リリア(ロイ&モイラ・シリーズ1)                  
 
  第二章 印し  
         
 
 

「美しいでしょう」 ホイットニー氏が言った。
「命が生まれた惑星はどれも美しい。それを育む海がそこにはありますからね。人工的に人が住めるように造られた惑星では太刀打ちできない。我がホーネル星もそうですが」
 ホイットニー氏の言葉を聞きながら、ロイはまだその美しい惑星の写真に見入っていた。彼にとってその姿は、ある種の郷愁を呼び起こさせるものだった。ロイの母星、今はその姿を大きく変えた、地球という惑星を。
「しかし惑星の美しさと人の歴史とは、単純には比例しない」
 その声にロイは振り返り、ホイットニー氏を見た。
「過去、デロスの惑星上では常に破壊が行われていました。これだけを聞くと、デロス星の人は随分野蛮で愚かな人間のように思われるでしょうが、その知性は非常に高いものでした。しかしこの事実は、かの惑星にとって、より悲劇的な結果を招く役にしか立たなかったのです。高い知性から生み出される高度な文明――欲望のおもむくまま、自らの快楽のみを追及した文明は、人類だけではなく他の生命体、ひいては惑星自身をも深く傷つけ、滅びの道へと誘う。この宇宙には、そんな哀しい末路を辿った惑星も少なくありません」
 ロイは一瞬、目を伏せた。ホイットニー氏の話は続く。
「デロスもそんな惑星たちと、道を同じくするかと思われていました。しかし、ある時一つの転機が訪れます。彼らは自らの飽くなき欲望を律する方法として、本能全てを抑制するという考えを思いついたのです。つまり、マイナスの部分だけではなく、プラスの部分も含めて」
「マイナスの部分に、プラスの部分?」 ロイは首を傾げた。
「そもそも本能は、人間が生命体である以上、必要不可欠なものです。食欲にしろ、性欲にしろ――本来これらはプラスの部分であるはずなのです。しかし、それらの欲求が度を過ぎると争いの種となる。つまり、マイナスの部分となってしまう」
「はあ……」
「もう少し分かりやすく言うと、例えばあなたが誰かを好きになる。そこに愛が生まれる。それは人間にとって素晴らしいことです。でも、誰か別の男が、あなたの愛する人を奪ってしまう。あなたはその男を憎み、争いが生まれ人は傷つく」
「確かに愛情と憎悪は表裏一体のところがあります。でも――」
「そう。でも、普通は理性で憎悪の部分、マイナスの部分だけを抑制すればすむことなのです。しかしデロスは、プラスの部分、愛情の部分を排除することで、それを押さえようとした。デロスの子供達がどうやって生まれるのか、お教えしましょう。まず、コンピューターによってランダムに選ばれた男女の成人、彼らは互いに顔も名前も知らない者どうしです。その二人から精子と卵子が取り出され、受精から誕生まで、全て人工的に行われます。いわば人間の生産工場です。生まれた子供は当然両親を知りませんし、親の方も、子供が生まれたことすら知りません。そこに親子の愛は存在しない。愛を受けなければ、愛を知ることはない。愛を知らなければ、愛を欲することはない。そうすることが、いや、そうすることのみが、悲しみや憎しみを退け、争いをなくす。こうしてデロス星に、本能や感情を最大限に抑制する特異な社会が誕生したのです」
 ロイはリリアの氷のような表情を思い出していた。
 愛を受けなければ、愛を知らなければ、愛を欲することはない……。
「それからのデロスは、平和で安定した理想的な社会が続いていると言われています。もっともご存知のように、デロス星は他惑星との交流がほとんどない星ですから、その実態は定かではありません。そんな中、我々研究者にとって唯一の希望となるのが、ごくまれに現れる亡命者、つまり、エレノア・ベイツさんのような人々からの情報です。そしてそれによると、近年デロスの理想社会にある異変が起こっているようなのです」
「異変?」
 ロイは尋ねた。

 
 
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  第二章・3