スターダスト                  
 
  第三章 望み得るもの  
         
 
 

 以来地球は、デルドーマ星人の侵略を許さなかった。戦争は全て、太陽系の外で行なわれた。ほとんどの人々は、TVから一方的に垂れ流される情報だけで、戦争を知った。しかしその情報も、最初の頃のわずかな時を越えると、すっかりその質が変わってしまった。
 今では、戦闘地域にわざわざ記者が赴くということはない。好んで流されるデルドーマ星人の戦闘機や、互い違いにリング部分を回転させながら進む、巨大なバームクーヘンのような彼らの母船の映像は、随分と前に撮られたものだ。人々が興味を示したものだけを、ピックアップして繰り返し流す。それに、様々なコメントや尾ひれをつけて、ショーとなす。中でも人気なのは、デルドーマ星人の遺体だった。
 人は、その姿を歓迎した。敵であるという認識を、強く持つことができた。その様相が、ある意味期待通りであったことが良かったのであろう。もし、もっと人に似ていたなら、感情の常として、それは迷いや戸惑いの元となったに違いない。争いが起こるたびに、同じ人間同士なのだからというブレーキがかけられ、自分のやっていることに正当性を見出せず、苦しんだであろう。しかし、彼らは我々とは違っていた。存分に、嫌うことができたのだ。
 手は二本、足も二本、頭は一つ。人間より二回りほど大きいが、ここまでは同じ作りだ。だが、それらを覆う皮膚が違う。甲殻類を思わせる、鎧のような固い表皮。濃い褐色の鎧は、油を塗ったかのように光っている。複雑な運動が可能なように、それらはいくつかの節に分かれていて、背中の辺りはアルマジロのような段になっていた。
 対して、腹や胸の部分は、それらに比べると少し柔らかい。色も明るめの茶となる。だが、不気味さはこちらの方が上だ。層になっている表皮の隙間から、びっしりと淡紅色の触手が蠢く腹と胸。無数のミミズが皮膚を突き破って、顔を出しているようにしか見えない。生物学の専門家達が、この触手の役割についてあれこれ説を並べていたが、実際何の役目を果たしているのかは結論づけられなかった。ただ、人々に多大な嫌悪感を与える役には、大いに立っている。あんなのが目の前に迫ったら、子供でなくても悲鳴を上げるだろう。それほどその姿は、衝撃があった。
 しかし、それに比べて、肝心の顔の方は印象が薄い。手足と同じ、堅い表皮が彼らから表情を奪っている。形は逆三角形で、まるで蟷螂のよう。黄色味がかった褐色の大きな目が、頭の左右についている様も、まさしくそれだ。しかしこの目は、昆虫というよりはむしろ爬虫類に近い。複眼ではない上に、その表面に透明な膜がある。ちょうど蛇の目と同じだ。だが、そんな機能性のことなど、人々はどうでも良かった。自分にとって好ましく思えるかそうでないか。結果、彼らの顔も体と同じく、人々は後者に位置付けた。
 この、生理的に受け付けがたいということが、彼らをただの敵から永遠の敵に格上げした。もちろん、人類に全く歩みよる姿勢がなかったわけではない。だが、その試みは数回を数えるだけで、すぐに放棄された。感情は、理性に勝る。人は彼らに対して、強い憎しみを持って対抗した。
 こうして地球は、新たなる戦争に巻き込まれていった。しかし意外にも、その後世界は徐々に立ち直っていく。互いに助け合うことで、人類が本来の力を発揮したこともその理由に挙げられるが、何よりも、デルドーマ星人の攻撃が、散発的であったのが大きかった。
 彼らは、決して無理な攻撃をしかけなかった。一度負けると撤退し、しばらくやってこない。そして半ば忘れかけた頃に、再び攻めてくる。興味深いのは、その時の編成だ。普通なら、今度こそはと大編隊を組みそうなものなのだが、まるでそれが定理であるかのごとく、ほぼ同等の戦力で現れるのだ。そしてまた負け、退く。何だか遊んでいるようにしか思えない。
 とある学者が、デルドーマ星人にとって、戦争は、一つのコミュニケーション手段なのではないかという説を掲げたことがある。そのふざけた説を、全面否定する気になれなかった者も、少なからずいた。彼らが何を思い、何を遂げようとしているのか。真相はまだ闇の中だが、とにかく彼らのお陰で、人類は団結し続けることができた。地球上に、ただ一つの争いも存在しない。そんな奇跡の時を、人は手に入れたのである。

 

 
 
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  第三章・2