幕間
長い回廊。静まり返った空間に、靴音だけが高く響く。自分が立てるその音に、追われるように男は歩く。
ほんの数年前まで、この城はもっと賑やかだった、いつ日が昇り、落ちたのかも分からぬほど、昼夜を問わず、贅沢な宴が催されていた。呆れるほどの食べ物を並べ、そのほんの一欠けらを啄ばみながら、欲と快楽とを貪る。
好ましいことだ、とは思っていなかった。むしろ、嘆かわしいと溜息をついた。にも関わらず、そんな日々を懐かしく思い出させるほど、城は暗かった。陰気な風がのべつ幕なく吹く城に、ひっそりと身を沈めているのは、いかなる狂乱の中にいるより辛く思えた。
豪奢な造りの扉の前に立つ。緋色の外套が、ふわりと揺れて止まる。
「失礼致します」
発した声が、広がらない。自分の周りだけで響いているような感覚だ。伝えるべき相手を持たぬ声というのは、徐々に力を失うのであろうか。
男はそう思いを巡らせると、返事を待たず、扉を開けた。
異様な臭気が鼻を突く。並べられた百本の蝋燭が発する匂い。祈祷師がまじない用に使った、得体の知れぬ薬草の匂い。そこに、かび臭さと腐敗臭とが混じる。
男は、鼻で呼吸をすることを諦め、口を半開きにした状態のまま、奥にある天蓋付きの寝台まで歩み寄った。
王は、体を起こしていた。堆く積んだ枕に、背を預けている。もうずっとその姿で、ここにいる。起きている時も、眠っている時も。
男は、そのすぐ側まで近付き、跪いた。
「首尾は」
鉛色の肌に刻まれた深い皺を、微かに動かしながら、王が枯れた声を出した。
「首尾……は?」
黄色く澱んだ目が、男を睨む。生気のない顔、その顔にわずかだけ掛かる、汚らしい白髪。だが、そこから受ける印象よりも、強い力がその目にはある。ただし、真っ当な光ではない。狂気という言葉に裏付けられた、ぎらつく炎。
男は、王の耳元で、囁くように声を放った。
「上手く、潜り込めたようです」
「そう……か」
王は満足げな笑みを浮かべ、その背を深く枕に沈めた。めくり上がった唇から、ただ二つ残った黄茶色の歯が覗く。どす黒い色味を加えた歯茎が、男に思わず息を止めさせる。
深く頭を下げ、男は息を詰めたまま部屋を出た。扉を閉め、ようやく一つ、肩を揺らす。男の喉に、肺に、陰気な風が大量に流れ込む。
男は慌てて、それを吐き出した。軽く胸を摩る。まだそこに何かが痞えている。男の目が暗く翳り、不意にぎらりと光が宿る。
「老いぼれめが」
男の呟きはそのまま黒い風となり、渦を巻いた。長い回廊に、鬱々たる響きが吹き荒んだ。