リリア(ロイ&モイラ・シリーズ1)                  
 
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「この本は、昔のデロス星――争うことの絶えなかった、しかしある意味人間らしい時代であった頃の、子供向けの絵本です。これはいわゆるアルファベットを覚えるためのもので、それぞれの文字から始まる名前の少女達のお話になっています。これは女の子用。男の子用のも別にあるんですよ。で、次。このページを見てください。読みますよ」
 ホイットニー氏はページをめくり、文字にそっと人差し指を添えながら読み上げた。
「レイチェル・ワーン。彼女はお菓子が大好きでした。だから彼女は、お母さんと一緒においしいお菓子を作って食べました」
 ロイはそのページの絵を見つめた。セピア色に変化してはいるが、そこには様々な形をしたデロス星のお菓子と思われるものと、幸せそうに微笑む母娘の姿が描かれていた。
 リリアも、こんな風に笑うのだろうか……。
 ロイが言った。
「すみませんが、最初から順に読んでもらえませんか? おそらく彼女はまた偽名を使って、どこかに身を隠しているように思われます。その名が、この中にきっと」
「分かりました」 ホイットニー氏は快く返事をした。
「じゃあ、最初から。オルガ・アラハン。彼女は白い花が大好きでした。だから彼女は……」
 ホイットニー氏は次々と、その本の文字を読み上げていった。それらの名前は全部ロイにとって、記憶のある名ばかりだった。しかもその順番は、彼女が名乗った偽名の順番と、見事に一致していた。
「エレノア・ベイツ。彼女は本が大好きでした。だから彼女は、毎日一冊ずつ本を読みました」
 ロイは間違いなく、捜索の手掛かりをつかんだことを確信した。そして、次の言葉を待つ。
 しかし、ホイットニー氏は黙ったまま顔を上げ、ロイを見つめた。反射的に、彼の手元を見る。かつてはあったであろう続きのページが、そこには残されていなかった。
 よりによって、ここで終わりとは……。
 その顔に失意の色を隠せないまま、ロイは顔を上げた。かなり間を置いてから、ホイットニー氏は静かに言った。
「どうも、本当に最後まで、なんのお役にも立てなかったようで……」
 気の毒なくらい恐縮した表情のホイットニー氏に、ロイは笑顔を向けた。
「いいえ、先ほども申し上げましたが、いろいろ参考になりました。ありがとうございました」
 深く一礼をすると、ロイは立ち上がった。その彼をドアの所まで見送りながら、ホイットニー氏は言った。
「エレノアさんが、いや、本名はアイラさんでしたね。とにかく、早く彼女が見つかることをお祈りしています。早く、無事に――」
 その言葉の中に深いぬくもりを感じて、ロイは微笑でそれに答えた。部屋の扉が、閉まる。
 と、間髪入れず、けたたましくベルネットが鳴る。
「ロイ、聞こえる?」
「モイラ?」
 ロイは慌ててベルネットを取り出した。
「見つけたわよ。アイラ・モーガン。彼女、今日の午後3時40分発、ジオステーション経由デロス行きのJP−407にパメラ・ルーの名で登録してるの。出発は、NO5サイパーエアポート。私はリリアと一緒にもう向かってるわ。ロイもすぐ来てちょうだい!」
「サイパーエアポート、JP407――あ、でも、一体どうやって? 大体、パメラ・ルーなんて名前どっから――」
「詳しいことは後で話すから。あ、それから、モーガン氏、必ず連れてきてよ。連絡は入れてあるから」
「あ、モイラ――」
 しかしロイはそれ以上何も言わず、すぐさまベルネットを切り、然るべき次の行動に移った。モーガン氏と合流し、エアポートまでたどり着く時間を素早く計算した結果、彼の脳は彼にある命令を下したのである。
 すなわち、
 走れ!――と。

 

 
 
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