リリア(ロイ&モイラ・シリーズ1)                  
 
  第二章 印し  
         
 
 

 

 その男を前にして、ロイは確かな喜びを感じていた。十四人目の男。その男は、これまでの十三人の男達とは明らかに違っていたのである。
 とにかくそれまでの男達は酷いものだった。職を持たずギャンブルや酒に溺れるもの。詐欺まがいの行為で人を騙しては金をせしめるもの。度々暴力沙汰を起こして警察の厄介になっているもの。不思議なことではあるが、こういう輩に引っかかってしまう女は跡を絶たない。ましてやモーガン夫人の場合、デロス星という特異な社会で純粋培養されたわけだから、一度や二度、過ちがあっても致し方ないとは思う。だがそれが、十数人にも及ぶとなると、さすがに理解の範囲を超えてしまう。
 いったい彼女は何を求めていたのだろう。
 しかし今、ロイはその答えの手掛かりを、ようやくつかもうとしているのではないかと感じていた。十四人目の男、アレク・ホイットニー博士を前にして。
「どうぞお座りください。散らかっていて、申し訳ないのですが」 博士と呼ぶにはまだ若すぎる感のあるその男が、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「では、失礼して」
 ロイはそう言うと、ホイットニー博士と対面する位地に腰を下ろした。と同時に、上着のポケットの中にあるベルネットのスイッチをONにした。これでこれからの会話は、全てリアルタイムで事務所のコンピューターに送られる。恐らくはその前で、大きな溜息をついているであろうモイラの顔を思い浮かべながら、ロイは切り出した。
「早速なんですが、ホイットニー博士」
「ああ、博士ってのはどうも……」
「はい?」
「いや、あまりその肩書きは気に入ってないんですよ。道楽で好きなことを研究しているだけなのに、博士だなんて。なんだか偉い人みたいじゃないですか」
「はあ」
「名前だけで呼んでください」
「ああ、はい」 ロイは明らかに好意的な笑みを浮かべた。
「あの、ではホイットニーさん、先日お電話で申し上げた件について、今日は詳しくお伺いしたいのです――この女性のことなんですが」 
 ロイはそう言いながら一枚の写真を差し出した。
「ベイツさん、エレノア・ベイツさんについてですね」
「はい」
 ロイはそう返事しながら思った。
 この男性には、エレノア・ベイツと名乗ったのか。
「まず最初に申し上げておきますが、私と彼女との間に男女の関係はありませんでした」
 ホイットニー博士、否、ホイットニー氏は、静かだがきっぱりとした口調で言った。
「ただ彼女が、それこそ毎日のように、私の部屋を訪れていたことは事実です。私がそうしてくれるよう希望したのです。何故なら彼女は、私の研究にとって貴重な存在だったので」
「と、言いますと?」
「私が今研究しているのは、デロス星の歴史なのです」
 なるほど、と言う代わりに、ロイは大きく頷いた。
「彼女と出会ったのは、そう、半年ほど前です。道端で派手な喧嘩をしているカップルがいて。いや、喧嘩というより一方的な暴力ですね。女性の方、つまりエレノア・ベイツさんの方は全く無抵抗でしたから」
 相手はあの十三人目の男だな……ロイは思った。
 些細なことですぐ腹を立て暴力を振るう。自分よりも明らかに、弱い者に対して。
「周りはみんな見て見ぬ振りでした。まあ、相手は随分と体格のいい男でしたからね。私も腕力に自信のある方ではないのですが、放っておくわけにもいかないので、とにかく大声で『警察が来た!』ってね」
「賢明な判断です」
「ありがとう」 ホイットニー氏は微笑んだ。
「男は慌てて逃げていきました。彼女の方はそこに座り込んだままで、動こうとしない。それで私は、ちょうどその場所からこの研究室が近かったものですから、ここで簡単な怪我の手当てをしようと思い、彼女をこの部屋に連れてきたのです。その時はまだ、彼女がデロスの人間であるとは知りませんでした。何事にも無反応で無表情なその姿も、まあショックが大きかったのだろう位にしか考えませんでした。それで手当てが終わってから私は言ったのです。『ご自宅までお送りしましょう。家はどこですか?』と。すると彼女は、この部屋の壁に掛かっていたある写真を、ゆっくりとした動きで指さしました。一枚の惑星の写真、デロス星の写真を」
 そう言ってホイットニー氏は、ロイからその後方へと視線を移した。
 ロイは後ろを振り返った。壁には一枚の写真が飾られていた。
 蒼い、蒼い、水の惑星……。

 
 
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  第二章・2