るよう説得したが、シオの意思は固く、それは叶わなかった。
 表向きは、そうなっている。が、実のところ、彼の選択にはもう一つ理由があった。説得の際、シャンティアムの谷を訪れた叔父に向かってふと漏らされた言葉に、それは込められていた。
 私は、私など必要としない世になって欲しいのだ――。
「どうか誤解なさらないで頂きたい」
 ロンバードが口を開いた。

 
 
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  第十章(1)・4