リリア(ロイ&モイラ・シリーズ1)                  
 
  第二章 印し  
         
 
 

「ええ、二つの異変。まず一つは、数世紀にも渡って文明がほとんど発達していないということです。人間の感情が基盤となる文学、芸術は当然ともいえますが、科学技術的な分野においても、目立った発達が見られないのです。あれほどの知性を持つデロス星人が、何も新しいものを生み出すことができない。これは宇宙全体にとっても、残念なことといえるでしょう。そしてもう一つ、親子のコピー現象。この異変については、エレノア・ベイツさんの娘さん、リリアさんにお会いになるとよく分かると思いますよ」
「リリアのことなら知っています」 ロイは答えた。
「でも、コピー現象って?」
「ああ、そうか」 ホイットニー氏が笑顔を作った。
「あなたはエレノアさんを写真でしかご存知ないのでしたね。写真だと分かりにくいかも知れませんが、エレノアさんとリリアさんは、大人と子供の大きさの違いがあるだけで、全く同じ姿をしているのです。単に親子として似ているレベルを超えて。一度だけ彼女がリリアさんを連れてきたことがあるのです。一目見た瞬間、以前読んだある研究発表の記事を思い出しました。デロス星では女の子は母親、男の子は父親と全く同じ容貌を持って生まれる、コピー現象が起こっているという内容の。それで実は、知人に頼んで彼女達のDNAを調べてもらったのですが、驚くべきことに、二人は全く同じDNAという結果が出たのです」
「それって――」
「ええ、クローンです。しかし、デロス星は過去、その技術を否定した経緯があります。にも関わらず、なぜこのようなことが行なわれているのか。恐らくは、彼らの生殖機能に何らかの異常が起き、通常の受精が困難になったためなのでしょうが。ただ友人は、これを異常とはとらえず、究極の進化かもしれないと」
「究極の進化?」
「生物学は私の専門ではないので、上手く説明できないのですが」 
 ホイットニー氏は、そこで少し身を乗り出した。
「生きとし生けるものの最大の命題である種の永続。これをより確実なものにするため、生命は進化してきたわけですよね。最初は単純な細胞分裂、つまり自分のコピーを作るだけだったのが、やがて激しく変化する環境にも適応できるように、自分とは少しずつ異なるDNAを子供に持たせるべく、雌雄が生まれた。そしてそれが、より多様な生命体の誕生に繋がった。しかしそこに人類が現れ、彼らは環境をも自在にあやつるようになる。その誕生すら、コントロールするようになる。この安定した状態が永遠に続くならば、生命はそれに適したものだけを作り出せばいい。わざわざ異なるものを作り出す必要は、もうない。それが人間の究極の進化であり、それをすでに成し遂げたのがデロスだと」
「なんだかよく分からないけど、あまり歓迎したくない話です」
「私もです」 ホイットニー氏は、また微笑んだ。
「もしこれが、自然の現象だとするならば、私は別の意味があるように思いますね。ある大切な印し、親子の印しを意味しているのだと」
「印し――ですか?」 ロイは興味深げにホイットニー氏を見つめた。
「ええ。二人を見ていて思ったんですが、これだけ良く似ていれば、たとえ何十年間離ればなれになっていたとしても、出会うことさえできれば、すぐにお互いの関係を知ることが可能でしょう。そしてそれが、本来ならその関係の中で育まれるべき、人として不可欠なものを、取り戻すきっかけとなるかも知れない。デロスは今、生命としての永続の危険を犯してまでも、人間としての存続をかけて子供に印しをつけている――親と同じDNAという」
 そこまで言うとホイットニー氏は首を横に振り、先ほどから何度も見せている、あの親しみやすい優しい笑みを浮かべた。
「いやいやどうも。自分で言っておきながら何ですが、どうにも説得力のない話で」
「そうですね」 ロイもつられて笑顔を作った。
「でも、僕はあなたの説に賛成します。そっちの方が好きだから」
「ハッハッハッ」
 ホイットニー氏が、初めて声を立てて笑った。

 
 
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  第二章・4