それが人の声であることを認識するのに、モイラは少なからずの時間を費やした。そしてそれが、リリアの口から発せられていることを理解するのに、さらに時間を要した。最後に、それがリズムと音程を伴った歌であることが判明した時、モイラは思わず立ち上がり、リリアの元に駆け寄った。
「リリア?」
リリアはまるで何かにとり憑かれたかのように歌い続けた。表情はなく、モイラの問いかけにも反応しない。しかしそんな彼女の姿を、モイラはもうロボットだとも人形だとも思わなかった。
なんて、優しい歌……。
歌詞の意味は、どうやらデロスの言葉らしい程度にしか理解できない。だが、その歌声の持つ、喩えようもなく柔らかい、暖かな響きはよく分かる。
「リリア?」
モイラはリリアの顔を覗き込みながら、もう一度声をかけた。リリアは歌い続ける。そのうちモイラは、彼女の歌声の中に、一定の繰り返しや聞き覚えのある言葉が混ざっていることに気が付いた。
「アェイラー・ドゥー、アェイラー・ドゥー、ユハイ・モースク・リウ・ローゥイ……」
「アェイラ……アイラ・ドゥー?」
それが、モーガン夫人の数多くの名前の一つであることを認め、モイラは黒く大きな瞳を輝かせた。
「エレノア・ベエゥツ、エレノア・ベエゥツ、ユハイ・ディベルス・リウ・ファウエ……」
リリアの歌は止まらなかった。
「パミェラ・ルー、パミェラ・ルー、ユハイ・ジェジューム――」
「パミェラ――パメラ・ルー!」
モイラはそう叫ぶとコンピューターに飛びついた。いくつかのセキュリティチェックを難なく突破し、ほどなくその名を、デロス星行きの宇宙船乗客名簿の中に見い出す。そして最後のパスワードの入力に成功したモイラのコンピューター画面には、紛れもなくモーガン夫人の姿が大きく映し出されていた。
リリアの歌はまだ終わらない。
「天使の、歌声……」
その時モイラは、心からそう思った。そして同時にその歌を、この優しい歌い方と共にリリアにもたらした人物を、心に浮かべた。
軽い衝撃が、フェニックスを襲う。
一瞬、全身を緊張させたモイラだったが、それが着陸の証であることを認識すると、傍らを振り返って言った。
「リリア、もう大丈夫よ」
モイラの予想通り、リリアの表情は相変わらず、氷のように凍てついたままだ。
だが、モイラは怯まなかった。今、彼女の心の中には、あの数時間前の出来事が鮮やかに蘇っていた。あの時聴いた歌声が、機械や人形の成せる業ではないことを、強く、再認識していた。
モイラの顔に、自然と優しい微笑が浮かぶ。
「リリア。もうすぐ、お母さんに会えるからね」
「こちらサイパーエアポート。フェニックス、着陸誘導完了しました。手動に切り替え、空港内の標識にしたがって通行して下さい」
「了解」
そうモイラは短く答えると、もう一度リリアを振り返って微笑んだ。
やがてフェニックスは、標識の指示より一・五倍ほどまでスピードを上げると、巨大なエアポートの中へ呑み込まれるようにその姿を消した。